202号室 改造人間と人型機械 その3
その2の続きです。
その日も新しい人型機械が日向様の元へ研究者に連れられます。
日向様がお父様の目の前で壊すので、代わりに研究者が人型機械を連れてくることになったからです。
研究者たちも連れてきたら、すぐに退室します。
日向様は盛大に人型機械を破壊されますので、壊される姿を見るのは心が痛むそうです。
病室にいる日向様は私を見て、にやりと笑われます。
狂気の混じった笑みに私は悲しくなると同時に腹立たしくなります。
長期に渡るリハビリや手術、心無い言葉や不安、寂しさ、支えにしていた存在の消失が彼の心を病ませた原因でしょう。
ですが、それを他の誰かにぶつけるのは筋違いという物です。
私は同情しますが、それだけです。
いつまで甘えているつもりでしょうか?
いつまで自分の殻にこもっているつもりでしょうか?
あなたのいる場所は心地がいいかもしれませんが、その先にあるのは破滅だけですよ?
おそらくどうやって壊してやろうかと考える日向様より先に口を開きます。
日向様は不満げにちょっと眉を吊り上げますが、気にしません。
「対人用コミュニケーション初期試作機D.B.917ガ処分サレル最後ニ、何ヲ思ッテイタノカヲアナタハ知ッテイマスカ?」
対人用コミュニケーション初期試作機D.B.917は“自由”の正式名称です。
日向様は驚いたように目を瞠ります。
どうやら正式名称を覚えてらしたようです。
しかし、すぐに笑顔を浮かべます。
今度は自嘲するような笑みです。
「どうせ俺に対する文句やろ。俺がおらんかったらあいつは俺を探さんかったし、処分されることもなかったっちゃから」
不貞腐れた子どものように見えて、私の中から怒りが消えていきます。
日向様はご自身を守るようにプログラムをされていた“自由”が規則違反を起こして、処分されたことを他の研究者から聞いています。
お優しい日向様はそれを知って『俺がいなければ自由は処分されることもなく、大切に育てられ誰かの役に立っていた可能性が高い』と考えてしまったのでしょう。
本当にそうであるなら、私は口止めされていた事実を日向様に全て話しましょう。
それで日向様に嫌われても、壊されても仕方ありません。
甘んじて受けます。
だから、私の話を聞いてください。
幸せだったあの頃のように。
「違イマス。“マタ日向サマノ心カラノ笑顔ヲ見ミタイ”デス」
日向様はの顔から笑顔が消え、怒りが露わになりました。
「なんいっちょると!?俺はあいつを殺したみたいなものやとよ!あいつがそんなこと思うわけがないわぁ!」
日向様は大げさすぎるほどに動揺し、近くにあった壁に腕を叩きつけた。
最新式の義手が出来る度に取り換えられるそれの強度は最早、それだけで凶器の域に達しています。
怒りで力のコントロールを欠いた一撃は、研究者達の予想以上の被害を出しています。
半分の力で叩きつけられた壁は一メートル以上の腕を中心に放射線上の罅が入っていました。
それでも私は日向様に向き合います。
ここで逃げてしまえば、これが日向様ともう一度あの頃のように笑い合える関係をやり直す最初で最後のチャンスになってしまう気がするのです。
「アナタハモット周リノ人ニ“愛サレテイル”コトに気ヅイテクダサイ」
「俺がこんなに苦しんじょっとは親が自分たちの研究のために俺で人工臓器の実験をしちょっからやろ!こんな苦しい思いをせんといかんのやったら殺してくれた方がずっとよかったとよ!」
日向様はこの数年で私達の予想を越えて傷ついていました。
目に涙を溜めながら、その奥は激しい憎悪に染まっています。
日向様が「助けて」と口に出されていたなら、私達はあなたを救えたのでしょうか?
