フリープラクティス・3
久々に書いたら、テンションが接続せずに持てましたのですが、とりあえずフリープラクティスまでは今月中に終わらせようかと思っています。
「さてメインカメラが少しばかりのご愛嬌にファーカスしていた間に、先頭集団はこのフリープラクティスの後半の目玉、ミルキーウェイにさしかかろうとしています」
今なお続けられている海賊たちへの虐殺行為を、ご愛嬌の一言で片付けて、リギルとハダルは次なる話題へと視聴者を導いた。
「ハダル、これってさっきノアが爆破した惑星の跡地よね」
「そうだよ、リギル。惑星破壊の影響で荒れに荒れているこの宙域の中、散らばるデブリたちを参加者たちがどれだけ上手く潜り抜けられるか。それがこのミルキーウェイの見所だよ」
「見所って言っても、一番槍の人は、完璧に迂回コースに入ちゃってるみたいだけど」
ハダルの指摘通り。アームストロングのエルルケーニッヒはその鋭利な刃を思わせる船頭を回すと、そのままデブリ群に対して大きな弧を描くコースを取ろうとしていた。
「あー、まあ、彼の船で、あの中に入るのは流石に自殺行為だからね。君子、危うきには近寄らずってやつだよ。第一、それでもまだ彼は十分に速いからね」
「ほんとだわ。あんなに外に膨らんだコース取りなのに、まだゴールへの到着予想時間が、平均的な船舶のそれを1、4倍ほど上回っている」
「つまり、後半の眼目は、アームストロングより先に、どうやってミルキウェイを正面突破するかってことさ」
「えーっと、リギル。とてつもなく言いにくいんだけど」
ハダルの心遣いも虚しく、カメラは、二位と三位の船たちがエルルケーニッヒと同じコースを取ろうとしているところを克明にとらえていた。
「あー」
「だけど、ほら見て、リギル。けーこちゃんはつっこんでいくわよ」
「けど、けーこちゃんじゃ、ちょっと、インパクトに欠けるっていうか」
「確かに、そういう面はいなめないけど」
「お前ら、ほんとに、後であれだぞ、覚えてろよ」
再度のけーこちゃんの回線への侵入も虚しく、やんばるくいなはメインカメラのフレームから外れることになった。
実際、地味なのである。けーこちゃんの頼みの綱である潤沢な金とコネを用いた反則スレスレのコンキスタドールは、惑星の破壊の余波で荒れ狂うこの宙域では、跳躍場が安定しないため使用できない。
そのため、けーこちゃんはやんばるくいなの主砲のチャージの真っ最中であった。つまり、現在、彼女は宇宙空間に静止しているだけなのだ。これが地味でなければ、何であるというのか。
「いやさ、別にね、戦艦を購入とか出来ないわけじゃないんよ。ただ、有志に船作ってもらった身で、それやったら、何っていうの?本末転倒っていうかさ」
けーこちゃんは某まとめサイトに上がった「けーこちゃん地味過ぎて笑ったwww」という記事に他人のふりをしてコメントをしながら、ただひたすらに時が過ぎるのを待った。
そして、やんばるくいなの隣を、およそ信じられないものが通った。
それは紅い鱗と、鋭利な牙と、武張った羽を兼ねそなえた存在であった。
その姿は爬虫類に似ていたが、見る者はむしろ獅子を想像するような確固たる威厳をそなえた生物であった。
龍。
常に神話の中にあり、一度として人類の歴史の中に入り込むことのなかった化物が、悠々と宇宙空間を渡っていた。
それも後ろに一隻の船を引きながら、である。
その船は悪徳という言葉を具現したかのような様相を呈していた。まず目につくのは、その白亜の船体の周りをこれ見よがしに彩っている金の裸婦像だろう。
像たちはその全てが快楽による苦悶の表情を浮かべており、ついでに言えば身体のどこかを船に押し付けるようなポーズを取っている。これらの像は全てが本物の金で出来ており、宇宙空間でのいかなる状況でも変形しないようにその像に用いられた金の総額の百倍以上の額がかかっていた。
多くの惑星で、ナインボールを見ていた子供たちは、その船の意図を明確に読み取って、嬉しそうに声を上げた。
ちんこ、これ、ちんこだよ。
参加者中、最も巨大な船体を有したその船の名は、万魔殿という。
「おっと、ここにきて四位の船がまくってきました。乗るのは正真正銘、かの第二次巡礼始祖の一人、ヘキサ・ヘキサその人です」
「ねえ、リギル。わたしの記憶が確かなら、さっきまで万魔殿に、あんないかしたペットはついてなかったと思うんだけど」
「その記憶に間違いはないさ。何せ、あの船は内部に生体プラントを丸ごと一つ積んでるんだ。あの龍も、さっき、そこの、先端にある場所から出てきたってわけさ」
「ああ、なるほど。子種ってことなのね」
「──まあ、そうなんだろうね」
何となく気まずい思いをしながら、リギルは画面の方に意識を集中させた。そこでは真紅の龍が果敢に、隕石の中に飛込み、それをなぎ払い、噛み砕きながら、着実に前へと進んでいく様が映っていた。
「「なかなか、どうして楽しんで頂いているようだね」」
「「善き哉、良き哉」」
「「母たる者には褒賞を取らせてやらなければな」」
「「あれは、先ほど快楽と共に果てましたよ」」
「「無念、無念」」
万魔殿の中核、そこは酒池肉林の園であった。人の形をしたもの達が、あるいは人の形をしないもの達が、永劫に続く快楽に身を任せて交わりを続けている。彼らの首の後ろには、管がつながれ、そこから栄養と興奮がつきることなく注ぎ込まれている。
彼らの快楽の終わりとは、すなわち死であり。最後の瞬間まで、そこにいる存在たちは悦びを追い求め続ける。彼らの交わりは、自然の神秘によって、新たな遺伝子の組み合わせを選び取り、それがときに人々に新たな領域を与える一里塚となるのだ。
