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フリープラクティス・2

どんどん伸びるなと他人事のように思っています。いちよう、主要人物のうち半分が出せました。

画面に映し出されたのは美しい工芸品だった。中央に置かれた青い玉の周りを、四つの幅と大きさの異なる寄木細工で作られたリングが取り巻いている。

リングはそれぞれが異なる速度で回転し、その全ての内周部には紅く光る象形文字めいた彫りこみが施されていた。


モニター越しにそれを見た人達は一瞬、その意味をはかり損ね、次いで全身に戦慄を走らせた。

つまり、それが参加者の星船なのだ。


「さて、このリギルにも、これがどうして宇宙空間を進めるのか全く検討がつきません」

「だけど、そんなの些細なこと」

「そう、この銀河にはまだわたし達にとって未知の事柄が存在しているのです。先ほど、わたし達が目撃したのが奇跡なら」

「ここにあるのは魔法です」

「「全知」なる「魔女」アク・チェチェク、ここに降臨」


自らの星船ティル・ナ・ノーグの中心部、特殊な文様が金糸で縫い取られた幾重にもなる絹の幕の内部で、それはでうすく笑っていた。彼女の身体はなんと支えも無く宙を浮き、その瞳もまた虚空を彷徨っていたが、彼女には全てが視えていた。


笑みは決して愉悦を表していたわけではない。というより、彼女は目覚めてから一度して、喜びを感じたことなど無かったからだ。

運命は彼女を置き去りにした。全てが遥か昔に終わってしまったことなのだ。彼女がその意味を示す前に、愛しいもの達は黄泉路へと去り、ここに一つの残骸が残されたというだけのことに過ぎない。


銀河最高寿命保持者メトセラとは、そんな「魔女」に捧げられた呪のようなものだと彼女には思えた。


全ては茶番に過ぎない。

そう思いながら、その最たるものに身を投じた自分を、彼女は心底嗤っていた。


彼女の船が、まるでそのために二手に分かれたかのように撃ち合いを続けている海賊船たちの横を、何の興味もないという風に通り抜ける。

実際、興味など無いのだ。ただ彼女の全てを見通す瞳の端に映った羽虫の満足げな顔が、少しばかり五月蝿かったというだけのことに過ぎない。

もはや、彼女の瞳はそんなものを1ミリたりとも映しはしない。どうせ彼らの生も死も狂うことなく定まっているのだから。


「ええっと、これは何と言うか」

「二重の意味で、期待はずれよね」


外から見れば、ティル・ナ・ノーグはただ海賊船たちの横を普通に通り抜けてしまっただけにしか見えない。加えて、「魔女」が引き起こしたとおぼしき混乱も、被害から見れば、大したものではなかった。


確かに、海賊船たちは互いに攻撃を始めたが、その火力が何ともしょうもないのである。これは無理もないことではあった。

何せ、彼らの距離は宇宙空間的な見地に立てば目と鼻の先に等しい。そんな近距離で攻撃できるような装備を彼らの船は積んでいないのである。


機銃に毛が生えた程度の火器で撃ち合う彼らを見て、ナインボールの視聴者は嘲りの念を覚えた。


所詮、宇宙海賊などこんなものなのだ。アームストロングを通過させたのも、結局のところ、彼が臆病風に吹かれたからに過ぎない。その証拠に、「魔女」の船すら何もせずに通したじゃないか。


海賊達はそんな視聴者の感想など露知らず、自らの内側から無限に湧き上がる攻撃衝動に身を任していた。海賊船たちのある意味では牧歌的な撃ちあいとは裏腹に、船の内部は血と死に彩られていた。星船を攻撃するのには適切な装備がいるが、人間を攻撃するなら拳一つで十分足りるのである。


今ここでも、かつては義兄弟の契りを交わした男達二人が、その片割れを自らの手で殺めようと、整備用のスパナで一度、二度と殴りつけているところだった。

虫の息の義兄弟を見下ろして、スパナをもった男は狂ったように笑っていた。何故、こんなことをしているのかは分からない。だが、目の前の実の両親より大切な男が憎くて憎くてしょうがないのだ。


彼の手がスパナを大きく振り上げ


『yowaikokorokierukyouhu』


するりとそのスパナを地面に落した。


歌。それは歌だった。

一体の機械人形が奏でる歌。今や、人類における最大の敵ともなった存在が歌う歌だ。そうと知りながら、視聴者の多くはその調べに恍惚の表情すら浮かべていた。


歌の発信源は言うまでもなく一隻の星船だった。遠目から見れば、平均的な大きさと形をしたそのメタリックブルーを基調としたその星船は、近くに寄ると印象をがらりと変える。


