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203号室 異世界人  その2

 その1の続きです。

 元の世界に帰っても俺はまた殺されそうになるだろうことは想像に難くなかった。

 だから俺は新しい世界を選んだ。

 いくら新しい世界が酷くても、元の世界より酷いことはないだろうと、目の前の女を見て思った。

 癖毛か手入れを怠ってぼさぼさしているだけなのかよく分からないミルクティー色の男のように短い髪、女にしては低い声に、細い体躯に、長い手足だが華奢には見えない。

 白いワイシャツ、黒いベスト、同じ色のパンツ姿のせいで男に見えなくなかったが、雰囲気や匂いは女そのものだった。

 もし女が契約に反することをするなら、逃げ出せばいい。

 そう考えた。

 契約を交わした後に俺は風呂に入れられた。

 風呂は貴族しか入れない高級な物だった。

 庶民はシャワーを浴びるか、濡れた布で拭くくらいだった。

 初めて見る風呂に驚きながらも、その気持ち良さについ顔が緩んでしまった。

 タオルで体を拭き、準備されていた服に着替えるといい匂いが鼻腔をくすぐった。

 匂いの方へ歩いて行くと、部屋の中央にテーブルと二脚の椅子があり、テーブルの上にはさまざまな料理が処狭しと並んでいた。

 どの料理も湯気が立っていて、とても美味しそうだ。

 とても二人分の食事には見えない。

「ちょうどいいタイミングだったね。早速食べようか」

 同じ部屋にあった厨房から出てきた猫が椅子に座った。

 恐る恐るもう一つの椅子に座る。

「さあ好きなだけ食べて。遠慮はいらないよ」

 フォークとナイフを手に取り、近くにあった料理から頬張っていく。

 どの料理も温かく、味が濃く、いくらでも食べられそうだ。

「おいしい?」

 そんな俺を猫は嬉しそうに眺めた。

 口中の物を飲みこんで肯定するとさらに嬉しそうだった。

「そっか。足りなかったらまた作るからゆっくり食べてね」

 差し出された飲み物は茶色をしていて、わずかな甘味と渋味があり、独特な風味だった。

 前の世界のお茶と少し似ていた。

「それは紅茶といって、この世界で飲まれているお茶の一つだよ」

 料理を食べながら猫の話を聞いた。

 紅茶はなかなか料理にあう。

 気がつけばあれだけあった料理を一人で食べていた。

 猫が口にしたのは紅茶一杯だけだ。

「主は食べないのですか?」

「君が食べている姿を見ていたら、お腹いっぱいになったよ。いい食べっぷりだね」

 再びカップに紅茶が注がれ、俺はそれを飲み干した。

 温かい美味い食事と飲み物に、これで死んでもいいとすら思えるほど満足していた。

「おもてなしに満足してくれたところで本題に入ろうか」

 猫がカップを小皿の上に載せた。

 かちゃりと小さな音がする。

「今から話す内容に質問があったらすぐにいうんだよ。君が今いるこの世界の名は地球といって、科学が進んでいる。魔力は当の昔に廃れてしまって今やほとんどのものが持っていない。だから魔法を使える者はほんの一握りしか存在しないんだ」

 科学が何かはわからないが、魔法を使えないということには驚いた。

 この世界は魔法がないといっても過言ではないのだ。

 元の世界とは違うと改めて感じさせられた。

「私はその一握りの存在で『魔法使い』と呼ばれている。私は魔法を使って君をこの世界に連れてきた。目的はさっきいった通り、とある人間を全力で守ってもらうためだ。その人は二十代の成人したばかりの男だ」

 猫は俺の反応を伺った。

 女は嫌いだが、別に男が好きなわけではない。

 意味深な視線に睨み返すと話を続けた。

「この世界はほとんどの国が戦争をしていない。特にこの国、日本は世界でも珍しく一部の国民を除いて、武器の所有を禁止している」

 確かに戦争をしていなければ武器はいらないが自衛の為にはそれなりの武器が必要だろう。

「日本は割と豊かな国でもあって食糧や生活を求めて争う必要はほとんどない。身分制度もなく、国民全員が高度な教育を受けているからなかなか知識もある。ここまでで質問は?」

