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フリープラクティス・1

脳内では原稿用紙10枚程度におさまる予定だったのですが、書いたら10枚を超えてまだ一人目しか出てこないので、分割して。

星船「ノア」は桁外れに巨大だった。


なにせ銀河にもはや一隻しか残らぬ開拓所期の冷凍睡眠による植民星移住という蛮行を担った遺構である。百億を超える人々を安全を保証するために、ノアは全長二万キロメートルという惑星級の大きさを誇っていた。


誰もが歴史的価値を認めながら、その維持管理に掛かる莫大な費用が故に廃棄されそうになった人類の遺産を、ユニオンがただ同然で買い取ってから数世紀。今ではその星船に新たな価値が加わっていた。


全銀河を股にかけるナインボールのレース場は、往々にして通常の転移門から遠く離れた場所に存在している。とはいえ、それがレースを観戦する人々にとって何か問題があるということでもない。宇宙空間で試合を行う以上、全てはスクリーン上の出来事であり、超光速通信網に加入さえしていれば、銀河のどこでもリアルタイムで中継を見ることが出来るからだ。


だが、全ての人間がその理屈を受け入れたわけではない。たとえ、見れる映像が同じだろうと、より近くでレースを観戦したいと熱望するファンの数は決して少なくはなかった。


その夢を叶えるものこそノアなのだ。始まりから終わりまでナインボールを追走するその星船を、ユニオンは安価で全銀河の人間に提供していた。


言ってしまえば、今のノアは人類の遺産である前に、ナインボールの聖地であった。


「全銀河三千億人のナインボールファンの皆様」「待ちに待った、ナインボールの始まりを共に祝おうではありませんか」


耳ざわりのいいバリトンとソプラノがその聖地の中から全銀河に流れ出した。


「司会はわたくしリギルと」「ハダルでお送りさせていただきます」


声の主は双頭の自動人形だった。


ノアの中でも奥まった一室で──もし、ダモクレスの中央管理室を知る人間ならその相似に気づかずにはいられないだろうが──それは億万のケーブルに接続されながら朗らかに歌っていた。


リギルと名乗った黒髪の男の頭は喜びで彩られ、ハダルと名乗った金髪の女の頭には期待の色が刻まれている。


実際、彼らは楽しいのだ。この銀河で最高クラスの情報処理能力を持ちながら、普段はしりとりぐらいしかすることが無い身なのである。


それが今はどうだ。銀河中の多くの目と耳が、彼らの一挙手一投足に集中してるのである。そんな人々をいかに楽しませ、スクリーンの前に釘付けにするか。世の中に、これほど愉快な命題があるだろうか。


彼らはノアから射出された超小型の星船たちから送られてくる映像をリアルタイムで編集しながら、滑らかに口上を続けた。


「ご覧ください。ノアの上空に待機します参加者たちの雄姿を」

「だけど、リギル、大会は明日からじゃなかったの?」

「おっと、ハダル。さてはナインボールを見るのは初めてかい?これはフリープラクティス。本戦の前に出場者たちの実力を知ってもらうためのお祭りみたいなものなんだ」

「つまり、本選とは何の関係も無いってこと?」

「確かにその通りだけど、ただのお遊びと思うなかれ、前大会まで優勝者の内三割が、このフリープラクティスで一位、八割が三位までに入賞しているという確かなデータが存在しているのさ」

「それじゃあ、見逃すなんて出来ないわね」

「そういうこと。フリープラクティスのルールは簡単。このノアをスタートとゴールラインに見立てて、運営委員会が指定した六百万キロのコースを最初に一周したひとが優勝さ」

「勝者にはナインボール優勝候補の称号と」

「副賞として、ユニオンから星船の無償メンテナンス権一生分が送られます」


彼らが次々と参加者たちのプロフィールを読み上げていく中、ノアの船体では次々とハッチが開き、今となってはまず見ることのない旧式の兵器の射出のための準備がなされていく。


「──それでは、スタートまであと3」


そのリギルの声と呼応するように、数千発の核ミサイルがノアから発射された。


「2」


ノアの転移門発生装置が、そのミサイルたちを次々と別の場所へと跳ばしていく。


「1」


転移を終えたミサイルたちは、その精妙に計算された転移位置から目標の惑星へと殺到する。


「ゼ」「ロ」


スタートと同時に、星が爆ぜた。これもまたナインボールでは恒例となった行事であった。

リギルとハダルはノアの中で歓声をあげる人々を確認しながら、やはり楽しそうに笑うのだった。


「さて、改めて参加者の紹介していきましょう。諸事情により参加を辞退した「探偵卿」のヘイスティングス号と未だ所在の分からぬ「無銘」の星船を除いた七隻による今回のフリープラクティス、先頭を行くのはやはりというか、「王者」ミスター・アームストロングの愛機エルルケーニッヒですっ」

「っていうか、この星船速過ぎない?開始一分と経たずにもう凄い差が開いてるんだけど」

「何を今更言ってるだい。それが「王者」のの「王者」たる所以じゃないか。前ナインボール暫定王者にして、この20年出るレース全てでスタートから誰にも抜かせぬ完全勝利を飾り続けた、現在銀河最速の男。それがミスター・アームストロングっ」


偶然ではあったが、その紹介に合わせるようにエルルケーニッヒは更に加速した。この船の最大の特徴は、その驚くべき小ささにあった。一般に中型とカテゴリーされる星船の平均の半分程度の大きさしか、エルルケーニッヒは有していないのだ。


