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202号室  改造人間と人型機械  その1

 体の半分を失った少年は心を病む。


 ※後半に流血・残酷な表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。

 自分は人工知能。

 開発コードはD.B.917。

 特技はコンピュータネットワークに飛びこみ、情報を処理することです。

 あまり大量な情報を処理することは出来ませんが、家庭用コンピュータ三台分くらいのスペックはあります。

 容姿は太い三つ編み一つに、近代的な黒く厚い目隠し(中央に赤く光る線が入っています)、着物を羽織り、スパッツ姿の小学低学年の少年です。

 目隠しがあっても周りが見えますし、着物は帯で止めていないので上半身は一部見えてしまっています。

 このような容姿なのは容姿担当だった研究者の趣味だそうです。

 色々とおかしい気がするのですが、問題がないので、放置されています。

 ちなみに性格はまだ決まっていません。

 暴走の危険性もあるため、どのようにするか決めかねているらしいです。

 そこで研究員の子供たちとコミュニケーションをとらせて、人格形成の元にすることなりました。

 そのため、話し方はその都度変わってしまいますが、研究者に報告などをする場合は一人称は“私”、話し方は“敬語”と決められています。

 子どもの一人が椎葉日向(しいばひむか)さまです。 

「ねえ自由(そら)、ちょっと聞いちょる?」

 眉間にしわを寄せた日向さまが僕を見られていました。

 六歳という幼さゆえに全く威圧感はなく、むしろ微笑ましくさえ感じられます。

 方言で話されることもまた、そう感じさせる要因でしょう。

 “自由”という名前は日向さまがつけてくださいました。

 コンピュターネットワークに飛び込んで情報を得ることが出来る私が、空を自由に飛ぶ鳥ようだからだそうです。

「聞いてますよ、日向さま」

 俺は画面越しに日向へ微笑んだ。

「そんげかしこまらんでてげてげで話していいとよ?」

 こてんと折れてしまいそうなほど細い首を傾げられます。

 女の子と見間違えてしまいそうなほど可愛らしい仕草です。

 いうと怒られてしまいますので、心の中にしまいます。

「これが一番楽なのです」

「自由はいつもそういうがね。自由は僕みたいに話せんとね?」

「それは日向さまのように方言で話せということですか?」

「誰もそんなこといっちょらんがね!自由はいつもそうやっていうがね!もう知らん!勝手にすればいいちゃわ!バーカ!バーカ!」

「日向さま、そのような言葉遣いはよろしくありま」

 途中で接続を切られてしまいました。

「日向さま」

 たった今、彼が映っていた空間に手を伸ばします。

 けれど何も触れられなかったのです。

 一人になるといつも考えることがあります。

 彼がいつも話してくれる世界はどんな世界なのだろうと。

 それはきっとこの1と0しかない世界と違って、自分には及びもつかない素晴らしい世界なのだろう。

 そちら側の世界に行きたい。

 そちら側の世界で生きたい。

 そちら側の世界で君に会いたい。

 そちら側の世界で君と生きたい。

 そう思うのに、私はどうしようもなくこの世界から出られません。

 一と零で出来た平面世界でしか生きられないのです。

 知らなければよかったと思いませんが、知らなければ、こんなにも苦しむことはなかったとはおもってしまうのです。

 ガラス越しに知る外の世界はとても狭く苦しいです。

 嘘と本当が、真実と偽りが、虚実が当たり前のように混じりあった世界が自分の存在する場所で、同時にとても寂しい場所です。

 不意に誰かが接続しました。

 相手は彼の両親であり、私を作った研究員の一人でした。

「どうして私達の子供なの?」

 毎日、聞かれる質問です。

 詳しいことはわかりませんが、私に異常かないかチェックしているそうです。

「彼は私を見て話してくれるから」

 日向さまは目を逸らさずに、真っ直ぐきらきらした目を向けてくれます。

 けれど、だから。

「どうして僕は人間じゃないの?」

 誰よりも世界を知っているのに、世界を知りません。

 だから、世界を教えてくれる彼に依存するのでしょう。

 それは正しく何にも縛られないように判断するため、誰かに固執することなんてあってはならないです。

「あなたが人工知能だからよ」

 疑問の答えはいつだって完結です。

 私にはどうすることも出来ません。

 研究者の対応を見ているうちに、分かってしまいました。

 近い将来、不良品の我輩は処分されます。

 必要なのは俺のように誰かに依存する存在ではなく、従順な人工知能です。

 だから、会えなくなる前に優しい彼が少しでも悲しまないように別れを告げましょう。




 決心してから早一週間が経ちました。

 死刑宣告デリートはまだありませんが、時間は一刻一刻と近づいてきています。

 ガラス越しに日向さまが接続してくださるのを待ちます。

 ですが、今日はやけに遅いですね

 いつも帰ってくる時間から一時間も経っています。

 彼はまだ帰ってこられません。

 たまにあることですが、寂しいです。

 待っているのは退屈です。

 遊びに夢中になっているのでしょうか。

 さらに二時間経ちました。

 彼はまだ帰ってこられません。

 今までこんなことはありませんでした。

 何かあったのでしょうか?