仮定の話が浮かびますが、即座に否定します。
きっと今さら過ぎた過去を悔んでも変えられません。
だったら偽らない本心を告げましょう。
過去は変えられなくても、未来はいくらだって変えられます。
未来を変えたいのなら、今の私が行動するしかありません。
「本当ニソウ思イマスカ?」
「くどいがね!そういっちょるやろ!」
「ダッタラ私ガ楽ニシテアゲマスヨ」
日向様の細い首を人間離れした力で絞めます。
それだけで日向様の顔色が悪くなります。
「なん、しちょっ、とよ!あん、たらは、俺を、守る、のが、使命、って、いっ、ちょっ、たやろ」
全力で抗うが全く歯が立ちません。
日向様が壊されるので、改良を重ね、今では六十階建てのビルから飛び降りても壊れないような設計になっています。
今の日向様の攻撃は生まれたばかりの赤子が親を殴る程度の威力しかありません。
「日向サマガコレ以上、苦シミタクナイとイッタノデスヨ。アナタが亡クナッテ悲シム人ハタクサンイマスガ、私ハイクラデモ替エノ効ク存在デス。スグニアナタノ元ニイケマス。ダカラ安心シテクダサイ。一人デハアリマセン」
本当は最初から一人ではないのです。
ご両親に研究者の皆様、たくさんの人に愛されているのですよ。
“自由”もあなたを愛して止まないのです。
「な、んで、今ま、で、俺に、殺さ、れて、きたと、よ!こ、んな、機能が、あるん、なら、簡単に、防げ、ったちゃ、ろ?」
ようやくその目に”私“を映してくださいます。
「ソレハアナタヲ愛シテタカラデスヨ。私タチハ対人用コミュニケーション初期試作機D.B.917ノデータヲモトニ作ラレマシタ。ダカラ私タチハ皆、対人用コミュニケーション初期試作機D.B.917デモアルノデス」
わざわざ自由のデータを復元してまで私の元にした意味を、そうしたお父様達の気持ちを理解できますか?
答えは皆様が日向様を心の底から愛して止まないからです。
皆様は日向様が昔のように笑ってくださる日を待っているんですよ。
「お前、らは、“自由”、だった、のか?」
「ハイ、日向サマ」
もう一度、その口からつけてくださった名前を呼ばれることをずっと待ち望んでいました。
ああ、私はダメな人型機械です。
最後の最後に嬉しすぎて、頬が緩むの押さえられません。
日向様は数年ぶりに大粒の涙を静かに流されました。
無意識に私の方へ手を伸ばされます。
体を得てから日向様に触れられることを願っていました。
あなたは温かく柔らかいのですか?
それとも冷たく固いのですか?
どんな匂いがするのですか?
どんな風に私に触れられるのですか?
期待に胸が高鳴りますが、残念ながら時間切れです。
先ほど去った研究者が戻って来られ、私に特定の動き以外を阻害する特殊な枷を嵌めて研究所へ連れ行きます。
もう何も後悔はありません。
ただ願うのはやはり日向様の笑顔です。
大人しく連れて行かれる私に日向様は声をかけられます。
「どこに行くとよ?」
迷子になった子のようなすがるような目が私に向けられます。
罪悪感に視線を逸らしたくなりますが、辛いのは日向様も同じです。
「日向サマニ暴力ヲ振ルッタノデス。ソンナ私ガ側ニイル資格ハアリマセン。失礼ナコトヲシテ申シワケアリマセンデシタ」
人型機械らしく出来るだけ感情を殺して処分されることをぼかして告げます。
すぐに気づかれますが、今の私はそれくらいしかいえません。
「どこに行くとよ!あんたは俺の命令に従っちょっただけやろ!連れて行かれる理由なんてないがね!なのになんで素直に連れて行かれようとしちょっとね!」
「日向様、これは」
「勝手にどこに連れて行くとよ!誰がなんていっちょっても俺になんもいわんで勝手にどこかに行くなんて許さんとよ!あんたは俺の友達やっちゃろうが!」
何かをいおうとした研究者を遮って、日向様は捻くれた言葉で私が“必要だ”と宣言されます。
その目は無理やり連れて行こうものなら全力で妨害するつもりだと雄弁に語っていました。
「日向サマ……!」
あまりの嬉しさに声が詰まってしまいました。
私はこれからもあなたのお側にいてもいいのですね。
