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Episode07 救世主、ふたたび





「おや、藤井さんじゃないかい?」


 救世主が現れた。

 いやもう、文字通り救世主だよ。自転車を直してくれそうだし、話を中断する理由にもなるもん。


 川崎さんだ。

 日本屈指の陶芸家で、人間国宝の川崎武則さん。


「久しぶりですね!」

 大きくなったボリュームそのままに私が返事をすると、軽装でランニング中だったらしい川崎さんは土手の道から下りてきた。蒲田くんたち、ポカンとしてる。

「この人、川崎さんって言うの。人間国宝なんだよ」

 紹介すると、真香ちゃんは目を真ん丸に見開いた。「にん……げん……こくほう!?」

「マジすか……!」

 価値が分かってるのか微妙だけど、蒲田くんの顔も青くなった。そりゃ、驚くよね。私だって最初はすっごい驚いたんだもん。

「確か、この前もすれ違ったね。元気かい?」

「はい……いえ、あんまりです」

「自転車が、かね」

 頷くと、川崎さんもカバーを上から覗き込んだ。「ふむ、これなら何とかなりそうだ」

 蒲田くんと同じこと言ったのにずっと信頼できるのは、やっぱり実績かな。なんたって人間国宝である前に、私にとってはヒーロー「バールおじいさん」なんだもん。

「どれ、一つやってみるか」

 ウエストポーチからバールが登場した。ごくっ、と蒲田くんや真香ちゃんが唾を飲み込む音が、静かな川の音に響く。

「安心していい。こいつはバールって言ってな……」

 ぶふっ!

 いけない、吹き出しちゃった。三人はいっぺんに私を振り返って、私は必死に手を振る。「あ、気にしないでください説明続けて続けて!」

 だって、初めて会ったときと全く同じ説明を繰り返してるんだもん。


 なんか懐かしくて、可笑しかったんだ。


 ふと辺りを見渡せば、そこはなんと偶然にも初めて川崎さんと出会った場所だった。

 対岸には摩天楼、広い広い川の上を飛び越えるように何本もの橋が渡されてる。ああ、もう学校の前は通りすぎちゃったんだ。

 もうすぐで、家に着くんだなあ。






「……手元が暗くて、よく見えないな」

 ぼそっと川崎さんが呟くのが聞こえた。

「今日、日が翳ってますからねー」

 相づちを打つと、バールがぎいっと嫌な音を上げる。少し移動しながら、川崎さんは続けた。

「夕陽さえ覗いてれば、ここはあらゆることに向いている場所なんだがね……。太陽は希望の象徴だ。傾いているとは言え、こんないいポジションで拝めるポイントは他にはあるまい。日に照らされるから人は暖かさを感じ、未来を感じられるもんだ……」

「ここの夕陽、私も好きです」

 自転車を手で支えながら、真香ちゃんが言った。

「なんか、すごく綺麗です。水面に反射してキラキラしてる時とか、特に……」

「あ、それ俺も好きだなー。てか、嫌いなヤツなんているのかな」

「ははは。人間、太陽が嫌いなんて輩はそうそう居やしないさ」

 私を含めたみんなに、川崎さんは少し笑いかける。

 優しくてあったかくて、少し儚いあの笑顔で。

 バールがまた、錆び付いた悲鳴を上げた。


「地球上のすべての生命(いのち)は、あの光のもとに生まれ、あの光を目指し、あの光が沈むようにいなくなってゆく宿命なんだから」


 今もまだ、西陽は雲に姿を隠したまんまだ。

 それでも、私には感じられた。強いその力が放つ、何億年もの営みが。

 確かに、分かる。元気をなくしてぐったりして帰るとき、怒られて泣いて悄気て外を眺めるとき、不思議とあの光はあるだけで私を充電してくれた。曇りの日や雨の日に気分が鬱ぐのも、きっと同じ理由なんだよね。

 そしてたぶんこれからも、私が自転車通学を出来なくなっても、それは変わんないんだろうなって思う。

 人も植物とおんなじなのかもしれないな。日の光が欲しいから地下は嫌いだし、高みを目指して塔を作るんだ。対岸ににょきにょき生えた、あの超高層マンションのように。


 高み……高みかあ。

 私にとっての高みって、何だろう……。





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