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203号室  異世界人  その4

 その3の続きです。

 初めてこの世界に出かけた日から猫は俺に厳しくなった。

 日が空けるよりも早く起こされ、世界中の体術を体に教えこまれる。

 朝食の後はひたすら机の上でありとあらゆる知識を覚えされられる。

 この世界の地理から経済状況、主な国、国別に違う常識。

 国だけでも二百以上もあった。

 同じような名前が多すぎて、一つに統一すればいいと思わずにはいられなかった。

 昼食の後は日本語と英語を覚えさせられる。

 全く違う形の文字に戸惑う。

 日本はなぜ同じ国なのに三種類も違う文字があるんだ!

 夕食の後は武器を使った戦闘術か魔法を日が変わるまでさせられる。

 例えば、拳銃という武器は強力だが、軌道が読みやすく、弾切れを起こしやすい。

 この国独自の日本刀という武器は何でも紙のように切れるが、手入れが難しい。

 魔法は制御から始まり、徐々に強力な魔法を教わった。

 そんな生活が一か月続き、ようやく俺は外出を許された。

 もちろん猫もついている。

 道は狭く、人通りも車も灰色の建物も少なく、代わりに小さな家が道の両端に所狭しと並んでいた。

 先に進むと開けた場所に三階建ての建物があった。

「ここが今日から君が住む場所だ」

 建物は古く壁に(つる)性の植物が張り付いていた。

 猫の真新しい家とは全く違う。

 建物の一室から出てきた緑色の髪をした鋭い目つきの煙草をくわえた男は俺達に気づくと近づいてくる。

 警戒する俺を手で制し、猫は前に立つ。

「やあ、トマ。久しぶりだね」

 猫の雰囲気、声音、口調、仕草、表情のわずかな違いに、目の前の男が猫の“大切な人”だと気づいてしまった。

 胸の中に黒く濁った重い感情が湧きだす。

「ああ。そうだな。そいつは?」

 男の視線が猫から俺に移る。

 目つきが鋭いところに目がいきがちだが、よく見ると眉は凛々しく鼻筋が通っており、薄い唇で男らしい顔立ちに、がっしりとした体格をしていた。

「別の世界から来たんだ。名前はフェイト。これからよろしくね」

 猫の雑な紹介の仕方に驚いた。

 そんなにあっさりと私が異世界人とバラして問題ないのだろうか?

