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203号室 異世界人 その1

 少年は人を愛することを知らない。


 ※性的な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。

 喫茶店『黒猫』の隠された地下で唄田猫は魔方陣の前に立っていた。

 魔方陣の大きさは直径三メートル以上もあり、五芒星ごぼうせいを中心に現在使われているどの文字でもない文字が書かれている。

 複雑な文字と模様が生み出す魔方陣はまるで芸術のように美しかった。

 深呼吸を一つして、閉じていた目を開け、魔方陣の方へ手をかざした。

 目に見えない何かが部屋中を満たし、不気味にうごめく。

「我は新たな力を望む、代償は我の魔力。何人たりとも敵わぬ人知を超える力、大罪の力を、我に与えし存在を導きたまえ、開け異界の門!」

 魔法陣が強く光り輝き、部屋中に煙が立ちこめる。

 煙の消えかかった魔方陣の中心に猫よりも少し大きい一人の男が現れた。

 二十代くらいに見える男はローブのフードを深く被り、その顔すら見えない。

 最初に口を開いたのは猫だった。

「初めまして、私の名は猫。あなたの名は?」

「……俺の名はフェイトです。ここはどこであなたの目的はなんですか?」

 男は少し間をあけて名乗った。

 猫を警戒しているのか、棘のある口調だった。

「ここは君がいた世界と別の世界。つまり異世界だ。私の目的は“とある人間を全力で守る呪いを君にかけること”だよ」

 男は不機嫌さを隠しもせずに、眉を寄せた。

「呪いですか?」

「私に何か不満でもあるかな?」

「いえいえ、別に何もありませんよ」

 男は作ったフードの下で笑みを浮かべたが、すぐに猫に看破かんぱされた。

「嘘つきだね。君は女が嫌いだ。女の癖に男の上に立つなとでも思っているのかな?それとも何か別の理由?」

「ばれてしまってはしょうがありませんね。そう俺は女が嫌いです。口先だけで何も出来ない女が特に嫌いです」

 男は目の前にいる猫を見下した。

「この世界は君がいた世界とは違う。特にこの国は男女平等を政策にしている。女も重要な労働力だ。口先だけで何もできない女が生きられるほど甘くはないよ」

 男はゾクッと全身を冷気で嘗められた様な寒気を感じた。

 猫の怒りに触れてしまったようだ。

「そろそろ本題に入ろうか。今から君に呪いをかける。嫌なら断ってくれて構わない」

「呪いはあなたが死ぬまで続くのですか?」

「違うよ。これは私が死んでも続く」

 ゆるりと猫は首を横に振った。

 男の顔がさらに嫌そうなそれになる。

「断った場合はどうなるのですか?」

「その場合、君には元いた世界に帰って貰う」

 男は少し考えるそぶりを見せた。

 元の世界と何も知らない新しい世界、どちらがいいのか悩んでいるのだろう。

 男は唾を飲み、ゆっくりと口を開いた。

「……その呪いを受ける代わりに俺に何をくれますか?」

「君の生活すべてを保障しよう。家に服に食事に風呂を与えよう。その他にも欲しい物があれば何でもは無理だけど出来る限り与えるとここに誓う」

「どうしてそこまでするのですか?」

「何物にも代えられないほど大切だからだよ。今の君には理解できないだろうね」

 見透かしたような猫の一言に男は苛立った。

 そんな感情は一生理解できなくていい、と男は思う。

「いいでしょう。その呪いかかってあげましょう」

 上からの物言いだったが、猫は気にせず、礼をいった。

 男がこれ以上なく不機嫌になった。

「我の願い今ここに聞き入れられた。契約はなされた。証を我の右手と汝の左手に残したまえ」

 猫が呪文を唱えると魔方陣が消え、代わりに猫の右中指と男の左中指に赤い宝石のような石がついたシンプルなデザインの指輪が残った。

 男はまじまじと指輪を観察する。

「これで君は呪い、いや私と契約した」

 猫はその場に膝をついた。

 とっさに男が支え、ぱさりとフードが外れた。

 この世界では珍しいピンク色をした肩を越す長い髪、なかなか整った中性的な顔、頭に猫のような耳が生えていた。

 細い首にはくたびれた首輪が着けられていた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。寿命が近いだけだよ。そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は唄田猫。マスターとでも呼んでくれるかな。君の名前は?」

