201号室 取り立て屋 その3
その2の続きです。
「どうしたの、トマ?」
猫の困惑した声で現実に帰る。
半分ほど残っているコーヒーからもう湯気は出ていなかった。
思っていたよりも時間が過ぎていたようだ。
「昔のことを思い出していた。もう二十年になるな」
「そうだね。いつの間にかそんなになるね」
昔を懐かしむように目を細めた。
あれから二十年経って、俺は身体共に変化していった。
だが、猫は変わらなかった。
まるで時間が止まってしまったように二十年前と同じ顔、姿をしている。
違うのは長く伸ばした髪くらいだ。
人目をはばかるためか、それとも感情を悟られないためか、理由はしらない。
ただ隠された顔を知る数少ない人の中に俺がいることに優越感を覚える。
「お前は変わらないな」
「トマも変わらないね」
「何が変わらないんだ?」
「秘密」
唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑う。
どきりと胸が高鳴った。
扉が開く音がして、よく知った気配がした。
俺の背後に立つと、後ろから抱き着いてくる。
「トマ様、お久しぶりです。会えない時もお慕いしておりました」
耳元に唇を寄せ、妖艶な色気を漂わせた声で俺の鼓膜を震わせる。
猫の纏う雰囲気がわずかに殺気立つ。
「久しぶりだな、フェイト。元気そうで何よりだ」
背後を振り返ることなく、まとわりつく腕を払った。
「つれないですね。でもそういうところも好きです」
心底、残念そうにフェイトは俺から距離をとった。
出会った時から告白めいたことをいってくるが、それは猫をからかうためで、本心ではないと知っている。
猫は気づいていないようだが。
「フェイト、軽率にお客様に触るな。相手に失礼だ」
猫はあからさまに苛立ち、フェイトに警告する。
「表には準備中とありましたが?逢引きの邪魔をされたからと八つ当たりをされても困りますね」
当の本人は素知らぬ顔でさらに己の主を挑発する。
舌の根が乾かぬうちに、風を切る音がフェイトへ向かい、続けて金属が床に落ちた音が響いた。
金属音の正体は小さなナイフだった。
間違いなく猫がフェイトへ放ったものだ。
「再教育が必要か?」
低く静かな声で不機嫌も殺気も隠さずに、新たに手にしたナイフをフェイトへ向ける。
隠された目はきっと怒りで冷え切っているだろう。
「申しわけございません」
悪びれた様子もなく、深く腰を折り謝罪の言葉を口にする。
三人が集まった時はいつもこのやり取りをしていた。
今さら何も驚かない。
「相変わらず仲がいいな」
「いえ、仲がいいなんてとんでもございません。いつも奴隷のごとくこき使われております」
また風を切る音と金属音が聞こえたが、フェイトは何もなかったかのような顔だ。
これ以上なく猫が不機嫌になっている。
「また来る」
そういって巻き込まれる前に、机の上に千円札を置いて席を立つ。
後ろから猫の制止をかけられた。
「営業中じゃないからお金はいらないよ」
「美味いコーヒーを飲ませてくれた礼だ」
猫が差し出した千円札に皺が寄る。
珍しく俺の言葉に動揺しているらしい。
「あと毎朝、お前の淹れたコーヒーを飲めればいうことがないな」
この機会にと、気障な台詞をいえば、猫は高速で顔を逸らした。
「いつからそんなタラシになったんだろう」
小さな照れた声で呟いたそれは、しっかりと俺の耳に届いていた。
中々見ることのできない姿に高揚した気分のまま店を後にした。
店の前には黒塗りの高級車が止められていた。
屈強な俺の部下がドアを開けて、待っていた。
迎えに来ていた部下を労い、車に乗りこむ。
すぐにドアは閉められ、発進する。
窓の外を眺めながら、二十年を振り返る。
組の構成員から幹部へと昇進し、次期組長の候補にもなった。
欲しかった力と手段も手にした。
だが、本当に欲しい物はまだ手に入っていない。
“唄田猫”。
俺が欲しいのはあいつだけだ。
利用するためじゃない。
俺はあいつが二十年前から好きで、努力し続けた。
力や手段はあいつの隣に立つため、容姿や言動を磨き上げたのはあいつを惚れさせるためだ。
未だに俺を弟扱いしているが、諦めるつもりは毛頭ない。
何年、何十年、人生全てをかけてでも挑み続ける覚悟はすでにできている。
だから覚悟して待ってろよ、猫。
トマさんはがっつり肉食系です。
猫さん限定で(笑)
恋する取り立て屋の次は二〇二号室、改造人間と人型機械です。