「なるほどな。俺の名前は屋斎十真十だ。トマって呼んでくれ」

 心配をよそにトマは猫の言葉を信じた。

 二人の間に自分の知らない信頼関係があることにさらに黒く濁った感情が溢れる。

 内心を隠してトマの手を取り、極上を笑みを浮かべる。

「フェイトです。これからよろしくお願いします。あ、お顔に何がついていますよ」

 そういって色欲を瞳にに浮かべ、トマの頬に手を添える。

 抵抗される前に顔を近づけ、そのまま自身の唇をトマのそれに近づけた。

 息のかかる距離になった時、魔法が発動する気配がして、首筋に冷たいナイフが突きつけられた。

「何をしているの?」

 猫の声は初めて聞いた苛立ちの声よりもずっと低かった。

 本気で怒られているにも関わらず、俺は安心にも似た感情を持った。

 ナイフには雷が纏わりつき、小さいながらも俺の意識を奪う程度の威力があるのがわかった。

「あまりに素敵な方でつい失礼なことをしてしまいました。すみません、主」

 自分から体を離し、トマと距離をとった。

 猫はゆっくりとナイフを懐にしまう。

 だがその目には怒りと不信感があった。

「あの久遠が手がかかる奴っていった意味が分かった気がする」

 少しだけトマは疲れたような顔を浮かべていた。




 それから十年が経ち、“私”は比べ物にならないほど成長した。

 全ての国の名前はもちろん、置かれている情勢まで知り、世界の常識も身に沁みついている。

 十か国程度の言語を話すことも書くことも出来る。

 体術と武術も身につけ、今の私に扱えない武器はない。

 一番得意な物は体術と拳銃の扱いだ。

 魔法は細かい制御が必要な物から、膨大な威力のまま放つ物、両方が使えるようになった。

 例えば指の先に蝋燭ほどの火を灯すことから、森を焼き払うほどの業火ごうかを放つことも出来る。 

 この辺りが一面焼け野原になるため滅多なことでは使わないが。

 猫より少しだけ高かった身長も十センチ以上伸び、家の入口で頭をぶつけそうになるほどにまでなった。

 少し高かった声は落ち着いた男の声へと変わり、棒のようだった全身に筋肉がつき、トマほどではないががっしりとした体格になった。

 世間では細マッチョといわれるほどだろうか。

 買い出しに出ていた私は職場である『黒猫』によく知った気配があることに気づき、笑みを浮かべた。

 扉を開くと猫とトマがこちらを見た。

 予想通り、トマが来ていた。

 猫は二人きりで話したいことがあり、私を買い出しに行かせたのだ。

 わざとトマの背後に立つと、後ろから抱き着く。

「トマ様、お久しぶりです。会えない時もお慕いしておりました」

 耳元に唇を寄せ、妖艶な色気を漂わせた声でトマの鼓膜を震わせる。

 猫の纏う雰囲気がわずかに殺気立つのがおかしくて、声をたてて笑いたいのを必死に堪える。

 トマが背後から近づくのを許しているのは、私がトマを本気で好きではないと気付いているからだ。

「久しぶりだな、フェイト。元気そうで何よりだ」

 トマは背後を振り返ることなく、まとわりつく私を払った。

「つれないですね。でもそういうところも好きです」

 心底、残念そうな振りをして私はトマから距離をとる。

 出会った時に感じたあの黒く濁った感情は“嫉妬”だったと今の私なら理解できる。

 もちろん成長した今では嫉妬などはなく、ただあまり見せない態度(恋する女)の猫をからかうのがおもしろくて、わざとトマの体に触れている。 

 猫は大切なトマが絡むと途端に思考が単純になり、私にからかわれていることに気づかない。

「フェイト、軽率にお客様に触るな。相手に失礼だ」

 猫はあからさまに苛立ち、私に警告する。

「表には準備中とありましたが?逢引きの邪魔をされたからと八つ当たりをされても困りますね」

 私は素知らぬ顔でさらに己の主を挑発する。

 舌の根が乾かぬうちに、風を切る音が私へ向かってきたため、隠し持っているナイフで猫が投げつけてきたそれを床へ弾くと、金属が落ちた音が響いた。

 金属音の正体は小さなナイフで怒った猫が私へ放ったものだ。

「再教育が必要か?」

 低く静かな声で不機嫌も殺気も隠さずに、新たに手にしたナイフを私へ向ける。

 見えなくとも隠された目が怒りで冷え切っているのがわかった。

 これ以上怒らせると仕事にさわりそうだ。

「申しわけございません」

 私は悪びれることもなく、深く腰を折り口先だけの謝罪の言葉を口にする。

 三人が集まった時はいつもこのやり取りをしている。

 もはや恒例行事のようになっていて、誰も止める者はいない。

「相変わらず仲がいいな」

「いえ、仲がいいなんてとんでもございません。いつも奴隷のごとくこき使われております」

 また風を切る音と金属音が聞こえたが、身をひねり、ナイフをかわした。

 怒りで単純になった攻撃を避けることはわけない。

 背後の壁に刺さったナイフは後で回収するつもりだ。

 私が避けたせいでこ猫の怒りが頂点に達していた。

 罰として今からの業務は全て押しつけられそうなほどだ。

「また来る」

 トマは私達に巻き込まれる前に、机の上に千円札を置いて席を立つ。

 後ろから猫の制止をかけられ、トマが立ち止る。

「営業中じゃないからお金はいらないよ」

 トマが置いて行った千円札を猫は突き返すが、トマは受け取らない。

「美味いコーヒーを飲ませてくれた礼だ」

 猫が返そうとした千円札には皺が寄っていた。

 珍しくトマの言葉に動揺しているらしい。

「あと毎朝お前の淹れたコーヒーを飲めればいうことがないがな」

 この機会にとばかりにトマが気障な台詞をいえば、猫は高速で顔を逸らした。

 思わず、下世話な笑みを浮かべてしまったが、幸いなことに猫は気づかない。

「いつからそんなタラシになったんだろう」

 小さな照れた声で呟いたそれは、しっかりと私の耳に届いていたので、おそらくトマにも聞こえていることだろう。 

 トマは高揚した気分のまま店を後にしたはずだ。

 心の中でそっと『よかったですね』と呟いた。

「さてフェイト。串刺しと滅多刺しならどちらがいいかな?」

 ゆっくりと振り返る姿が悪魔のように見えたのは気のせいではなかった。 

「どちらも遠慮します。それよりも買ってきた物を片付けて参ります」

 三度目のナイフが飛んでくる前に食糧庫へと逃げる。

 猫の刺すような視線が飛んでくるが無視した。

 十年経っても私は猫の側にいるが、決して私は猫が好きなわけではない。

 契約があるから側にいるだけであり、その他には何もない。

 ただ猫の淹れてくれる紅茶と料理はどの店よりも美味しく、また食べたいと思わせる魔法がかかっている。

 猫の魔力はかなり減ってしまい、今ではもう枯渇寸前だ。

 つまりそれは寿命が近いことを示し、どれだけ魔法の使用をおさえてもあと一年持てばいい方だろう。

 それまでならば猫の契約に縛られるのも悪くない。



 

 紆余曲折あり、成長したフェイトですが、性格はあまり変わっていません(笑)

 大きく変わったのは猫への接し方くらいでしょうか?


 誰かを深く愛する人を知った少年の次は、301号室、未来少女です。

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