201号室 取り立て屋 その2
全国の長瀬さんすみません。
このお話はすべてフィクションです!
次の日、学校をさぼってゲーセンで時間を潰していたら、別の奴らに喧嘩を売られた。
長瀬さんを入院させた報復らしい。
誰だがさっぱり思い出せなかったが、相手は関係なかったらしい。
店の側で襲われかかったから、反撃した。
そんなことが一か月くらい続いた。
肌寒い時期からコートを着ないと外に出られないほど本格的な寒さがやって来た。
それでも家に居場所なんてないから、俺は安物のコートを着て外に出る。
隙間から入ってくる冷気が体温を奪う。
あれから久遠とは会っていない。
細心の注意を払っているからか、それとも俺にいった一言のせいか。
どちらにせよ、静かだからこのままで構わない。
奴が隣にいるとうるさくてたまらない。
考えことをしていたからだろう。
目の前からやってくるあの男に気づくのが遅れた。
「やっほー、久しぶりだね。前にあったのはいつだったかな?」
猫はまるで長年の友人のように気さくに話しかけてくる。
もう二度と会わないと思っていた。
予想外の出来事にらしくもなく、動揺する。
「一ヶ月前だ。知り合いでもねぇ癖に馴れ馴れしく話しかけるな」
早歩きでその場を離れる。
だが猫はあの日の久遠のようについて来た。
お前も暇なのか?
「あぁそうだったね。一ヶ月かぁ。年を取ると月日が流れるのは早いね」
感慨深そうに呟く。
二十代後半くらいに見えるが、実際はもっと年上らしい。
「俺の話を聞いてんのか、おっさん」
「おっさん、ってまた地味に傷つくことをいうね。いいけれど。ところで何か変わったことはなかったかい?」
「何もねぇよ。いつもと同じだ」
毎日のように喧嘩に明け暮れ、俺の周りは敵と柄の悪い連中だらけで、親も俺を見捨ててる。
久遠ももう俺を見捨てたようだ。
後悔はない。
全て自業自得だから。
「そっか。君は寂しんだね」
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
寂しい?
この俺がそんな子どもみたいなことを?
「何いってんだ、あんた?」
振り返って猫の顔を見て、言葉を失った。
「誰にも理解されなくて寂しいんだね」
猫は寂しそうに俺を見た。
同情か、軽蔑か。
俺には分からなかったが、無性に腹が立った。
「そんな顔で俺を見るな!」
「ごめん。君の寂しさを知ってしまったからできないよ」
「だったらもう二度と俺の目の前に現れんな!」
猫は泣きそうな顔を浮かべた。
だが、それも一瞬のことだった。
「わかった」
寂しそうな笑顔でそれだけいって、俺に背中を向けて歩き出した。
その背中に手を伸ばしかけた自分に気づいて驚く。
拒絶した癖に猫を引き止めるのか?
