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短編

作者: 荻雅 康一

 いつだろうか。ふわりと浮かぶような感じがした瞬間に私は意識を手に入れた。

 意識を手に入れたことに気がついたのは、自分に視野というものを手に入れた後だ。意識のない間は、薄ぼんやりとした白濁とした歪曲した世界を眺めていたようだった。それは今でも続いているから、それ以前もそうなのだろうと考えただけだが。

 移動はできなかった。歪曲した世界を眺めるだけだった。ときおり、その世界に大きな影が生まれた。

 相手は"ヒト"というらしい。その認識ができたのは、相手が一生懸命に話しかけてきたのでわかったのだ。なるほど、これが学習というらしい。

 そのことに気がついてからは、一気に成長を感じた。"ヒト"という言葉を認識できるということは、聴覚があったのだ。とたんに歪曲の世界の静寂から音が生まれ、様々なものを見聞きした。


 私自身の正体もわかった。"ホムンクルス"というらしいのだ。

 何かは意味は知らない。ただ、私の周りで私に話しかけてくる者たちは(みな)私に対し、"ホムンクルス"と声をかけてきたのだ。そこから自分自身の名はソレなのだと得心がいった。

 白濁とした歪曲した世界の理由もわかった。これはフラスコの中なのだ。実験に成功したらしい。そして私が生まれ、皆は喜んだらしい。しかし、私は意識があっても行動はできなかった。何一つ動かすことができなかったのだ。私の身体については、分からなかった。自分がどういうモノなのか分からなかった。意識できないものはどうしても動かすことも何もできないらしい。

 "ヒト"は、毎日私に会いに来る。そうして、愚痴をこぼしながら、私がどういう状態なのか調べているらしかった。

 それならば外へ出してもらいたかったが、口のない私には言葉を発することはできなかった。


 そうして月日はながれ、もう数えられないほどの"ヒト"との顔合わせの時だった。

 たくさんの"ヒト"が私の前に現れたのだ。いつもの"ヒト"たちではなく、見知らぬ顔の"ヒト"たちであった。騒々しく神妙な顔つきの"ヒト"たちは私の存在を認めると、一層の驚きと一層の慎重さで私を観察し始めた。何が起きているのか分からなかったが、とりあえず、いつものように声を発する練習を始めた。口のない私は、どうしても言葉を話すことができない。だけれど、視覚のように聴覚のように意識の中に生まれた途端に凄まじい成長をすることを私は理解していた。だから、長い間練習をしているのだ。練習といってもただ思っていることを「外へ出す」ということを意識して要るだけであった。それでも進化はできるのだと思っていた。

 たくさんの見知らぬ顔は、そんなこともつゆ知らずの感じで小さなモソモソとした声で会話をしていた。

 何を考えているのか全く分からなかったが、どうやら何かを私に対して、やってみたいらしい。私は外へ出たいと思った。

 一人が渡しから離れていく。そして、会話をしている"ヒト"たちは注意深く、出て行った"ヒト"でも待つように私に注視した。

 しばらくすると、先ほど出て行った"ヒト"が帰ってきた。両手には大きな白い板を持っていた。神妙な顔が、さらに引き締まる。二言、三言"ヒト"たちは会話したあと、意を決したように私へ視線を移し。持ってきた板を私に向けた。


 衝撃が走った。彼らが持ってきたのは鏡であった。キラリと光りを反射したと思うと、板の中に私が写っていた。フラスコの中に何かがあった。ソレが私であるとすぐさま認識し、意識した。流星の刹那の輝きのように私には口ができていた。そして、言葉を話した。


「そ、……Tlo、うぇ、……dえ、つあ、い」


 言葉を発した。しかし、口の回し方が分からず、音を発したに過ぎなかったが、凄まじいいほどの進歩が自分でも伺えた。そういう自分に納得すると、ぐらりと視覚が上下左右に揺れた。そしてぐるりと歪曲した世界が回った。


 衝撃を感じた。痛覚が生まれたのだ。そして、聴覚が壊れそうになる高い音を聞いた。そして、"ヒト"たちを見た。ある者は騒ぎ、ある者は、嘆いていた。そして、皆恐怖と絶望の顔をしていた。


「あ……、りゅ、……か、と」


 私は感謝の言葉を述べた。相変わらず、言葉になっていなかったが、先程よりはマシになっていた。そしてそこで認識した。私は床に叩きつけられたのだと。意識をした瞬間、それは起きた。

 身体が、崩壊した。視野がずれる。聴覚も乱れる。もう言葉を発することはできなくなった口は歪んでいた。

 だけれど、幸福であった。

 外へ出たのだから。それだけが、私の楽しみであった。

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