 そこで言葉を区切り、猫は俺のカップに紅茶を注いだ。

「他国から侵略されることはないんですか?」

「日本は海に面していて侵略し辛いし、近隣の国とは同盟を結んでいる。一部地域では他国が領地に侵入しているけど、侵略といえるほどではないよ。何より技術的に優れていて勤勉な人が多い、治安もいい安全な国で、世界的にもそれなりの地位があるから侵略しにくいんだ」

 日本という国がいかに平和な国であるかを理解した。

 もといた世界は略奪や暴力が当たり前に存在し、何より止める者がいなかった。

 身分制度がないことも影響しているのだろう。

 俺がいた世界と全く違う。

「その男と人物と主の関係はなんなのですか?恋人ですか?」

 ありえないだろう疑問をわざと口にして、紅茶を飲んだ。

 柔和に微笑み続ける猫の表情を崩したかった。

 怒りか、それとも困惑か。

 期待しながら猫の顔を観察する。

「そうだよ」

 予想外の答えに俺は飲んでいた紅茶を噴出した。

 気管に入ったのかむせる俺を心配そうに見る目が腹立たしい。

 恋人がいるのに俺を呼び出すなんて、この女はどういう考えをしているんだ。

 俺の世界では男が何人も女の愛人を持つことは許されていたが、女が愛人を持つことは禁忌とされていた。

 この世界の貞操観念は知らないが、その考えはさすがに理解できなかった。

「昔のだよ。今は違う。まさかそんなに動揺するとは思わなかったな」

 しみじみと女がいう。

 先ほどの言葉は俺が試していることに気づいていた上でいったらしい。

 随分といい性格をしている。

 怒りを抑えるため、俺は机の下で拳を握った。

「千年くらい昔の話をしよう」

 呟く声は寂し気であるのに、愛しい人の名を呼ぶような甘さを持っていた。

「昔、昔に私と彼は決して許されない恋に落ちた。結ばれないのならとお互いに持っていた地位も居場所も捨てて、遠い場所に逃げようとした。でも逃げられずに彼は死んだ。その時彼は願った。『愛しい君にまた逢いたい』ってね。私はその願いをその場で作り出した転生リインカーネーションという一人の人間の魂を何度でも蘇らせる魔法で叶えた。するとどうなったと思う?」

 猫は悲しみの浮かんだ瞳で俺を見上げた。

 大昔ならいざ知らず、魔法技術のほとんどが失われたこの世界で、魔法を零から生み出すのは不可能に近い。

 それも運命に逆らう大規模な魔法だ。

 それをやってのけた猫にうすら寒い物を感じた。

 おそらく膨大な魔力と高い集中力、奇跡のような運がなければ成功しなかっただろう。

 だが、また逢いたいという願いを叶えたというのに、なぜそんな顔をするのかがわからなかった。

 だから答えになっていない答えをいった。

「また逢えたのではないんですか?」

「そうだね。再び逢えた彼は同じ姿と魂を持っていた。だけど私と過ごした記憶の全てが消えていたんだ。彼にとって私は最早ただの他人でしかなかったんだよ」

 苦しそうに眉を寄せながらも猫が泣くことはなった。

 むしろ見ている俺の方が泣きたくなる。

 恋い焦がれた人に他人扱いされた時の猫の絶望は、今も魔法に縛られて生き続ける苦しみはどれだけの物だろうか。

 誰かをそれほどまでに愛したことのない俺には想像するもできない。

 俺にとっては他人は生きるために利用する存在でしかなったし、今でもそうだ。

 なのに目の前で悲しげな表情を浮かべる猫を、放って置けないと思う俺がいた。

 寿命が近いとはそういう意味だったのか。

 何百年も生き続けたのは魔力のおかげか、猫の執念かどちらかわからない。

 無限に近い魔力がなければ猫がここまで苦しむことはなかったことは確かだ。

 何度、終わらない絶望を味わったのだろうか。

「違うよ。ただ魔力が尽きてきているだけだ。私の一族は魔力がなくなってくると徐々に寿命がなくなっていくんだよ。魔力が尽きてきているのは昔、たった一人の願いを守る為に膨大な魔力を使って禁術を作ったからだ」

