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103号室  ネット歌手 その2

 その一の続きです。

 俺は物心ついた時から、周りの人間が女扱いすることが不思議で、腹立たしかった。

 何度、自分は女じゃなくて男だといっても、不気味な物を見るような目をされるだけで、誰も俺の言葉を聞いてくれなかった。

 そんな俺を最初に男扱いしたのはリョーヘイだった。

 初めて会ったあの日、俺は五歳だった。

 母親が無理やり受験させた私立幼稚園で、園庭の大きな木に登って空を眺めていた。

 坊ちゃんやお嬢様が集まる幼稚園では木に登るなんて、大人たちに野蛮なことだといわれ、誰もやらない。

 だが、俺は嫌なことで溢れた日常から離れ、自分らしくいられるその場所が好きだった。

 木の下から同じ年くらいの一人の男が俺を見上げて、こういった。

「おんなのこのかっこしてるのにおとこのこみたい」

 淡々とした無表情のそいつがリョーヘイだった。

 怒りがこみあげて、俺は木の上から怒鳴った。

「ぼくはおとこだ!」

 きょとんとした顔をした後、納得したように縦に首を振った。

「そっか。きみはおとこのこなんだね。まちがえてごめんね」

 誰も理解してくれなかったことをリョーヘイはあっさりと理解してくれた。

 心の中にあった怒りが消えて喜びが広がる。

 暗闇だと思っていた場所に一筋の光が差したようだった。

 それから俺はリョーヘイと一緒に過ごすようになった。

 最初は嫌がっていたリョーヘイも次第に心を開いてくれた。

 リョーヘイは母親が教育ママというやつで勉強にとても厳しい人だった。

 幼稚園のテストで一番になれなかっただけで、ただでさえ短い睡眠時間を一時間減らされる。

 だからリョーヘイの目には子どもなのにいつも隈が出来ていた。

 そんなことしなくてもリョーヘイは頑張ってることを俺は誰よりも知っていた。

 でも俺は子どもだったから何もいえなかった。

「アキといっしょにいるときがいちばんおちつくよ」

 リョーヘイの隈を見ても何もできない自分に悔し泣きをする俺を、リョーヘイはそういって頭を撫でる。

 辛いのは俺だけじゃない。

 俺は他の誰かも人にいえない辛さを持っていると知った。

 



 母は俺を自分の分身だと思っていた。 

 レースとフリルがたくさんついたワンピース、膝下の白いソックス、腰まである長さの髪をリボンでまとめたお嬢様のような俺を親はうっとりとした目で眺める。

 俺が嫌がるとヒステリックに泣き叫び、縋りついてくる。

 父は俺を自分の利益を生み出すための道具だと思っていた。 

 六歳になった日、父は俺を呼び出し、同じ年の少年とその父親と会わせた。

 家では見せない笑みで話す父を見て、目の前の二人が金持ちなんだと悟った。

 そして、この家に俺を嫁がせ、家の金を奪おうとしている。

 こんな生意気そうなガキの嫁になりたくない。

 俺の思惑とは裏腹に得意の歌を父親から披露することを強制させ、しぶしぶ歌った。

 それがいけなかった。

「素晴らしい歌声です!ぜひ僕の花嫁になってください!」

 父の狙い通り、少年は俺を気に入り婚約させられてしまった。

 憤る俺を父は無視して、書斎に閉じこもった。

 俺は二度と少年と会わないことを決心した。

 どうせ幼い子の約束だ。

 ずっと会わなければ、結婚できる年齢になった時、お互いに忘れているだろう。

 俺は諦めることを覚えた。




 中学生になっても俺は相変わらず、女のふりをしていた。

 スラックスを履きたかったが、母が許してくれなかった。

 幼稚園からエスカレーター式の学校だったから、リョーヘイも同じ学校だ。

 二年生になった時、俺は絶望した。

 そう、生理がきたのだ。

 女である証であるそれが俺は酷く憎らしかった。

 だけど俺の意思とは反対に体は女になっていく。

 嫌だ、嫌だ。

 俺は男なのにどうして!?