「俺はフェイトとお呼び下さい、(マスター

 猫はフェイトの首に手を伸ばす。

 驚き後退するフェイトを無視して、猫は呪文を唱えた。

解放リリース

 フェイトの首を縛っていた首輪が千切れ、体から魔力があふれ出した。

「これからよろしく、フェイト」

 目を見張るフェイトに猫は笑って、握手を求めて手を差し出した。  

 フェイトは素直に手を握った。

全快勢ハイキュア

 体内に優しく柔らかい温かい魔力が流れこむ感覚がして、体の傷も癒された。




 俺のいた世界は魔法と十三の人種が存在していた。

 ねずみ、牛、虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の十二人種は神が人と強い動物を掛け合わせ、より崇高な存在を作りだしたといわれて、誰もがそれを信じていた。

 だが、“猫”だけは神に逆らい、怒りをかった存在といわれ、十二人種に仕えることでその罪を償うと信じられ、生まれながらに隷属を強制されていた。

 つまり“猫”だけは人権という物がなかったのだ。

 俺はその“猫”だった。

 生まれた瞬間に親から引き離され、魔法を使えなくする首輪をつけられ、“猫”専用の飼育場に連れて行かれた。

 環境は最悪で建物はいつ崩れてもおかしくなく、満足な食事も服も与えられず、病気が蔓延していた。

 それでも何とか生きていた。

 五歳になると同時に十二人種の家に連れて行かれ、労働を強いられた。

 小さな体で水汲みから、洗濯や掃除をした。

 何度か働けなくなった“猫”が十二人種に殴られたり、蹴られたりしていたのを見たことがあった。

 酷い物では火のついた棒を押し当てられ、生きながらに焼け死んだ者もいた。

 十二人種の“猫”へ対しての暴力を止める者はいなかった。

 なぜなら十二人種が“猫”に何をしても罪に問われないが、“猫”が十二人種に逆らうことは神に逆らうことと同じとみなされ、“死”という罰を与えられた。

 俺はすぐにそれを理解し、幸せに生きることを諦めた。

 八歳になった時、十二人種の男に物陰に連れこまれて、口を塞がれて犯された。

 気持ち悪くて何度も何度も胃の中身を吐き、あまりの屈辱に涙した。

 そして“猫”に生まれただけでどうしてこんな目に遭わなくてはならないんだろうと、思った。

 だが、犯されたのはその一回だけではなかった。

 むしろ年齢を重ねていくうちに増えていった。

 俺は“猫”の中でも容姿が整っていることに気づくのに時間はかからなかった。

 名も知らぬ男どもに犯され、用が済めばごみのように捨てられた。

 そんなに俺の容姿が整っているのなら、利用してやろう。

 純粋な心は気づけばなくなり、狡賢くどろりとした真っ黒な心になっていた。

 管理人の隙を見て、飼育場を逃げ出し、金を持っていそうな十二人種に甘えた声ですり寄り、求められるままに体を売って金を得た。

 得た金を溜めて、綺麗な服を買ってさらに容姿を磨くという生活を数年続けた。

 そして、物好きな犬の貴族の玩具ペットになった。

 冷たい檻に入れられ、食事は一日に三回、冷めきったスープとパン一つだけだったが、飢え死ぬことも凍え死ぬことも暴力で殺されることもなく、定期的に体を洗うことも出来るため、他の“猫”に比べれば格段にいい生活だった。