聞こえた内声に俺は手を降ろした。
猫の姿は朝靄のようにすぐに見えなくなった。
俺には猫の方が寂しがっているように見えた。
虚無感が俺を包んだ。
それから一週間後。
世間は間近に控えたクリスマスに浮かれている。
どの店も赤や緑に彩られ、イルミネーションのおかげで夜なのに昼間のように明るい。
だが、俺は変わらなかった。
外で時間を潰し、喧嘩を売られれば、片っ端から買っていった。
以前から感じていた苛立ちが最高潮に達していた。
原因がわかっているからこそなおさら苛立ち、悪循環に陥っていた。
表通りから光を避けるように裏路地に入っていく。
人が減り、光もまばらになる。
少しだけ苛立っていた気持ちが落ち着く。
不意に聞こえた足音。
振り返ればスーツ姿の男たちが立っていた。
スーツの上からでもわかる筋肉、ひしひしと感じる鋭い殺気。
堅気の人間じゃない。
恐らく裏の人間だ。
「お前が屋斎十真十か?」
一番体格のいい男が俺に話しかけてくる。
やくざに喧嘩を売った覚えはない。
「それがどうした?」
「幹部の坊ちゃんが世話になったな」
記憶をたどってみるが心当たりがない。
おそらく喧嘩を売ってきた奴らの一人だろう。
めんどくさいことになった。
「誰のことだかわからないが、喧嘩を売ってきたのはそっちだ。俺はそれを買っただけだ」
俺が余裕ぶっていると思ったらしい。
男たちはさらに殺気立つ。
「それはずいぶんと高い買い物をしたな、ガキ」
男たちは懐から棍棒を取り出し、動いた。
正面、左、右、と三方向からの攻撃が来る。
一番早い右の懐に潜りこみ、ネクタイを掴んで下に引き、無防備な顔に膝蹴りを送った。
気絶したそいつを正面と左に向かって投げつけた。
正面の奴は巻き込まれて下敷きになったが、避けた左の奴が俺に向かってくる。
「このガキがァアアアアア!」
大振りで落ちてきた棍棒を受け流し、下から打ち上げた拳を無防備な首に打ちこんだ。
息がつまる声がして、男は地面に倒れた。
遅れて出てきた冷汗を服で拭う。
さすがに本職とやり合うのは怖かった。
今回怪我がなかったのは相手が油断していたからだろう。
このままこの場に留まるのは危険だ。
さっさとどこかに逃げよう。
少しだけ気が緩んだ瞬間、背後に気配がした。
振り返る間もなく首に大きな衝撃。
声を上げることさえ出来ずに俺の意識は落ちていった。
目が覚めると冷たいコンクリートの床に寝かされていた。
どこかのオフィスみたいだ。
手足はビニールテープで縛られ、口にもビニールテープが貼られていた。
体中が痛み、特に両足は熱を持っているほどだ。
もしかしたら折れているかもしれない。
これでは助けを呼ぶことすらできない。
何時間、いや何日寝ていたんだろうか。
足音が近づき、目の前の扉が開かれた。
「やっと目が覚めたか。床に寝かされる気分はどうだ?」
下卑た笑みを浮かべる達磨のような男が俺を見下す。
連動して周りを囲む、男たちが嘲笑する。
歪な不協和音が狭い部屋に響く。
「ああ、そうだった。テープのせいで喋れないんだったな。おい。テープを剥がしてやれ」
部下と思う男が俺に近づき、乱暴に口のテープを剥がした。
「あんたの息子の名前は?」
「はあ?」
「あんたの息子を俺がぼこったんだろう?」
腹に蹴りを入れられる。
汚い声が漏れる。
「口調がなってねえな。あんたじゃなくて長瀬様だ」
長瀬という名前に覚えがない。
「やっぱり覚えてない」
もう一発同じ場所に蹴りを入れられた。
ミシッと骨が軋む嫌な音がした。
「いい度胸だな、ガキが」
それからは暴力の嵐だった。
蹴る殴るは序の口、鈍器や刃物で体中を痛めつけられた。
痛めつけられて喜ぶ趣味はないから、ひたすら苦痛だった。
だが、男たちは痛がれば痛がるほど喜ぶから、俺は唇をきつく噛んで痛みに耐えた。
扉がノックされたことで、嵐は一端収まった。
さんざんな暴力で手足は自由になったがとても歩ける状態ではない。
まだ意識があることさえ、不思議なくらいだ。
「誰だ?」
「組長がお呼びですよ。長瀬様はいらっしゃいますか?」
達磨の声に答えたそいつの声に聞き覚えがあった。
まさか、あの男はこいつらの仲間なのか?
