表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/66

101号室  殺人鬼と不死身少女 その1

 101号室の殺人鬼と不死身少女の衝撃の出会い。

 

僕が殺すと言っても、彼女は動揺した様子を一切見せず、にこりと笑った。

 それは何かを諦めた笑みだった。

 そして、彼女は会って間もない人間に殺されたくないから、死にたくないといった。

 しかし、誰も信じられない世界で生きるのは辛いから、生きたくないともいった。

 僕は結局どうしたいのか尋ねた。

 彼女は少し考え、口を開いた。

 貴方が殺してくれるのなら死んでいい。

 彼女が一体何を考えてそういったのだろう。

 僕は最後までさっぱり分からなかった。

 僕のいっている言葉が彼女に届いていたのか分からない。

 僕は生まれて初めて、こんな気持ちを会って間もない彼女に抱いた。

 その時の僕はその気持ちに気がつかなかった。

 いや、気がついていない振りをしていた。

 確かにあの時から僕は彼女に××していた。




 満月が誇らしげに、高く高く輝いていた。

 眠る街は喧騒の届かないほど静かだった。

 大通りから外れた暗く狭い路地裏に、一人の少年が、髪を鮮やかな色に染め、だらけた服装をした青少年、俗にいう不良達数人に追い詰められていた。

 それぞれの手に得物を下げた不良達は純粋と正反対の笑みを浮かべ、少年を明らかに見下していた。

 気弱そうな少年の表情は恐怖で強張り、今にも泣き出しそうなだ。

 少年に不良達は何やらいったが、少年の耳には全く届かなかった。 

 向かい合う、少年は体を微かに震わせ、不良達から視線を逸らすように俯いた。

 それが気に食わなかった一人の不良が少年の頬を殴った。

 少年は軽々と吹き飛ばされ、背中から地面に倒れこんだ。

 それを見た不良達は一斉に笑った。

 不良達は勘違いをしていた。

 少年が怯えているのは不良達に対してではなく、自身が不良達にすることに対してだ。

 不良達は知らなかった。

 少年にとってこの状況は何ともなく、それどころか数か月前までこのような状況は日常の一部であったことを。

 今の状況と違うのはその時の相手がどこかのマフィアで銃を持っていたことを。

 臆病な少年は恐る恐る反撃を始める。




 僕はまた罪を重ねる。

 償いたくても償えないどうしようもない罪を、何度も手を紅く染め犯していく。

 兄はこれを証だといった。

 長年受け継がれてきた高潔な血である証と。

 これはそんないいものじゃない。

 ただの呪いだ。

 僕が何かをしなったからだろうか。

 それとも何かをしてしまったのだろうか。

 理由は分からない。

 けれど一ついえることは、この呪いは足掻いても切れない頑丈な運命という名の鎖であるということだ。

 まどろむように少年から理性が薄れ、隠した本能が浮かび上がる。

 少年は口の端を静かに持ち上げた。

 まとう雰囲気ががらりと変わり、草食動物から肉食動物へと変わった。

 ゆっくりと立ち上がり、腰に付けたホルダーから拳銃にそっくりな黒い水鉄砲を取り出した。

 不良達が笑ったが少年は構うことなく、そばにいた一人の不良に標準を合わせ引き金を引いた。

 水鉄砲を改造した、ダイヤモンドよりを貫く、凶器と化した水が音もなく、一人の不良の体をいとも簡単に貫いた。

 不良の腕が真っ赤な血を散らしながら、夜空を舞った。

 一瞬、沈黙がその場を支配した。

 しかし、沈黙は少年の独り言で破られた。

「ご愁傷さまだな。俺を相手にしたからだぜ?会ったことを後悔させてやるよ」

 獲物を見つけた少年は舌なめずりをした。

 目はネコ科動物のように夜でも爛々(らんらん)と輝いた。

 状況を理解できた不良の一人が、悲鳴を上げて逃げ出した。

 その後に続き、他の不良達も逃げていく。

 仲間を見捨てて逃げるのか。

 少年は哀れむような視線を向け、逃げ惑う不良達に容赦なく引き金を引いた。

 当たるたびに叫び声が響いた。

 それは何度も、何度も、執拗に水鉄砲の水が無くなるまで行われた。

 百発を超えたところでようやく水鉄砲の水がなくなった。

 気づけば、不良達の呻き声さえ聞こえなくなっていた。

 少年が視線を送れば、不良たちは皆、地面に横たわったまま、立ち上がらない。

 安心したように少年は溜め息を吐き、壁にもたれかかった。

 酸素を得るように、理性が戻ってくる。

「これでしばらくは大丈夫かな」

 そういいながら少年の心は恐怖で張り裂けそうだった。

 もし不良達の一人が生きていたら?

 もし近所の人に見つかったら?

 もしことの次第(しだい)を通りすがりの誰かに見られていたら?