 しかし、そんな生活も長くは続かなった。

 飼い主で会った貴族が没落し、屋敷を追い出された。

 次の飼い主は見つからず、再び体を売って小金を稼ぐ生活が続いた。

 そんな俺の前に道を塞ぐように一人の女が現れた。

 髪も服も乱れた姿は幽鬼のような雰囲気で、追い詰められていた。

「何か?」

 関わりたくはなかったが、道は狭く通り抜けられそうになかった。

 俺はしぶしぶ女に声をかけた。

「あんたのせいで私は平民に堕ちたわ!」

 没落した貴族の一族の一人だったのだろう。

 もっとも名前も思い出せなかった。

 そもそも没落した原因は俺ではなく、当主の不祥事が原因だ。

 俺に当たるのは筋違いにも程がある。

 こうしたいいがかりは貴族に飼われる前からあった。

 夫や恋人、想い人を奪っただのいわれたが、そんなことは全てあなた達に魅力が足りないだけだろう。

 それに数回抱かれたくらいで勘違いするほど、俺は純情でもない。

 金さえ払ってくれればそれていい。

「たかが平民に落ちた程度でがたがたうるさいですね。あなた達は“(おれ)”と違って最低限度の生活の保障がされているのでしょう」

 先に進むのを諦め、来た道を戻る。

 こんな女のために無駄な時間を使うなら、抱かれていた方がずっとましだ。

 耳障りな金切り声の後、腰に痛みと衝撃。

 冷たい刃が肉に刺さる感覚がする。

 刺されたのかと理解し、追撃を防ぐために俺は女に肘打ちを放つ。

 見事に女の顔に当たり、刃から手を離し、後ろへ倒れた。

 運よく女はそのまま気絶した。

 十二人種と“猫”であったも、女と男なら単純な力は男の方が強い。

 このままこの場に留まってはあらぬ罪を着せられることは想像できたから、女を置いて逃げた。

 しばらく逃げ続けていたが、体力の限界が近づき、側にあった廃虚に入り、腰を下した。

 血を流し続けた体は重く、痛みは治まらなかった。

快勢キュア

 たった一つだけ覚えた魔法で傷を回復させる。

 傷は塞がるが完全には治らなかった。

 また動けばすぐに開いてしまいそうだ。

 子どもの頃に着けられたきりの首輪は効果が薄くなっていたが、持てる魔力全てを使えるようになったわけではなく、使い方を訓練したわけでもなく、その使い方すらなんとなくでしか分からなかったから、この程度の効果しかないのは仕方ない。

 目を閉じて、出来るだけ体力を温存しようとする。

 だが、すぐに目を開けた。

 思ったよりも早く目覚めた女が落ちた血痕を後をつけて、追いかけてきたのだろう。

 まだ距離はあるが、不快な声が聞こえた。

 傷口を庇いながら、ここからまた逃げ出す。

 いくら逃げても女は追いかけてきた。

 犬は鼻がよく、狙った獲物を追跡することが得意だ。

 “猫”はどの人種よりも足が速いが、手負いの俺は全力の半分以下の速さでしか走ることが出来なかった。

 傷口はとっくに開いていて、足が遅くなるばかりだが、女はさらに速度を上げてきた。

 自らの手で俺を殺したいのだろう。

 徐々に縮まる距離に焦りを感じながらも、止まることは出来なかった。

 悔しさに似た気持ちがこみ上げる。

「“猫”に生まれただけでどうしてこんな目に遭わなくてはならないだ」

 “猫”にさえ生まれなければ、俺はこんな生き方をしなかった。

 まっとうな仕事をして、好きな人種と結ばれ、幸せな家族を作り、老いて死にたかった。

 最後に考えたのはいつだったか。

 幸せに生きるのを諦めたのはいつだったか。

 考えるのはそればかりで、胸が締めつけられた。

 気がつくと女の足音が間近に迫り、刃物が風を切る音さえ聞こえた。

 ここで俺は死ぬのか。

 もう足掻く体力すら残されてはおらず、俺は自嘲交じりの笑みを浮かべた。

 俺が殺される瞬間をはかったのように全身を強い光が包んだ。

 女が振るった刃物が俺に突き立てられることはなく、その場から俺は姿を消した。






 フェイトさんが尖がっている真っ黒い(精神的)時期です。

 トマとは違う意味で荒んでますね。


 何もない猫は名前で、“ ”がついた場合は人種です。

 ややこしくてすみません。


 その2に続きます。

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