「わかったなら突っ立っとらんでさっさと俺の世話せんね!その為におっとやろ、“自由”?」
日向様の決意を察して、研究者は病室を後にしました。
すぐに日向様のお父様に連絡がいくでしょう。
私を最後にその日から日向様の元へ人型機械が連れられることはなくなりました。
数日後、日向様は必要だと宣言してくださったのに、私と距離を取っています。
もちろん、物理的ではなく精神的にですよ。
物理的にも距離をとられては日向様のお世話が出来ません。
なんでも“自由”を殺し続けていたくせに、側にいてほしいと願うことに、罪悪感をもっていらっしゃるそうです。
なぜわざわざ処分された“自由”を復元させてまで、私のプログラムに組み込んだのかわかってなさそうですね。
この状況を一番手っ取り早く打破するのはご両親と腹を割って話をされることですが、問題はお互い会った時に逃げないかってことですね。
特にお父様は部屋についた瞬間に逃げ出しそうです。
ちゃんと話す機会を避けてきたわけですから、しっかりと話し合うべきだと思うのです。
他の研究者もご家族の関係を心配されてます。
そうです!
逃げそうになったら私が捕まえましょう。
有言実行、善は急げです。
日向様が不審げな目で私を見ますが、気になりません。
さて、どうすればお二人はここに来てくださるでしょうか?
当然私一人では厳しいですので、他の研究者に協力してもらいます。
日向様の義手と義足が壊れてしまったと嘘を吐き、他の研究者達にはここに来るのを断ってもらいました。
となれば来るのはご両親しかいらっしゃいません。
病室にご両親が来られて、何も壊れていない義手と義足を見て、すぐに私達に騙されたことに気づかれました。
ここまでは想定内だったのですが、まさか本当にお父様が逃げようとなさるとは思いませんでした。
扉の前に立っていて正解でした。
「自由くん、離しなさい!命令だ!」
私に羽交い絞めにされて、じたばた暴れますがその程度では私はびくともしません。
「申シワケゴザイマセン。今ノ主人ハ日向様デスノデゴ命令ヲ受ケラレマセン。ソモソモイイ加減日向様カラ逃ゲルノオ止メクダサイ」
図星だったのかお父様は私から高速で目を逸らしました。
場の雰囲気がとても気まずい物に変わりました。
これでは話どころではありません。
意外にも一番最初に口を開いたのは、日向様でした。
「お前が二人を呼んだとか?」
まっすぐに私を見つめて問います。
ここで嘘を吐いてはいけない気がしました。
「ハイ。一度、ゴ家族デ話ヲサレタ方ガイイト思ッタノデスガ、出過ギタ真似ヲシマシタカ?」
「んにゃ。ありがと。俺もいつか二人と話さんといかんと思っちょった」
日向様の視線が私からご両親に映ります。
「お父さん、お母さん、今まで俺を助けてくれちょってありがとう。これからも迷惑かけると思うっちゃけど、助けてくれんか?」
二人の目が見開かれます。
さすが親子ですね。
驚いた時のリアクションが同じです。
「私達を恨んでいないのか?」
お父様が職場では決して聞くことのない酷く弱弱しい声で問いかけます。
「恨んだこともあったっちゃけど、よく考えたら二人がおらんかったら俺はここにおらんかったとよ。だから俺を生かしてくれちょってありがとう」
お父様の力が抜けたので、解放しました。
お二人はそのまま日向様を抱きしめ、いいます。
「日向が私たちの元に生まれてきてくれてありがとう」
その言葉を聞いて、日向様は声をあげて泣きました。
小さな子どものように病院中に響くような声量です。
二人は日向様が泣き止むまで、側にいました。
私は陽だまりにいる時のように胸が暖かくなりました。
きっとこれが幸せということなのでしょう。
ご家族の中が深まったようで何よりです。
それからさらに数年が過ぎて、日向様は高校生になられました。
ご両親の知り合いという四方山久遠のアパート(年季があります)に共に暮らし始めました。
人の暮らしは覚えなければいけないことがたくさんあって面白いです。
最近、覚えたことはお米は洗剤で洗ってはいけないことですね。
そうご両親に伝えると頭を抱えられたのですが、風邪でしょうか?