 それが現実になったら僕は。

「その人を殺さなければならなくちゃ」 

 当然のような思考に少年自体が驚いた。

「違う!僕はもう人を殺さないって決めたんだ!」

 少年は苛立ち、壁に手を叩きつけた。

 どんな力を加えたのか、鉄筋コンクリートの壁に二メートル近くの亀裂が入った。

「うわあ。わたしってばタイミングを見事にミスっちゃいましたよ」

 少年の背後から唐突に場違いな若い女の声が聞こえた。

 振り返ると一人の少女がこちらを見ていた。

 青い髪を耳の下で二つに結い、眼鏡をかけていた。

「んー。ここまでタイミングが悪いとなんか、あれですね。うん。ある意味すごい確率ですよね。噂の殺人鬼に会ってしまうんですもん。しかもたった今?殺っちゃたっぽい?殺人現場でって。わたしなんか悪いことしました?心当たりが全然ないんですけど?それともこれは神様的存在がツンデレになったってことなんですか?それならデレはいつ来るんですか?」

 少女は首を傾げながら一人で喋り続けた。

 理解不能。

 少年の脳内にその四文字がぐるぐると回る。

 そもそもどうしてこんな場所に、こんな時間に女の子がいるのだろう。

 少年は速い無理やり鼓動を落ち着かせる。

 えーと……少女がこちらを見ている。

 一、殺人現場だと思われる(まだ死んではいない)

 二、警察に通報される。(過剰防衛で逮捕)

 三、あの人に伝わる。

 やばい。やばい。やばい。

 半殺しにされる。

 いや、あの人に問答無用に連れ戻される。

 すっごくいい笑顔で追いかけられる。

 とてもじゃないが生きていられない。

 十八歳で死にたくない。

「あのー殺人鬼さん?どうしたんですか?」

 少女は緊張感の欠片もない声でいった。

 なんとか、誤魔化せなければ。

 少年は背筋を伸ばし、少女に言った。

「さ、殺人鬼?そ、そんな訳ないですよ。い、嫌だなー。僕はただの一般人ですよ。そんな僕が人なんてこ、殺せる訳ないですよ。だ、だ、だって、ゴキ・・・・害虫だって殺せないんですから」

 少年は引きつっていると、自覚した笑顔でいった。

「殺人鬼さんそれで誤魔化したつもりですか!ばればれですよ!そんなんじゃ今時の高校生を騙せませんよ!」

 少女は挑発的な態度で、少年を指差した。

 やはり誤魔化せなかった。

 こんな少女を手に欠けるのは気が引けるが、ヤルしかない。

 先ほどと同じように理性を薄くする。

 少年は予備の水鉄砲を取りだそうとしてそこで気づいた。

 水鉄砲のスペアを忘れた。

 少年はすべてのポケットや鞄の中を探すが、見つからず、背中を冷たい汗が流れた。

「本当にどうしたんですか?殺人鬼さんは殺人をするから殺人鬼なんですよね?それがアイデンティティなんですよね?あれ?それとも本当に人違い?うわ。もし本当にそうならごめんなさい。心の底から謝ります。すみませんでした!」

 少女はこれだけの言葉を噛まずに一息に喋った。

 少年は潤んだ眼で少女の眼を見た。

 きれいな黄緑色の瞳は夜空のように深く見る者を惑わした。

「間違えていない」

「えっ?」

 

 ザワッ

 