 泣きついた俺をリョーヘイは優しくなだめながら、病院へ行こうといった。

 理由がよくわからないまま、リョーヘイと一緒に精神科に行き、俺は性同一性障害といわれた。

 馴染みのない言葉に戸惑う俺とは正反対にリョーヘイは冷静だった。

「そうじゃないかと思ってた」

 問いただした俺にリョーヘイはそう答えた。

 俺は診察結果を両親に伝えた。

 理解してくれれば、俺が過ごしやすい環境にしてくれる。

 そう医者はいったが、俺とリョーヘイはは理解されないだろうなと冷めた目で聞いていた。

 予想通り母はヒステリックに泣き叫び、父は気持ち悪い物を見るような目をして、俺に非情な言葉を投げつけた。

 二人とも事実を認めなかったのだ。

 全てをリョーヘイに告げると、予想通りだと溜め息を吐いた。

 これからも女のふりをして生きていかなければならないのか。

 涙が勝手に溢れて、噛みしめた唇から鉄の味がした。

 リョーヘイはそっと俺の頭を撫でながら「ごめん」と謝罪した。

「僕が病院に行こうといわなければアキが傷つくことはなかった」

 続けてそういったリョーヘイの顔は見えなかったが、一緒に泣いてくれている気がした。

 優しい親友に俺は「ありがとう」といった。

 リョーヘイのおかげで俺は自分を認めることが出来る。

 側に誰もいなかったらきっと俺は俺を認められなかった。

 俺はリョーヘイしか認めない俺を改めて自分だと認めた。

 