『sinsyokusuruhoukaiwomo』


まるでパズルのように、船そのものの構造が常時変化しているのである。それも船から流れてくる歌に合わせるかのように。


「皆さん、どうぞ存分に堪能して下さい」

「これがかの悪名高き「歌船」オルケストラの調べです」

「しょせん、歌」

「されども、歌」

「歌うはもちろん」

「初代機人帝国皇帝。「歌姫」初音ミク」


「呼ばれておるぞ、ミク」


オルケストラの内部、この世に稀たる歌姫のために設えられた舞台の横で、ミクは紹介のアナウンスも友の呼び声も省みずにひたすらに歌うことに没頭していた。

聞こえていないわけではない。豪奢な藍色のドレスに身を包んだ歌姫にとって、歌い始めた曲を途中で止めることなどありえない話だったというだけの話だ。


役目は果たした。そう思ったのか、無視された葬式用のドレスを着た少女は、読みさしの古文書ぶんこぼんにさっさと視線を戻した。

彼女の視線が4行も進まぬうち、開いたページの上に、それまで無かった影がさした。


「yonda?」

「いや、余は別に呼んではおらんが」

「so」

「随分と力んでおったが、それほど「魔女」の力は強いのか?」

「so」

「左様か。精々がんばるがよい」

「un」


小さく頷くと、歌姫はもう一曲奏でるために、小走りで舞台の中央へと戻るのだった。中央に立つと、彼女のドレスの色が薄桃色へと変じ、いつの間にかそれはドレスではなくキモノへと変わっていた。


そして、オルケストラ自体の色もまたメタリックブルーからメタリックレッドへと転じていた。手品のタネは簡単である。星船を形成している那由多にものぼるマイクロマシンが、ミクの歌にしたがって、その組成を組み替えただけの話である。そして、彼女が身にまとう服もまた同じマイクロマシンによって形作られていた。


「つまり、オルケストラは初音ミクのためにあつらえられた一着の舞台衣装だってことなんだよね」


虚空に向かって、そう呟くと喪服の少女は今度こそ読書へと戻るのだった。


「いやはや、素晴らしい美声です。この歌を直に聞くため人類圏から亡命する人間が出るのもむべなるかなと言ったところでしょうか」

「銀河首長連盟からあらゆるレベルでの配布を禁止された、聞くだけで懲役三年の歌声だものね」

「だけど、ハダル。銀河の各地に広がる皆さんを全員捕まえるなんて、さすがの連盟でも無理な相談だよ」

「そりゃ、そうね」


オーバーな笑い声を互いに交わしながら、リギルたちは手元に転送されてきた連盟からの抗議文に一通り目を通していた。その中にはノアの即時破壊を辞さないという文面もあったが、彼らは特に気にしなかった。超高速通信網に歪み無く歌を乗せることの方が、今の彼らには何百倍も重要だったからだ。


「歌はいいね。歌は心を潤してくれる。なんちゃって」


スピーカーから流れてくる歌にハミングを重ねながら、嘘屋けーこは先ほど自分で立てたスレッド「嘘屋けーこだけど、何か質問ある?」へ寄せられた質問に答えを返したりしていた。ネットの噂では彼女は常に数万のスレッドを閲覧していることになっていたが、そんな人間存在するはずがないのである。


「今どういう状況よ?」

「ミクたんの船が優雅に散り散りに逃げ始めた海賊船の群れを通過していくのをかなり後ろから眺めてるとこ」

「けーこちゃんの星船汚くね?」

「技術部の人たちのお手製だから、そこら辺は見逃して欲しいかな」


嘘屋けーこは今回のナインボールの参加者に選ばれるにあたりに全銀河に向けて一つの誓いを立てていた。それは搭乗する星船に対して彼女自身は一銭も身銭を切らないという風変わりなもので、それ発表した当時はかなりの物議を醸し出しもした。


だが、銀河を探せば物好きというものはいくらでもいた。自らの星船を惜しげもなく投じた道楽者、これを期に名を銀河に轟かせようと画策する新進気鋭の造船家、純粋にナインボールに参加できることを喜ぶ職人肌の技術者たち、そして寄付と称してジャンク品を送りつけてきた悪意ある有象無象。


その全ての集合として、彼女の星船は存在していた。


「ご覧ください。あの非対称のありえない形。悪趣味な極彩色。あれこそ、二十七の惑星経済のデフォルトの引き金となり」

「情報漏洩の罪で八つの惑星国家から生死不問の指名手配を受けた」

「「超銀河系アルファブロガー」嘘屋けーことその星船やんばるくいな」


「颯爽登場ってね」


彼女が嘲るように笑うと、ずぶらに両足でキーボードを操作した。


「せっかくだから、海賊への対応を安価するわ>>60000」


安価までまだ二万ほどあった。

だが、10秒後の自動更新で安価は既に成立していた。


虐殺。これである。


「いいね、いいね。これだから。最高だよ、あんたらは」


それは悪意ある誰か一人の意志ではなかった。何せ、2万近くあったスレの内、意味のないものをのぞけば、処刑、皆殺し、虐殺etcがほとんどで海賊達を救う内容のものは合計3つしか存在しないのである。


彼らの無邪気な悪意に応えるため、けーこは一本の通信を試みた。スクリーンに映し出されたのは、黒髪を隙なく撫でつけ、銀色の瞳の中に鋭い攻撃性を窺わせる初老の女性だった。彼女は、現在飛び鳥を落とす勢いと言われる、銀河第6位の軍事企業フリップフラップの代表である。