 猫は自嘲する様に笑うが、俺は眉を寄せた。

 思わず本心が出る。

「なぜそこまで一人の人間にこだわるのですか?」

「好きだからだよ。何十年、何百年経とうとその気持ちは変わらない。ううん。むしろ強くなってる」

 やはり理解できなかった。

 人の心は状況や時間で変わりやすく、それ故に信じることは無駄なことだ。

 信じて裏切られていく人間を俺は何人も見てきた。

 この女の考えはどんな砂糖菓子よりも甘い。

「理解できませんよ。他人の為に自分を犠牲に出来るなんて」

 まるで他人が話しているような重く苦々しい口調だった。

「会ってみれば分かる。そして君も彼を好きになるよ。きっとね。私の予感は外れないんだ」

 猫の真っすぐな視線に俺は黙りこんだ。

 そんな目を見たのもまた初めてのことだった。

「死んだらまた生まれ変わるのですか?」

「もう彼は生まれ変わらない。今の人生で最後だ」

「なぜですか?」

「私の魔力が足りないからだよ。本当は薄々分かっていたんだ。私がいなくとも彼は幸せだ。むしろ私が彼を不幸にしている。けど私はそれを認めなかっただけだ」

 遠い場所を見ながら、自嘲する。

 幸せだった過去を思い出したのだろう。

「あなたは中々の嘘つきですね。何を格好つけているのですか」

「嘘じゃないよ。一番の理由は報われない恋を頑張る事に少し疲れたんだ」

「報われない恋ですか」

 それもやはり俺には理解できないことだった。

 きっと俺は誰かを愛することは一生ないからだろう。

 俺の持っている経験や価値観はこの女とは違い過ぎる。

「暗い話になってしまったね。今度は君の話を聞かせてほしいな」

 先ほどまでの雰囲気を消して、穏やかな笑みを浮かべる。

 俺は魔法と十三の人種が存在し、“猫”という種族が差別されていたことを話した。

 どのような扱いを受けていたのか、俺が今までどんな人生を送っていたのはぼかす。

 話してもよかったが、汚物を見るような目をされるのは腹が立つので、話さなかった。

 あの行為はそうしなければ生きていられなかったからやっていただけで、他に効率よく生きる方法があったのならそっちを選んでいた。

 猫は話し終わるまで静かに聞いていた。

 何かを考えこんで、悪戯をする子供のような笑みを浮かべた。

「明日は買い物に行こう」

「はあ?」

 唐突な発言に俺は馬鹿みたいな声をあげてしまった。

 今の話を聞いてなぜそんな発想に至ったのか不思議でならない。

「そうと決まれば明日のために今日はもう休もう」

 猫は立ちあがり俺の腕を引いて別の部屋へ連れて行った。

 どこから湧いてくるのかと思うほどの強さで引かれて連れて行かれた先はベットと本棚と机があるシンプルな部屋だった。

「今日はここが君の部屋だよ。それじゃあ、おやすみ」

 俺を部屋に残して、猫はさっさと部屋を出て行った。

 まるで嵐のようだ。

 置いてあったベットに横になった。

 ふかふかのベットは清潔に保たれ、太陽の匂いがする。

 瞼を閉じるとすぐに眠気がやって来た。

 生まれて初めて穏やかな気分で眠りについた。

 今日だけで何度目になるかわからないほどの初めてを経験した。 

 それだけ俺は劣悪な環境で育ったのだろう。

 

 

 

 目を開けたら夢だった。

 ということはなく、どこからかいい匂いがした。

 匂いの元へ行くと猫が食事の準備をしていた。

「何か手伝いましょうか?」

「大丈夫。それより先にお風呂場の近くで顔を洗っておいで」

 白い清潔なタオルを渡され、背中を押された。

 素直に指示に従い、風呂場の近くの洗面台で顔を洗った。

 水道の使い方は昨日の風呂で覚えたが、科学の力は素晴らしいものだ。

 先ほどの部屋に戻ってくるとテーブルには既に食事が並び、向かいの席に猫が座っていた。

「さあ食べようか」 

 俺の目の前にはパンにジャムとバターが添られ、サラダ、目玉焼きとソーセージ、スープ、デザートにフルーツの盛り合わせまでついていた。

 昨日ほどではないが、豪華な食事に俺は目を疑った。

 猫に視線を送れば微笑むだけだった。

 彼女の前にはフルーツが二切れだけだ。

「主、間違えますよ」

「いや間違えていない。私は小食でね。あまり食事を必要としないのさ」

 そういわれてしまっては何もいえない。

 気が引けるものの一口食べる。

 あまりに美味しいので、途中から遠慮を忘れて食べることに集中した。

 猫の視線に気づいたのは食事が終わってからだった。

 まるで小さな子共を見るような温かい視線を感じたのだ。

「おいしかった?」

「はい。とても美味しかったです」

 問に正直に答えると嬉しそうな笑みを見せる。

 なぜそんなに美味しいといわれることが嬉しいのだろうか?