酒池肉林。あるいは、もはや失われた惑星の失われた地方の古習を知る者なら、それを蠱毒と呼ぶかもしれないリンボの中央で、水槽の中に浮かびながら、六人の彼らは愉快そうに笑っていた。
彼の愉悦に反応するかのように、外では龍がその四肢をぶるりと振るわせた。
「信じられない。わたし、今、宇宙怪獣をこの目で見ているわ」
「生体変成の技術の革新者、人を星の海へと解き放ち、新たなフロンティアを開拓したと言われる天才にかかれば、これくらいは屁でもないってことだよ」
「火、火吐いたわ、凄いわ、リギル、凄い」
お茶の間の感想レベルに落ちているハダルに苦笑を浮かべながら、リギルは一人で解説の続行することにした。こんなときのために、彼らには頭が二つついているのである。仕事とはいえ、愛しい半身の感動に水を差すことは彼には出来ない相談だった。
「現在トップは変わらず、王者のエルルケーニッヒ。二位は未だ魔女のティル・ナ・ノーグですが、このままのペースでいけば三位には万魔殿が食い込むことになるでしょう。やんばるくいなはまだチャージ中です。そして、そんなけーこちゃんを笑うように、また一隻後ろから追いついてきました」
その船は、万魔殿と比べれば、あまりに貧相と言うしかないものであった。
というよりは、それは平均的なただの宇宙船なのだ。平均的なフォルム、平均的な速度、平均的な装甲。この銀河の粋を集めたナイン・ボールの中で、その船はあまりに平凡だった。
なら何故、こんな船が参加を許されたのか?
答えは、あまりにも明瞭だった。
乗っている人間が、とてつもなく異常なのだ。
「みなさん、どうかわたしの為に祈ってください」
司教座。平凡なその船には、そんな大層な名前が付いてはいた。
理由は実に簡単だ。この船こそが、宇宙にある全ての教会の中央にあるべき人を乗せていたからである。
全宇宙へとつながるオープンチャンネルの前にその姿を晒しながら、簡素な白の法衣とそれに不釣合いな豪奢なロザリオを手にもった白髪の中年男性が、静かに神へと祈りを捧げていた。
普通に考えるなら、彼には祈るより先にすることがあった。彼が乗る船がデブリの海へと直進するコースを取っていたからだ。
船に搭載された警告装置が、彼に進路変更を迫っていた。それでも、彼はひたすらに祈りを続けるだけであった。
「全宇宙の皆さん、わたし達は今、何を見ようとしているのでしょうか。ノアに搭載された全ての感知器にかけて、あの船には特別な仕掛けは搭載されていません。このまま行けば、あのカテドラルは、五秒で銀河の藻屑と成り果てるでしょう」
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そして、全宇宙の人間たちは、奇跡の目撃者となった。
「し、信じられません。船が、次々とデブリを透過しています。これが七つの教会を統一し、七度、聖人に列せられた男の力だというのでしょうか」
「それは違います。全ては神の御力。わたしはその従者の一人に過ぎないのですから。神は、わたし達に乗り越えられる試練しかお与えにならない。それだけの話です」
オープンチャンネルから流れこんできたリギルの言葉を、そう言って否定すると、全銀河統一法皇、パァパ・セントセブンスは再び、全銀河の信者と共に祈り始めた。
「直進、文字通りの直進です。カテドラルの進行速度はお世辞に速いとは言えませんが、こうなっては進行距離がものを言います。ですが、それでもエルルケーニッヒにはあと一歩届かない。神よ、王者は貴方すら超えようとしています」
「あれが奇跡ねぇ。まっ、鰯の頭も信心から言うしね」
嘘屋けーこは、目の前で巻き起こっている現象を醒めた目で見ながら、大きく欠伸をした。
目下、彼女が閲覧しているSNSや掲示板の類では「改宗」とか「入信」と言った言葉が無数に飛び交っていた。だが、そんな彼らの大半は舌の根が乾かぬ内に、自分の発言を都合良く忘却するだろう。
「そんな都合のいい感情しか引起こせないものが、奇跡だなんて笑っちゃうわ」
彼女はセントセブンスのそれが種のない手品であることを承知していた。だが、所詮それは手品に過ぎない。彼女にとっての本当の奇跡とは──
「そうそう、これだよ、これ。何もかもが都合よく、どうしようもなく進んでいく、やっぱ、こうじゃなくちゃねぇ」
感知器が探知した跳躍場の大きさを見て、嘘屋けーこはそのメガネをくいっと動かした。これは彼女が最高に興奮したときのクセのようなものだった。
感知器が告げた跳躍場の位置は、彼女の船とでぶり群のちょうど真ん中辺りだった。
つまり、普通では跳躍場を保持できないはずの場所に、それは平然と存在しているということになる。
彼女は、そんなことが出来る存在をたった一つだけ知っていた。
それは真珠色の奇跡。歪な形をしたこの世に類を見ない星をゆく船。
「■■■■■■」
とある自動人形が、求めてやまぬ真名を彼女は愛おしそうに呪わしそうに口ずさんだ。
跳躍が成る。
「おっと、これは予想外だな」
真珠の船にまとわりついた黒い霧を視線に納めて、嘘屋けーこはチャージの終わった主砲をぶっ放した。
別の書いたら、一回分の更新で六話分の総PV余裕で上回られるという事態に、更新の意欲が挫けそうです。ジャンルの違いってマジで大きいんですね。
間が開いたのですが、割と最後まで書きたい欲がある作品なので、長期的にみれば、完結するとは思います。何年後になるかは責任持てませんが。