「仕方ない。そいつは後だ。行くぞ」
達磨は男に命じて扉を開けさせる。
扉の向こうにいたのは猫だった。
猫は酷く驚いた顔で俺を見た。
「これはどういうことですか?」
怒りを押し殺した声だった。
「俺の息子に喧嘩を売ったのでな、教育してやっている」
達磨は汚物を見るような目で俺を一瞥した。
猫から男たちと比べ物にならないほど鋭く濃い殺気が溢れる。
俺に向けられたものではないとわかっていても、冷や汗が流れる。
「子どもの喧嘩に親が出るんですか?それも相手は堅気の人間ですよ?」
俺の知らない無機質な声と表情。
だが、それが逆に恐ろしかった。
「俺の息子が瀕死の目に遭ったんだぞ!堅気だろうと黙っていられるか!」
顔を青白くさせた達磨が猫に唾を飛ばした。
それすらも煩わしいように猫は眉を寄せた。
「このことは組長にもお伝えします。その少年は証拠として私が預かりましょう」
その場にいた全員の目に失意の色が浮かんだ。
部屋に入り、傷だらけの俺を優しく抱き起し、華奢な背中にのせて、猫は立ち上がった。
どうなっているのかよくわからないが猫はこいつらの仲間じゃないらしい。
「全快勢」
こっそりと俺の全身の重傷を治してくれた。
そして、俺を集団でリンチしたことが組長にばれたら、こいつらはやばいらしい。
「そいつを置いて止まれ!」
男の一人が猫の前に立ちはだかる。
「嫌です」
奇声を上げて殴りかかってきた男を簡単にさばいて、床に伸した。
堰を切ったように男達は猫に一斉に飛びかかる。
「しょうがありませんね。走れ雷」
懐から取り出したナイフに蛇のように電気を絡ませ、男達に投げつけた。
男達は感電したように痺れ、その場に倒れた。
猫は俺を抱えたまま、数秒でその場にいたほとんどの者を戦闘不能にした。
「し、死ねえ!」
残った男の一人が刃物を片手に向かってくるが、近づく前にナイフの餌食になった。
同時に鳴る乾いた音は猫の死角になる位置から放たれた。
一瞬だけ反応が遅れた。
「っ!?」
音速を越える超える弾丸が俺へと放たれる。
猫の呪文ももう間に合わない。
短い十五年分の走馬灯が脳裏をよぎった。
馬鹿みたいな理由で死ぬ俺を久遠は怒るだろうか。
俺は瞼を閉じて、来る衝撃を待った。
誰かが動く気配といい匂いがして、すぐに鉄の匂いに変わった。
「やれやれ。とんだクリスマスプレゼントだ」
猫は無理矢理に笑顔を浮かべて、ゆっくりとうつむせに床へ倒れた。
腹から血が滲み、俺と床を赤く濡らしていく。
撃たれる瞬間に猫は体を反転させ、自身の体で俺を庇ったのだ。
「おい、猫。なぜ俺を助けた。それにどうして俺を治したように自分を治さない?」
「好きだからさ。君のことは年の離れた弟みたいに大切に思っているんだ。それに私は自分を治すことは出来ないんだ」
嘘をついてる。
根拠はないがそう直感した。
「それに自分のために使う魔法ほど悲しいものはないんだ。魔法は誰かのために使ってこそ輝くんだ」
力なく猫は目を閉じた。
「俺を殺そうとするからだ!ざまあみろ!」
達磨が汚い声でわめく。
こいつが猫を撃ったのか!