「それはよかった」

 猫は昨日と同じ紅茶をカップに注ぎ、俺に手渡す。

 俺はそれを飲み干す。

 猫はくしを片手に俺の背後に立つ。

 何をされるのか理解して、遠慮するが聞き入れてもらえなかった。

「ちょっとじっとしててね」

 優しく絡まった髪を()かれる。

 時より地肌に当たる指がくすぐったくて心地よかったが、成人を越して誰か何かをしてもらうことが気恥ずかしかった。

「フェイトの髪は綺麗だね。それに癖のないまっすぐなところもいい。私もこんな髪が欲しかった」

 だがあまりに愛おしそうに撫でるので、止めてほしいといい出せなかった。

 それから数十分ほど、さまざまな髪型を試してようやく納得した。

 満足げに息を吐いていたが、俺は出かける前から疲れていた。

 差し出された鏡に映った髪型は左右の耳から上の後ろ髪を一つにまとめただけだった。

 なぜそれだけの髪型にこれほど時間がかかった、と落胆する。

「髪型も決まったことだし、次は服を着替えるよ」

「え?」

 またしても抵抗する暇を与えられず、別の部屋に連れて行かれて気が遠くなるほど着替えさせられた。

 外出したのはそれからさらに一時間かかった。




 黒いシャツの上に、格子柄の長袖シャツを重ね、やたら分厚い布のズボンに、布の紐靴、頭の耳を隠すために毛糸の帽子を被った。

 猫の服装は白いシャツに、明るい灰色のジャケットを上から羽織り、黒いズボンを着ていた。

 俺のいた世界の女は皆スカートを履いていたが、この世界ではあまり履かない物なのか?

