いつだって、敵は自分自身
うまくなりたいのに、上手くいかない。
「……」
目が落ちた先には、床に散らばってるジャグリングのクラブ。何度も何度も落としたそれを、また拾う。
「……やんなっちゃうわね」
一人、そうこぼして。
でも諦めきれなくて、またクラブを手に持ってひとつずつ空中に放って行って。
また何度かキャッチして放ってを繰り返したら、それは床に落ちていった。
「今日はごきげんななめか?」
言われた言葉に、ぱちり、まばたきをする。
二人っきりの結くんの部屋。他愛ない会話をしていたら突然そんなことを言われて、びっくりしてしまう。
「……ごきげんななめかしら、あたし」
理解できずに問うと頷いて。
「そうだな、どこかこう……不服というか、納得がいっていない感じがする。僕との話じゃなく、な。逢ってからずっとだ」
図星に、ぐっとのどが詰まる。
「……年々セイレン様に近づいているの?」
「まさか。僕は僕だよ。で?」
どうした、と。
優しい声音で聞いてくれて、言葉は思わずこぼれた。
「……うまく、いかないことがあって」
「うん」
「上手に、なりたいのに……。上手くいかないの」
「その物事をうまくなるために、上手く物事が進まない、と?」
その、言葉遊びのような言葉に気づいたのは、さすがと言うべきだろうか。頷けば、結くんは一度考える。そうしてまた優しく聞いてきた。
「どうしてうまく進まないんだろうな」
「……忙しくなると、そっちに手が回んなくなっちゃって」
毎日続けた方がいいことってたくさんある。
パフォーマンスだってそう。例えばよく走ってる人が数日走らなくなると、次また始めた時少し違和感があるように。
一度おやすみしたら、おやすみ前まで戻ることから始めなきゃいけなくて。
「やらなきゃいけないのに後回しにして、結果、また始めた時に悔しいし、後悔するの」
「……」
その悔しさを思い出して、口だけは変わらず笑ったまま手をぎゅっと握る。
「!」
その手はすぐに温かい手で包まれた。そうして、また優しい声が落ちてくる。
「いいだろ、休みの期間があったって」
「……でも」
「そうだな、美織はそれが悔しい。けど別に、さぼろうと思ってさぼったわけじゃないだろう?」
「!」
その言葉にハッとして、結くんを見上げた。目の先には、声と同じくらい優しい目をした結くんがいて。彼は微笑みながら続ける。
「たとえば美織が、練習が嫌でさぼっているなら続けることを推すだろう。けれどこれまで、他のことで普段以上に頑張っていたじゃないか」
ライブパフォーマンスの準備、練習。ほかにもたくさん。
「そしてそれが終わったら、ちゃんとまた前のようにと習慣をやり始めている。これはとても立派なことだと僕は思うよ」
「……」
段々とその優しい音に視界がジワリとにじんでいく気がした。
それに気づいているのかはわからないけれど、結くんはそっとあたしを引き寄せる。
「まずは、よく頑張ったな」
「……うん」
「次からは、きっと、よりゆとりを持ってスケジュールを組めるさ。理想を持って、己を省みることができる美織なら大丈夫」
「うん」
「今は悔しいかもしれない。けれどその悔しさがあるから、人は成長できる」
だから、
「無理はもうしなくていい」
そっと、頭を撫でながらやさしく言ってくれて。
「……ありがとう」
自然とあふれる涙はそのままに、あたしは結くんの腕の中に包まれた。
「……」
うまくなりたいのに、上手くはいかない。
目の先には相変わらず散らばったジャグリング用のクラブ。何度も落としてたそれを、また拾う。
「っ」
そうして空中に放ったら。
「あ!」
また何度かして、落としてしまう。
数日前と、また変わっていない。
悔しい。
悔しい。
「けど、大丈夫」
ぱん、と頬を叩いて、自分に喝を入れた。
床に散らばったクラブを拾って、また空中に放る。
何度かして、また落として。悔しいけれど、口だけじゃなく、心も笑ってた。
とても悔しい。
その思いを感じるたびに、彼の言葉を思い出す。
悔しいから、成長できる。
だからあたしはもっと成長できる。
この悔しさをばねにして次は同じ後悔をしないように心に決めて。
「今日もやるわよ!」
自分にまた喝を入れて。
結くんとの待ち合わせに向かう時間になるまで、あたしは今日もジャグリングの練習に励んだ。
『いつだって、敵は自分自身』/美織




