Episode10 果てしない心配の果てに
どうしよう。
することがない。
話し相手もいない。
独りになっちゃった。
がしゃんとスタンドが音を立てる。
自転車を土手に停めると、私はそこに寝転んだ。
西の空が大きい。雲の僅かな切れ間から差し込んだ夕方の光が、木漏れ日のように町を照らしてる。
もう何度も何度も目の当たりにしてきた多摩川沿いの風景が、何事もなかったみたいに広がってる。あの向こうでは、どこかの病院でまだ川崎さんが身体と闘ってるのかもしれないのに。
銀色に輝くバールを、私は見つめた。ずっしりと氷みたいな重たさをたたえるそれは、川崎さんのイメージに近いものがあったかもしれない。
川崎さん、大丈夫だったのかな。あのまま治療室行きとか、やだよ。もう会えないとかだったら、もっとやだよ。
深い息を吐き出すと、胸の奥にたまっていた色んなモノがいっぺんに外へと流れ出したみたいな気がした。
疲れたな。
なんかもう、疲れたよ。
分かってるの。私が遠回りしなかったらあんな事故は起こらなかったし、キーホルダーが壊れることもなかった。蒲田くんの前で気まずい思いをすることも、無理な姿勢をさせて川崎さんの体調を崩すこともなかったのに。
もしあの時、素直に帰途についてたら…………、
「────はぁ」
そんなの、今さら考えても意味ないや。
寒くなって、私は膝を抱え込んだ。いいもん、下で見てる人なんていないもん。
鮮やかなオレンジ色に染まった空は傍目にはすごく暖かそうなのに、過ぎてく風は本当に冷たい。対岸の高層マンションの落とすシルエットが、身を寄せあってるペンギンみたいに見える。
最後くらい、もっとあたたかく見送ってくれたっていいのに……。欲を言ってもしょうがないのは、分かってるけど。
私のスマホが着信音を鳴らしたのは、その時だった。
今の、メールだ。画面を起動すると、受信ボックスに新着が一件入ってる。
蒲田くんからだ。
腕時計を見ると、蒲田くんたちと別れてからもう三十分が経っていた。そうか、きっともう家に着いたんだ。
開いてみる。
[あの人間国宝さん、大丈夫だったよ。持病のナントカがナントカって先生は言ってたけど、数日入院すれば退院できるってさ。
安心しすぎて泣いたりすんなよ?笑]
「ナントカって何よ…………」
私は苦笑いした。じわじわと全身に広がる安堵と疲労に身を任せて、大の字になる。草の匂いが気持ちいい。
よかった。
本当に、よかった…………。
泣くな。
泣くな私。
ここで泣いたら、蒲田くんに負けたことになる。それだけは絶対に許せない。
少しぼやけた視界で、私は返信を打った。
[ありがとう。あと、バカにしないでよね。私、そんな程度で泣いたりしないから(笑)
それと……、キーホルダーのこと、ごめんね。実はあのちょっと前に、私が自転車で転んで、その時に壊れちゃってたんだ。私がちゃんと注意を払ってれば、壊れたりしなかったのに……]
さっきからずっと、蒲田くんに言いたかったこと。それは何より、キーホルダーの件だった。
蒲田くんは自分で壊したと思ってるみたいだけど、本当のことを正直に話したかったんだ。でなきゃ、私が納得できなかった。
返信はあっという間に返ってきた。
[ううん、俺気にしてないよ。それにさっきも言ったけど、机の中に放置されるよりずーっとあの方がいいからさ。
藤井、部活お疲れさま!受験勉強、一緒に頑張ろうな!]
やっぱり、優しすぎる。
悔しかった。また先を越されちゃったんだ。私、今度こそ先に労いの言葉を言ってあげたかったのに。
待って、
[一緒に頑張ろうな]?