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Episode09 伝えられなかった想い





 どっちが言い出したのか、分からない。もう帰ろう、ってことになって、自転車を漕げない私たちは仕方なく押して歩くことにした。

 お互い、しばらく一言も話さなかった。

 それでも、静かではなかった。川崎さんが倒れてからは気づかなかったけど、今日もこの河川敷では色んなことをしてる人がいるから。


 もうすぐ、私の自転車通学は終わる。そしたらもう、当分出会えなくなる。

 そう思って、私はあちこちを見ながら歩いた。聞きながら歩いた。

 厳かな音を立てながら流れる、多摩川。

 鳴きながら空を渡っていく、鳥たち。

 矢みたいなスピードで突っ走る、新幹線の走行音。

 河原で遊ぶ、小さい子たちの元気な笑い声。

 一つ一つは小さくても、それは確かに私の日常を彩ってくれてたんだ。


「…………センパイ」

 黙ってた真香ちゃんが、ふいに変な声を上げた。

 立ち止まって振り返ると、その手にはいつの間にか小さな箱が乗っかってる。

 すぐそこに迫った信号を見上げ、真香ちゃんは微笑むみたいに口を歪めた。「私もう、そこで別れなきゃ行けないです」

 いけない、忘れてた。真香ちゃんの家、向こうの方なんだっけ。

「そっか…………」

「あの、センパイ」

 そこまで言って、真香ちゃんはまた口をつぐんじゃった。何が言いたかったんだろう。

 顔を真っ赤に染める真香ちゃんを前にすること、一分。やっと踏ん切りがついたっぽい。

「こっ、これ受け取ってください!」

 震える手で手渡されたのは、ずっと手にしていたあの小さな箱だ。

「えっ、いいの?」

「センパイの引退祝いにって思って、部活の空いてる時間にちょっとずつ縫ってたんです。受け取ってもらえないと……私……!」


「…………ありがとう」


 目を潤ませる真香ちゃんを前に、私はただそう一言しかかけられなかった。

 本当は、嬉しいんだ。私はいつの間に、自分をここまで慕ってくれる後輩を手に入れていたんだろう。

「これ、中身は……?」

「それは、お楽しみです!」

 てへっ、て真香ちゃんは笑った。「センパイが悲しくなった時、苦しくなった時、開けてみてください。きっとセンパイの役に立つはずです!」

 そんな、どっかの漫画の最終回みたいな。

 私は手渡されたその箱を眺めた。大きさから言って、ハンカチくらいのサイズの何かっぽい……。

「それじゃあ私、もう行きますね」

 そう言うと、さっきまでもじもじしてたのが嘘みたいに真香ちゃんは軽やかに自転車に飛び乗った。ペダルが気持ちよく悲鳴を上げて、


「────待って!」


 無意識のうちに、私は叫んでいた。

 どうして引き留めたのか、自分でも分かんない。きょとんとする真香ちゃんに向かって、私は蚊の鳴くみたいな声で続けた。

「…………ごめん、何でもない」

 少し戸惑い気味に頷きながら、真香ちゃんは地面を蹴った。黒いシルエットはあっという間に土手を駈け降りて、私の視界からいなくなってしまった。








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