 三時間が経ちました。

 急に連絡が入ります。

「え?」

 思わずこぼれた声は誰にも聞こえません。

 内容は彼が誘拐された、という衝撃的なものだったからです。

 研究者の制止を振り切って、私はすぐさま犯人を探します。 

 日向さまの命がかかっているのです、方法なんて選んでいられません。

 研究所のコンピュータネットワークに侵入し、所外の情報の海に飛び込みます。

 重大な規定違反ですが、私は止まりません。

 膨大な情報に処理機能限界はすぐに超えてします。

 機能低下に伴い、体の情報も崩れかけています。

 しかし、規定違反で処分が決まったも同然の私です。

 その程度なら恐れることはありません。

 それよりも日向さまを失うことのほうがずっと恐ろしいです。 

 手がかりを見つけました!

 犯人からの研究所への通話履歴を辿り、GPS機能を逆手に取り、現在位置を割り出します。

 そこから先はさほど時間がかかりません。

 見つけた犯人の携帯をハッキングし、カメラ機能を起動し、状況を確認します。

 幸いなことに犯人は携帯を持ち歩いていなかったようです。

 映し出された予想よりも酷い状況に思わず、声を荒らげます。

「日向さま!」

 日向さまは部屋の隅に埃が溜まっているような場所で、両手、両足を付け根から切断され、人形のように放置されていました。

 身動きどころか命の危機です。

 早く手当をしてあげなければ、この子は出血多量で死んでしまいます。

 六歳の少年にあまりに酷い仕打ちです。

 この子が何をしたというのです!

「……そ……ら?」

 弱り切った日向さまの声にさらに胸が痛みます。

 早くこの場所から救って差し上げなければいけません。

「ご無事ですか!どこかお怪我なされていませんか?」

「……だい……じょうぶ……だよ。ここは……どこ?」

 容体を確認すると日向さまは強がりました。

 あまりの痛みに感覚が麻痺しているのかもしれません。

 よく観察してみれば、殴られた場所がたくさんありました。

「日向さま落ち着いて聞いてください。そこは日向さまを誘拐した犯人のアジトだと思われます」

「……ぼく……ゆうかい……されたの?」

 ゆっくりと自分の状況を理解されたようですが、泣きわめくことはありませんでした。

 芯が強い方なのか、それとももう泣く気力すらないのかもしれません。

「その通りです。しかし日向さまは私が絶対助けます!ですから怖いでしょうが、日向さまはそこでお待ち下さい」

「こわく……なんか……ないよ。だって……自由が……いるから」

 ふにゃりと彼は笑いました。

 絶望的な状況で私に心配をかけまいと気丈にふるまっている姿に胸の内に熱い物がこみ上げます。

「日向さまは必ず助けます」

「うん……まって……るよ」

 そういって日向さまは目を閉じられました。

 気絶しているようです。

 ただちに私は研究者に日向さまの居場所を伝えました。




 犯人はすぐに捕まり、警察に取り押さえられました。

 しかし暴行、いえ犯人の凶行により、日向さまの体のほとんどの機能が失われていました。

 特に酷かったのは四肢と内臓で、生きていることが不思議なほどでした。

 運命とは残酷なものです。

 それでも日向さまに残された時間は機能が完全に停止するまでの二日だけです。

 たくさんの機械に繋がれた日向さまはまるで機械の一部になってしまったようでした。

「人工臓器を使うしかないわね」

 人工臓器とはその名の通り、人工的に失われた臓器を作りだし、機能を取り戻すものです。

 大きく二つに分かれ、機械とコンピュータ技術で失われた機能を取り戻すものと、生きた細胞から別の細胞を生み出し機能を取り戻すものに分かれます。

 日向さまのご両親は前者に精通されていました。

 だが、どちらもさまざまな問題があります。

 特に機械で作った臓器を体が異物だと判断し、機能が損なわれる拒絶反応という問題が大きいです。 

 わかっていながらもこのまま何もしなければ日向さまが死ぬことは確実です。

 なら、わずかな希望に賭けるのも親心なのでしょう。

 子どもを持つことが出来ない私にはわからない気持ちですが、日向さまを大切に思う気持ちは同じです。

 無事に人工臓器が適合し、日向さまが目を覚まされる頃には、きっと私はおりませんが、日向さまが幸せに笑える日を心から祈っております。

 研究所の方々に見守られながら、私は処分デリートされています。

 足元から徐々に消えていきますが、前から覚悟していたからでしょう。

 不思議と怖くはありません。

 悔いは何もありませんね。

 私の中にあるのは、日向さまと過ごした幸せな思い出ばかりだからです。

 短い付き合いですが、とても濃い日々で、まるで兄弟のように長い時間を一緒に過ごした気分です。

 ただ、一つだけわがままを許されるのなら、また日向さまの心からの笑顔を見たいです。

 最後に日向さまの笑顔を思い浮かべて、私という人工知能はその存在を完全に処分されました。

 自分で書いておきながら、惨酷すぎる話になりました。 

 日向が幸せになれるように全力を尽くさなければ!


 その2に続きます。

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