「てめえが猫を笑うな!」
狂ったように笑う達磨を殴りつけた。
銃のことは頭になかった。
達磨は無様に転がり、意識を失った。
煩い達磨を黙らせて猫の元に戻るが、医療の知識を持たない俺にできることは何もない。
「約束を破ってしまってごめんね」
そんなくだらないことを今いうのかよ。
「俺が悪かった。あんたを巻きこんだ」
自分の力を過信して、無関係な人を巻きこんで死なせようとしている。
そんな目に遭うくらいなら俺を見捨ててくれてよかったのに。
「そんなに気に病まないで。一人で寂しく死ぬより、ずっと君に看取られて死んだほうが幸せで本望だ」
震える手を俺の手に重ねる。
その手は死んだ人間のように冷たい。
猫に死が近づいている証拠だ。
「君を‥‥‥してる」
猫の言葉は肝心な部分が掠れて聞き取れなかった。
ようやく騒ぎを聞きつけて、慌しい足音が近づいてきた。
駆けつけた人達に猫は運ばれ、俺は固く口止めされて外に追い出された。
その後、どうなったのか俺はわからなかった。
あの事件から一カ月が過ぎ、年が明けた。
俺はようやく受験勉強に励み出した。
元々勉強はそれほどやらなくともそこそこできた。
狙う高校は名前さえ書けば受かるともっぱらの噂だから、多分受かると思う。
だが、念のために軽く勉強をしている。
参考書を読みながら、歩いてたのが悪かった。
正面から歩いていた人にぶつかってしまった。
謝罪を口にして、本から顔を上げて、俺の時間が止まった。
「いやいやこちらこそ悪かったね。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ。元気にしてたかな?」
一カ月前に別れた猫が目の前で笑っていた。
「あんた、死んだんじゃなかったのか?」
声が情けなく震える。
「いや心配かけてごめんね。この通りピンピンしてるよ」
軽く腹を叩いて笑みを強くした。
「本当にあんたなんだな」
こみ上げてくる暖かい気持ちが俺の目から涙となって溢れ出す。
よかった。
生きててくれてよかった。
「ありがとう、トマ。君のおかげだよ」
止めどなく流れる涙を猫は困ったように、優しく笑って拭いた。
猫の手はもう冷たくなかった。
俺と同じ暖かさがあった。
泣き止むまでそれは続いた。
しばらくして泣き止んだ俺は羞恥心で身悶えしていた。
中三にもなって他人の前で泣くなんて、情けない。
「落ち着いてすぐで悪いんだけど、組長のところへ一緒に来てくれないかな?」
にこやかにとんでもない爆弾を落とされた。
組長?
あの連中のトップってことだよな?
絶対、殺されるだろ。
「大丈夫。今回は“お詫びしたい”らしいから身の安全は保障する。もし君に何かあった時には手段を選ばないから」
顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
殺気も多少漏れ出し、側を歩いていた人が怯えた顔で足早に去っていく。
こんな猫を相手にして生き残れる自信はない。
もし何かあっても大丈夫だろ。
「わかった。でもなんであんたが迎えに来たんだ?」
「組長が部下に迎えを頼もうとしてたから私が引き受けたんだよ。家の前に黒塗りのリムジンが止まってたら嫌でしょう?」
「そうだな」
警察沙汰になりそうだ。
「あんたは部下じゃないのか?」
「私は雇われの住み込み護衛だよ。今月いっぱいだけどね」
証拠隠滅のために殺されそうになった組織にいつまでもいられないよな。
「幸いここからそう遠くないから歩いて行こう」
詳しい場所の説明は相手の都合上できないが、歩いて数十分の場所にあった。
映画や漫画くらいでしか見たことのない巨大な塀に囲まれた日本家屋だった。
武家屋敷といってもいいかもしれない。
塀に相応しいこれまた巨大な門の脇に筋肉質な男が二人立っていた。
男達からは肌を刺すような殺気が出ている。
「唄田様、お疲れ様です!」
俺達に気づくと腹から声を出し、きっちり45度のお辞儀をした。
それだけで威圧される。
だが、猫は涼しい顔だ。
この程度の殺気は文字どおり挨拶代わりなのだろう。
「君達もご苦労様です。この子は組長のお客様ですので、他の方にも丁寧におもてなしするよう伝えてください」