 そう思っていたが、大通りに出るとスカートを履いた女が多かった。

 単純に好みの問題だと納得する。

 道には鉄の塊(車というらしい)が走り、灰色をした建物が多く、まるで世界が灰色になってしまったようだ。

 建物の隙間から見える空は狭く色が濁っていた。

 人は何かに急かされるように歩いていた。

「人に声をかけられても知り合いじゃなかったら無視をするか、断るんだよ」

「なぜですか?」

 だいたいの理由は想像がついたが一応聞いておく。

 勘違いや別の理由があっては困る。

「この辺りは麻薬とか詐欺の鴨を吊るための勧誘が多くて面倒なことになりやすいからだよ。今日はナンパに気をつけた方がいいかな」

「ナンパですか」

「すいませ~ん。ちょっといいですかぁ?」

 鼻がつまっているような声で話しかけてきた女二人は化粧が濃く(特に目元が真っ黒で化け物みたいだ)、香水臭かった。

 やたら肌の見える服を着ていたが、大した体ではなかったが、獲物を見つけたような目をしていた。

 前の世界で俺を利用しようと近づいてきた女がよく見せていた目だ。

 自然と眉に皺が寄る。

「いや今日はちょっと急いでいますので」

 愛想のいい笑みを浮かべて、猫はやんわりと断る。

 そんな断り方では無理だろう。

「え~。そんなに忙しいんですかぁ?」

 予想通り、女はしつこく縋りついてきた。

 それだけではなく、一人の女が脂肪だらけの体を押しつけてきた。

 化粧と香水が混ざった不快な匂いが鼻についた。

「止めろ。趣味の悪い香水の匂いが服につくだろう」

 女の体を引きはがし、たまらずに声を発する。

 猫が困った顔で俺を見ていたが、知ったことではない。

「ちょっとそんないいかたしなくてもいいじゃない!」

 女が目を吊り上げて、俺を見上げるがちっとも怖くない。

 不愉快だからさっさとどこかにいなくなってほしいくらいだ。

 女を睨み返すと少し怯んだが、すぐに強気に睨み返してきた。

「ごめんね。この人香水の匂いが苦手なんだ。それじゃあ」

 無言の睨み合いは猫が仲裁に入り、さりげなく俺の手を取ってその場を後にした。

 最初からそうして逃げれば、無駄に絡まれなくてもよかったのではないだろうか。

 女達から距離をとってようやく猫は手を離した。

 その顔に浮かぶのは呆れた表情だ。

「さっきは相手が悪かったけどあの態度はいただけないな」

「あまりにしつこかったものでつい。次は気をつけます」

 口では殊勝なことをいっているが本心は全く違う。

 また同じ目に遭ったら、同じことを繰り返すつもりだ。

 猫のような断り方ではつけ入られるのは当たり前だ。

 相手と親しくするつもりがないのなら、最初からはっきりと断った方がいい。

「フェイトはこの世界でかなり整った容姿をしているから気をつけた方がいいよ」

 この世界でも俺の容姿は整っているらしい。

 なら猫に捨てられて困った時はまた前の世界と同じことをするか。 

「なんかよからぬことを考えてない?」

 猫から細められた目を向けられる。

「なんでもないですよ」

 追及を笑ってごまかし、思った。

 俺がこれまでしてきたことを知ったら、猫も俺を嫌悪するだろうか?

「そう。じゃあ最初はあそこにしよう」

 近くに会った店を指差して、猫は笑顔を見せた。

 ころころと代わる表情は一秒と同じ顔をしていない気がした。

 その後は猫にいわれるままさまざまな店に入った。

 ほとんどが服屋で時間をとられてしまった。

 着せ替え人形のように渡された服を着たり、脱いだりした。

 この世界の金はわからないが、値札を見ると零がたくさん並んでいたから、おそらく相当高いものだろう。

 猫はそれらをあっさりと買ってしまった。

 どこからそんな金が出てくるのか不思議でならなかったが、答えてはくれなかった。

 全うな職業で得た金ではないらしい。

 だが、なぜ一着買うのに似たような店を三軒も回らなくてはならなかったんだ。

 青白かった空はいつの間にか赤黒くなっていた。

 一日中買い物して疲れ切った俺は公園の横長椅子に体重を預けて座っていた。

 猫は遠くにあった自動販売機という名前の通り、飲み物を自動販売する機械の元へ、飲み物を買いに行っていた。

 人工的に作られた林は全く癒やされない。

 風呂に入り、猫の作る料理を食べ、柔らかいベットで寝たほうがずっと疲れがとれそうだ。

「おねえさん、具合悪いのー?」

 頭の軽そうな声がした。

 明らかに俺を心配して声をかけてきた、というわけではない。

 男物の服装をしているが、猫の例があるし、性別を勘違いすることもあると思う。

 閉じていた目を開け、目の前にいる男達を視界に入れる。

 一、二‥‥‥五人か。

 男達は少し乱れた服装に派手な頭をしている。

「疲れていたから少し休んでいました。連れがいるので大丈夫です」

 だからどこかにいけよという意味をこめて、にっこりと笑みを浮かべるが男達は動かなかった。

 むしろより笑みを濃くした。

 ああ、面倒くさい。

 内心で溜息をついた。 

「連れってお友達?」

「一緒遊ぼうぜ?」

「そこのケーキがおすすめなんだけど」

 口々に勝手なことをいうがどれにも答える気はない。

 唇を固く結び、男達が立ち去るのを待った。

 猫はどこまで買いに行ったのだろうか?

「ねえ聞いてる?」

 伸ばされた手を掴み、本来の関節の動きとは違う方向へ動かした。

 男が悲鳴を上げるが気にしない。

「不愉快です。これ以上近づかないでくれますか?。痛い目に遭うことが好きなら構いませんが」

 だらりと腕をぶら下げる男を人質に俺は男たちの前に立つ。

 だが、俺のとった行動は逆効果だった。

 男達は目に怒りを顕にし、襲いかかってきた。

 ナイフや鉄の棒など知ってるものもあるが、手のひらに収まるほどの大きさの黒い物は何かわからなかった。

 無謀にも程があるが、俺は嘲笑(わら)って迎撃した。

 猫が帰ってきたのはそれから数分後だった。

 フェイトは基本的に他人を生きるための道具としてしか見られません。

 

 なのでまとわりついてくるだけの女は邪魔でしかないんです(笑)



その3に続きます。

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