「ステマ1ついかがっすか?」


けーこは代表とはこれが初対面だったが、相手の方はすぐにけーこが誰だか悟ったようだった。惑星国家の元首レベルにしか知らされていない代表の機密回線に、見知らぬメガネの女が映ったのである。この銀河に住んでいれば、相手が誰かは自ずと分かるというものではあった。けーこは決して顔を積極的に露出する方ではなかったが、今やメガネ=けーこと言ってもいいレベルなのだ。


「腑に落ちました。うちの株をこの頃、買い占めていたのは、嘘屋さんのところでしたか」

「タネを明かせば、そういうわけでね。せっかくの新兵器、これ以上のお披露目の場はないと思いますけど?あと次「けーこちゃん」でお願いします」

「お断りは出来ないんでしょうね」

「そんなことはありませんよ。片方を断れば、あなたの首が飛んで、もう片方を断れば、あなたの会社が潰れるだけですから」


けーこはどっちがどっちに対応するか明言したりはしなかった。

相手の滅茶苦茶な物言いのせいか、代表の顔にはほんのり青色の線が浮かび上がってきていた。現在の流行の感情と連動するメイクというやつだ。何度見ても馬鹿馬鹿しいよね、あれ。けーこは自分も火付け役に加わったその化粧を眺めながら、内心でそう寸評した。


「分かりました、けーこちゃん」


その答えに満足すると、けーこは用意しておいた契約書に自分の拇印を押した。


「ぽちっとな」


かくして、虐殺の準備が整った。


「これはどういうことでしょう。やんばるくいなの近くに跳躍場の発生が確認されました」

「それも、かなり大きいわ。ノアほどじゃないけど、普通の大型船の五倍はあるんじゃないかしら」

二人の軽佻な会話に一瞬ノイズが走ると、そこにけーこの声が加わった。

「説明させていただくなら、これから現れるのはフリップフラップ社の新製品、全移動移動要塞コンキスタドールさ」


けーこの紹介から少し遅れて、コンキスドールはその全貌を銀河の視聴者に晒していた。

言ってしまえば、コンキスタドールは黄金のドーナッツに似ていた。つまり、ほぼ球状の機体の中央部にぽっかりと孔が空いているのである。


「けーこちゃんには悪いけど、あんまりカッコ良くはないよね」

「っていうかダサいわよね」

「気持ちは分かるけど、文句はこいつの真価を見てから言って欲しいな」


けーこの指がパチリと鳴らされた。


「コンキタスタドールが ま わ り は じ め た ぞ」

「ほ ん と す ご い わ」

「お前ら、後で覚えてろよ」


もう一度けーこの指がパチリと鳴らされると、

そこには一隻の海賊船が爆発する映像が映し出されていた。


正確には、海賊船だったものと言った方が正しいだろう。なにせ、それは爆発する前の時点で、星船の強度から考えればありえない様なレベルで全体が捻じ曲がって大破していたからだ。


「──跳躍場の兵器転用?」

「嘘、それ実現不可能だって言われてた技術じゃない」

「ところがどっこい、フリップフラップの技術者がそれを実用化させました」

「それは凄いけど、根本的な問題として、これって反則じゃないの?」

「いえ、リギル問題無いわ。確かに、ナインボールの規約は外部からの助力は禁じてるけど、あれってつまり「私物」ってことなのよね?」

「その通り、さっき買ったばかりの、けーこちゃんの私物だよ。領収書だって、ちゃんとある。まっ、お値段は要相談みたいだけどね」


けーこが提示したのは軽く一国の軍事費一年分を超える額の領収書だった。


「確かに」

「ひたすらに胡散臭いけど、アリかナシかで聞かれたら、アリだわ」


ナインボールの事実上の審判でもあるリギルとハダルの承認を受け、けーこはやんばるくいなの内部ですっくと立ち上がると、両手を頭の上で一つ打ち鳴らした。


「へいっ」

海賊船が一隻爆発した。

「へいっ」

また一隻が爆発した。

「へっへっへい」

3隻が爆発した。

「手しびれたし、後はオートでいいや」


「コンキスタドールを放置して、やんばるくいながレースに戻っていきます」

「この間にも、海賊船が定期的に爆発しているけど、ぶっちゃけ地味よね」

「地味だね」


彼らの間に一瞬だけ沈黙が生じた。


「以上、ウォーク・ザ・プランクのコーナーでした。現在の順位は、一位アームストロング、二位アク・チェチェク、三位初音ミク、四位嘘屋けーこ、五位ヘクサ・ヘクサ、六位セントセブンス、七位セルバンデスとなっています」


また宇宙空間にもはや誰にも省みられる花火が咲いた。


ミクさんの歌を自作しようかとも思ったのですが、やっぱボカロ出すなら、ということで「消失」から取らせていただきました。次は残り三人と主人公ペアが登場する予定。

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