「ヘイ!」
男の一人が門の奥、家の中へ伝言しに行った。
「じゃあ行こうか」
「あんた、一体何者なんだ?」
「あれ?いわなかったかな?私は魔法使いだよ」
意味深な笑みを浮かべて、ウインクをする。
敷地に入る前から俺は精神を大幅に削られた。
魔法使い、ってなんだよ。
見上げるほどの門を潜り、玄関に入ると一人のまったりとした雰囲気を纏った眼鏡をかけた男とその部下らしい何人かが俺達を出迎えた。
「唄田様らお帰りなさい。お客様は遠い所をよく来てくださいました。何もありませんが、ゆっくりしていってください」
男は見た目通りの口調で話す。
この場にいることが不自然で、図書館が似合う。
「ありがとうございます、丹波さん」
男の名は丹波というらしい。
「失礼します」
先に靴を脱いだ猫に習って、丹波さんの後をついていく。
難しい作法はわからない。
長い長い迷路のような廊下を進んだ突き当りで、丹波さんは止まった。
「この先に組長がおられます。私どもはここで失礼させていただきます」
丹波さんは部下と共に来た道を戻っていった。
巨大な龍と虎が荒々しく描かれた襖は家の主の強さを表しているようだ。
この先に組長がいるのか。
口の中が急速に乾く。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。組長は気さくな人だから」
この時、俺は素直に猫の言葉を信用し、後に激しく後悔することとなった。
どうしてこうなった。
あの達磨とは比べ物にならないほど鋭く冷たい組長の刺すような殺気を、全身に受けながら切実に思った。
年齢は五、六十代だろうか。
深く刻まれたシワには年季があるが、しゃんと伸びた背筋や精悍な顔だからか、老いを全く感じさせない。
蛇に睨まれた蛙とは正に今の俺の状態をいうのだろう。
いや、蛇というよりは虎か。
恐怖で指一本動かせやしない。
見の安全を保障するといっていた猫は丹波さんに呼び出され、退室中だ。
「長瀬が世話になったみてえだな」
たった一言の重く静かな声に心臓を鷲掴みにされたような感覚がした。
これが“組長”と呼ばれる男か。
俺なんか井戸の蛙大海を知らずもいいところだ。
一人じゃ何も知らず何もできない無力なガキだ。
だが、ガキはガキらしくみっともなく足掻いてやる。
「大したことなかったな」
精一杯の虚勢を張って、目の前の虎を睨みつけた。
にやりと目の前の虎は口を釣り上げた。
「くっ、くはははは!おもしろいガキだな!」
組長は声を上げて笑った。
何が組長の琴線に触れたんだろうか。
先ほどまでの殺気が嘘みたいになくなっている。
俺は試されたらしい。
「さすが猫が惚れた男だ。いい男を見つけたもんだな」
何を褒められているのか今一つわからない。
合格したと思っていいのだろうか。
ふいに笑みを消して、真剣な顔になる。
「お前、俺の息子にならねえか?」
突然の誘いに理解が追いつかない。
息子になる?
つまり裏の人間になるということか?
「あんたの息子になって俺にメリットはあんのか?」
俺が欲しい物をあんたは持ってんのか?
「俺を相手にメリットとは、ますます気に入った。お前に与えられるのは力と手段だ」
「なら俺はあんたの息子になる」
背後の襖が乱暴に開け放たれた。
振り返ると息を切らした猫が組長を睨みつけていた。
「残念だな。あと少し早ければ止められたぞ」
組長は涼しい顔で受け流す。
「なぜ彼を誘った?」
「俺との力の差がわかっていながら逃げずに立ち向かって来た根性と意思の強い目が気に入った」
「君はそれでいいの?否定するなら今だよ」
俺に視線を移し、すがるように見た。
視線の意味を知りながら、俺ははっきりと拒絶する。
「いずれ俺はここにいた。遅いか早いかそれだけの違いだ」
「お前の名は?」
「屋斎十真十だ。あんたの名前は?」
「五十嵐茂樹だ。明日の朝、荷物をまとめて家に来い。話はそこからだ」
五十嵐さんの差し出した手を握った。
シワだらけでゴツゴツした手は暖かく、それでいて力強かった。
猫は引き止めたが、無視して家に帰った。
翌日から暴力がすべての裏の世界にどっぷりと浸かる日々が始まった。
その3に続きます。