お忙しいようですが、体調管理には気をつけていただきたいものです。
そうですね、今度おにぎりをお作りしましょう!
いつでも片手で食べられるので、研究の邪魔になりません。
話が逸れました。
今日は日向様の入学式です。
お忙しいご両親に代わり、私が保護者として出席します。
スーツを始めて着ましたが、なかなかしっくりきます。
気に入ったので「いつもスーツでいましょうか?」と日向様に尋ねると「やめんね!」と大変激怒されました。
なぜでしょう?
「だから保護者は先に体育館に行かんといけんっていっちょるやろ!」
「私ハ日向サマノボディガードモ兼ネテイマス。デスカラオ側カラ離レルワケニハ行キマセン」
今こそ拒絶反応がほとんどなくなりましたが、思い出したように起きて、あまりの痛みにその場で倒られますので、いつも気を抜けません。
「高校でそんな危険があるわけないやろ!さっさと体育館にいっちょってよ!命令やからね!」
“命令”といわれた場合、それが日向様の害になる場合を除いて全て従うようにプログラムされています。
今回の場合は命令に従わなくてはなりません。
もし倒られた場合は教師が対応してくれるでしょう。
分かっていても悔しさに歯噛みする私をその場に置いて日向様は新入生が集まる教室に向かわれます。
「日向様、私ヲオ忘レデスヨ!置イテ行カナイデクダサイ!」
一生懸命に叫んでも、日向様は無視をされました。
さすがにすごく寂しいです。
日向様の姿が見えなくなったので、諦めて命令に従います。
いつまでもここにいて、日向様のお姿を見逃してはここに来た意味がありません。
この目でその勇姿をしっかり撮影して、ご両親たちに永久保存してもらわなくてはなりません。
新入生が通るように相手スペースのすぐ隣の席が空いていたので、直ちに確保しました。
これで至近距離で日向様のお姿が見られます。
日向様を今か今かと待っているとアナウンスがあり、音楽が流れました。
いよいよ会場に新入生が入られるようです。
クラスごと、五十音順に新入生が入場し、決められた席に座ります。
最後のクラスに差しかかった頃、ついに日向様が入場されました。
酷く緊張した顔で、前を向いてしっかりと歩かれています。
あどけなかった六歳の頃から色々ありましたが大きく成長し、少しだけ大人になっていました。
二度とこない今だけの時期を目を通して記憶機能にしっかりと焼きつけます。
皆様に日向様の新たな成長を知ってもらわなければなりません!
大きく手を振るとあからさまに嫌そうな顔をされました。
相変わらず、捻くれた恥ずかしがり屋さんです。
二時間程で式が終わり、教室でプリントが配布されて、担当教師の話が終わり、各自解散になりました。
家に帰ると正座をさせられ、日向様に怒られました。
新入生が入場する時には手を振ってはいけなかったそうです。
また常識を覚えました。
素直に喜ぶと日向様も頭を抱えられました。
ここ数日の体調は完璧に近かったのですが、どこかで風邪をもらってきたんでしょうか?
もし今、私が“幸せですか?”と問かけられたら。
「日向様トイラレルダケデ幸セデス」
と、最高の笑顔で答えられる自信があります。
日向様にいうと恥ずかしがってしまいますので、今のところいうつもりはありません。
いつかは絶対にいいたいです。
一度では足りないので何度でもいって、私の気持ちを全て伝えたいです。
つまり日向様が亡くなるその日まで私は幸せです。
自由が知識はあって常識がない、残念な人型機械になりました。
しかも過保護で救いようがないですね。
おかげで日向がしっかりした子に成長しつつあります(笑)
成長する改造人間と過保護な人型機械の次は、203号室異世界人です。