だから、速い。


簡単な理屈だが、もちろん代償も存在する。なにせ、その黒に染め上げられた鋭利な船体には安全装置の類が全く付いていないのである。


拳大のデブリに当たっただけで確実に搭乗者が死ぬ欠陥品。それがエルルケーニッヒの正体だった。


そして、その欠陥品に乗りながら、未だに行き続けている化け物。それがアームストロングという男なのだ。


「だけど、こんな速かったら、もう勝負が成立しないじゃない」

「それは心配無用だよ。ナインボールはただのスピード比べじゃない。他の出場者に対する直接攻撃を以外の全てが許可されている何でもありのレースなのさ」


全銀河中に放映されていた中継画像が、エルルケーニッヒの前方に待機する無数の星船の姿を映し出した。


「あら?随分と小汚い船が沢山出てきたわね」


ハダルの感想は的を得たものであった。それらの星船は、自分たちの船がどのように見えるかなど全く頓着しない類によって所有されていたからだ。


「全銀河の皆様、お待たせいたしました。フリープラクティス名物、ウォーク・ザ・プランクのお時間です」

「リギル、それは一体何なの?」

「あそこに見えまするは、全銀河より集められた凶悪犯、無く子も黙る宇宙海賊の皆様です。ですが驕る平氏も久しからず、ついにお縄になり後は死刑執行を待つだけの身。そんな彼らに与えられた最後のチャンス。それが──」

「ウォーク・ザ・プランクっ」

「彼らが参加者を撃沈した場合、即時恩赦が与えられることになっています」

「そりゃ、血眼になるわね。だけど、それって海賊の被害にあった人たちに失礼じゃない?」

「ハダル、君は全く分かってないな。これまでのフリープラクティスで、参加者の撃沈が成功した試しは一度だってないんだよ」

「あら、じゃあ、つまり、そういうこと?」

「どちらが凶暴な鮫かは蓋を開けてみるまでは分からない。それが──」

「ウォーク・ザ・プランクっ」


船の中で、そのアナウンスを聞きながら、アームストロングは顔の表情一つ変えなかった。それが余裕から来るものなのか緊張から来るものなのかは外からは全く分からない。なにせ、エルルケーニッヒには兵器の類が全く搭載されていないのである。


アームストロングはその通り名の由来ともなった巨大な義腕をそっと撫でた。彼の行為に反応するように、その無骨な鉄色の右腕から唸るような駆動音が立ち上がってくる。身長2メートル20センチの彼が装備しても地面スレスレのその機械じかけの腕は、「王者」の抱える最もミステリアスな部分であった。


アームストロングの身体は全てが速さのために奉仕されているといっても過言ではない。戦車の砲弾すら受けきれると噂される骨格および筋肉の強化。実生活に制約及ぼすレベルでの内臓機能の一元化。そして何より、銀河首長連盟が最も非人道的な拷問に認定した、あの悪名高き神経系の総置換手術の実施。


その全てが銀河最速エルルケーニッヒという狂気と共にあるための代価であることは疑う余地がない。だが、その右の義腕は速さと何か関係があるようには見えないのだ。むしろ、極限まで重量減らした彼の星船の思想から見れば、その腕は明らかに余分だった。


「まだはやい」


かつて愛した女の遺骸が納められている。そんな根拠のない噂を肯定するかのように、アームストロングは己の右腕に語りかけた。


「おおっと、エルルケーニッヒ、進行方向を変える素振りすら見せない。まさかの直進、直進です」

「このままいくと、残り数十秒で海賊船の射程に入るわ」

「まさか、こんなところで優勝候補の筆頭が消えてしまうのかっ」


全宇宙の人々が見つめる中、そこに一つの奇跡が具現した。


星の海が分かれたのだ。


「信じられません。海賊船たち移動していきます。しかも、これではまるで──」

「エルルケーニッヒの進行方向を空けてるんだわ」


二百隻以上ある海賊船のいくつかでは、船員が船長に不満の声をもらしていた。


「いいんですか?行っちまいますぜ」

「いいに決まってるだろうが、ありゃ星の海をいくために自分の全てを放り捨てた正真正銘の大馬鹿さ。そんな奴を撃って、自由を買ったとありゃ、二度と星の海を渡れねえよ」

「ですけど──」


部下の言葉はそれ以上は続かなかった。


彼の目の前を、今、エルルケーニッヒがゆっくりと通り過ぎたからだ。


「大した男ですね」


似たような感嘆がどの海賊船でも巻き起こっていた。エルルケーニッヒは海賊船たちが作った通り道に躊躇いなく突入すると、彼らの行いに敬意を表すかのように、平均的な星船の速度の約二分の一でその間を通り抜けていったのである。


「これが「王者」、これがアームストロング。わたし達は今、現代に蘇えった十戒を目撃しています。何という清々しい光景でしょうか」


そのアナウンスを聞いて、海賊船の中の人々はそれぞれ満更でもない顔を浮かべていた。銀河の奴らに、自分たちの意地を見せてやったのだ。彼の顔は雄弁に語っていた。


そして、その意地は次の瞬間に無残にも踏みにじられた。


『わが言の葉は黙して終え、終えてのちに完全とならん。今よりここ、バブドの地なり』


戦火は一斉に開かれた。開いたはずの人間たちすら知らないうちに。

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