 その瞬間、理性が飛び、少年の体中の血が騒いだ。


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……

 頭の中で誰かの声が狂ったように叫ぶ。

 押さえつけていた衝動が瞬時に全身を駆け巡った。

 黒色のカラーコンタクトレンズが外れ、ひらりと地面に落ちた。

 表れたのは爛々と輝く夜行性の猛獣の金色の眼。

 わずかに残った少年の理性が少女に警告する。

「俺が世間を騒がせている殺人鬼だ」

 にやりと笑ったその顔には先ほどまでのおどおどした少年の面影はどこにもない。

 そこにいるのは誰もが一度くらいは持つ衝動、殺人衝動の塊。

 理性は完全にどこかに消えた。

 少年は飢えた獣のように、少女に飛び掛った。

「えっ……?」

 少女は驚いた表情をしたがそれだけだった。

 特に抵抗を見せず(したくても出来なかったのかもしれない)、素直に少年に押し倒された。

 地面と少年に挟まれた少女は眠るように、眼を閉じた。

 馬乗りになった少年はその細い首に、鞄から取り出したボールペンを振りかぶり、突き刺さる直前で止めた。

 後ほんの少し力を込めれば、簡単に首に穴を開けられる。

「お前は死にたいのか?」

 少年は問う。

 最初から不自然だった。

 通報もせず、殺されかけているのに叫び声一つも上げない。

 見た目通りのただの少女ではない。

 少女は閉じていた瞳を、そっと開いた。

「死にたくないです。会ったばかりの人に殺されたくないです。でも生きていたくもないんですよ。誰も信じられない世界で生きるのは辛いです。それならいっそ」

 少女はこんな状況に関わらず、にこりと笑った。

「貴方が殺してくれるなら死んじゃってもいいかなって」

 そういって笑った少女が、過去の自分と同じように見えた。

 だが、違った。

 少女は目に涙を溜めていなければ、体も震えていなかった。

 ただ素直に全てを受け入れていた。

 その笑顔は少年の見た中で、奇しくも、一番綺麗な笑顔だった。

 衝動が治まって、理性が戻ってきた。 

 だから、それ以上は少年がどんなに力を入れても、進める事が出来なかった。

「どうしたんですか?殺人鬼さん。早くしないと警察が来てしまいますよ?」

 少女はとんでもないことを、笑顔でさらりといった。

「僕の名前は殺人鬼じゃない。灯火(とうか)四川(しせん)灯火だよ」

 少年、灯火は名乗った。

 少女は一瞬、不思議そうな表情をして、また、笑った。

「いい名前。とてもいい名前ですね。とても暖かそうです」

 灯火は少女の上からどいた。

 ボールペンも鞄の中にしまった。

「名前負けしてるけどね。本当、僕にはもったいない名前だよ」

 灯火は少女に手を差し出した。

「もし、よかったら、君の名前を聞いてもいい?本気でヤって殺せなかった人の名前を憶えておきたいんだ」

 少女は灯火の手に自身の手を重ねた。

「わたしの名前は聖生清水(せいりゅうきよみ)です」

 少女、清水の澄んだ水のような笑みに、灯火もつられて笑った。

「いい名前だね。一生忘れないよ、聖生さん」

 灯火は清水をゆっくりと起こした。

 立ち上がると、どちらともなく手を離し、清水は服の汚れを払った。

「わたしも絶対に忘れません」

「僕のことは忘れて」

 灯火は小さく呟くと、清水に背を向け、歩き出した。

「待ってください!」

 清水は叫んだ。

 けれど、灯火は振り返らない。

 清水は手を伸ばし、灯火の(すそ)を掴もうとした。

 しかし、空をかすめただけだった。

 灯火が走ったからだ。

 清水から逃げるようにがむしゃらに走る。

「待って下さい!」

 清水は灯火の後を追いかけた。

 それでも声はすぐに聞こえなくなった。


 

 誰もいない公園。

 灯火は辺りを見渡し、蛇口を見つけた。

 蛇口をひねり、水鉄砲に水を補給した。

 ついでに顔を洗った。

 冷たい水が沁みた。

 水を止め、近くのゴミ箱からスチール製の空き缶を一つ取り出し、ブランコの上に置いた。

 ブランコから距離を置いて、銃を構えた。

 そして、引き金を引いた。

 圧縮された水が一直線に空き缶に向い、中心に穴を開けた。

 カラン。

 空き缶はブランコから落ちた。

 灯火は銃をこめかみに押し付け、引き金に指をかけた。

 小さく息を吐いて、そっと目を閉じた。

 そして、ゆっくりと引き金を絞った。

「だめ!」

 清水が灯火の銃を奪おうと体当たりした。

 衝撃で引き金を引き、水が発射された。

 しかし、こめかみから離れていたため、水はあらぬ方向に飛んでいった。

「離してよ」

 灯火は冷ややかな視線を清水に向けた。

「嫌です!あなたこそ銃から手を離してください!」

「離してって!」

 灯火は清水を乱暴に振り払った。

 清水は地面に倒れこんだ。

 きっと擦り傷が出来ているだろう。

 それでも清水はまた灯火の腕にしがみついた。

「どうして邪魔するんだよ!」

「あなたこそどうして自殺しようとするんですか!」

「僕はあの場所で人を傷つけて、それを君に見られて、君を殺すことにも失敗したんだ!警察に捕まるのももう時間の問題なんだよ!警察に捕まるくらいなら死んだ方がましだ!」

「わたしはこれ以上わたしの知っている人に死んでほしくないです!たとえその人が殺人を犯した人でも!」

「えっ?」

 灯火と清水の動きが止まった。

「お願いです!死なないで下さい!死ぬくらいなら目撃者であるわたしを殺して下さい!そしたら灯火さんが死ぬ必要が無くなります!」

 いつのまにか清水は泣いていた。

 灯火の腕を自殺さないようにしっかりと掴んで、両目からぼろぼろと大粒の涙を零していた。

「殺せないよ!君を殺せないんだよ!」

 清水は僕を受け入れてくれた。

 殺してもいいと歪んだ言葉で。

 僕の(いびつ)な考えかも知れない。

 けれど確かに殺人鬼(ぼく)を受け入れてくれた。

 初めて家族以外の人間に受け入れられて、嬉しかったんだ。

 冷たくなっていた心が温かくなったんだ。

 そんな彼女を殺せるわけがない。

 それをやってしまったら、僕は本当に人間でなくなる。

「だったら!わたしを傍に置いて監視してください!そしたら死ななくていいんです!」

 清水は灯火の目を見ていった。

 静か過ぎて耳が痛くなりそうな沈黙が続き、灯火は口を開いた。

 二人だけの公園で満月だけが、全てを見ていた。


 その2に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