 数日後、リョーヘイはとあるパソコンサイトを開いて、俺に見せた。

 それが『ビーム動画』との出会いだった。

 さまざまな人が作った動画が集められたサイトだ。

 特に目に留まったのは『歌ってみる』だった。

 さまざまな種類があったが、大まかにいえば自分の歌声をサイトへ投稿し、聞いてもらおうという物だ。

 俺が歌うことが好きだから勧めてくれたんだろう。

「ここでならアキらしくいられるでしょ?」

 得意げなリョーヘイが腹立たしくて、額にでこピンにした。

 痛みに眉を寄せるリョーヘイに俺は笑顔を見せる。

「ありがとな!」

 俺はボーカル、リョーヘイは作詞を担当した。

 二人とも作曲が出来なかったから、伴奏だけ投稿している人に頼んで貸してもらった。

 その曲にリョーヘイの歌詞をつけて、俺の歌声をのせて投稿した。

 ただの自己満足で終わるはずだったのに、俺たちは数ヶ月で高い評価を得た。

 ランキングの上位に入り、目も眩むような人が俺たちの動画を見てくれた。

 嬉しくなってたくさんの歌を歌った。

 俺たちの歌が音楽関係の目に止まり、CDを出してもらったり、他の人気歌ってみるさんとコラボしたこともあった。

 だけその状況は一変する。

 何気なく俺は自分の動画を見直した。

 自分の動画を改めて見ることで、悪かった点が見え、歌声の向上に繋がるからだ。

 それとビーム動画にはコメント機能がついていて、見た人の感想を知ることができる。

 だが、動画には俺を罵倒する言葉や気持ち悪い言葉が羅列していた。

 慌ててリョーヘイに電話し、確認をとった。

 前からそのようなことはあったが、最近になって急に増えたそうだ。

 人気が出て、CDを出したり、有名な歌ってみるの人とコラボしたからかもしれない。

 いわれて、コメントをよく見れば、出したCDに関する物やコラボした歌ってみる関係が多かった。

 俺は居場所だと思っていた場所をまた失った。

「ごめん」

 俺が性同一性障害だと知った日と同じ泣きそうな声だった。

「リョーヘイのおかげでここまでこれたんだ。ありがとうな」

 大人に近づいても優しい親友を持てて俺は幸せだ。

 俺は中学を卒業するまで歌うのを止めた。



 復帰を望むファンやコラボしてくれた人、曲を提供してくれた人の声に答えて、またビーム動画で歌い始めた。

 だけどどんなに誘われても以前のようにCDを出したり、コラボすることはなかった。

 俺はもう二度と傷つきたくなかった。

 以前のよりも冷めた気持ちで、でもここでしか好きなように歌えない。

 矛盾した気持ちで歌う俺に、一人だけしつこくコラボに誘うやつがいた。

 何度無視しても誘ってくるそいつが新だった。

 あまりにしつこいから一度だけという条件でコラボすることにした。

 リョーヘイは止めたが、このまま無視し続けるよりも条件をつけてコラボしたほうが楽だと思った。

 渋るリョーヘイと一緒に打ち合わせをした。

 開口一番、新は俺をひたすら褒めた。

 歌だけではなく、歌や周りの人に対する態度がいかに素晴らしいかをひたすら話し続けた。

 いや、褒めたっていうのは温いくらいだ。

 まるで信仰する神に出会ったかのようにひたすら俺を褒め称えた。

 予想外の出来事に、リョーヘイも思考停止していた。

 ぶっちゃけてしまえば二人で新にドン引きした。

 二時間ほど褒め倒して、ようやく新は本題に入った。

 話してみれば、意外と気さくで控えめな奴だった。

 数分で意気投合し、打ち合わせの時間がやけに早く感じた。

 リョーヘイも新を気に入り、それ以降も仲良くするようになった。

 



 新に出会ったのは大学に入学した時。

 俺は進路で親と盛大な喧嘩をし、勘当された。

 悲しみなんてわかず、喜びだけがあった。

 前にCDを出した会社の社長がその話を知り、俺を声楽科のある大学に入学させてくれた。

 その社長が『四方山久遠』さんだった。

 条件は経営するアパートに住むことと、CDを出すことだった。

 今思っても、すごく胡散臭いけど、当時の俺は他に頼る人がいなかった。

 だけど、久遠さんはとても気さくで何より優しかった。

 久遠さんのおかげで通うことになった大学(リョーヘイも同じ学校)で、いきなり新の方から俺に挨拶してきた。

 同じ学校に通う話はしていたが、互いに顔を知らないはずだったから、俺とリョヘイは驚いた。

 すると新はこともなく、「お二人の声を聞いてもしかしたらと思ったんです」と、はにかんだ。

 驚いたのはそれだけじゃなかった。

 日光で輝く銀色の髪、血のように赤い目、一つ一つが精巧に作られた目や鼻に唇が小さな顔に絶妙な位置に並び、白い肌、スラリと長い手足。

 マンガやアニメの登場人物に見劣りしない美貌を持った青年が目の前に立っていた。

 だが、新はそんな自分の容姿が嫌いだった。

 あまりに美し過ぎる容姿のせいで妬まれ、うらやまれ、ストーカー被害にあったり、音も葉もない噂を流されたりと色々な目に遭ったらしい。

「何より本当の自分を見てもらえないことが辛い」

 新は苦笑しながらそう零した。

 容姿のせいで自分を認めてもらえない辛さは俺にもあった。

 俺と新は似ていた。

 抱えている原因は違うが、同じ悩みを抱えていた。

 その日から新はリョーヘイとは別の特別になった。

 俺は同じ痛みを理解する仲間を得た。

 千秋の過去編です。


 リョーヘイの千秋への感情は恋愛ではなく、友情を越えた家族愛です。

 弟が可愛くて仕方ない兄のようなものですね(笑)

 だから、千秋を傷つける存在には厳しく対応します。


 新は最初から千秋ラブの片鱗を見せていたようです(笑)


 次でネット歌手は終わりです(多分)

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