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いつだって、敵は自分自身

作者: 澪ナギ
掲載日:2026/08/17

 うまくなりたいのに、上手くいかない。


「……」


 目が落ちた先には、床に散らばってるジャグリングのクラブ。何度も何度も落としたそれを、また拾う。


「……やんなっちゃうわね」


 一人、そうこぼして。

 でも諦めきれなくて、またクラブを手に持ってひとつずつ空中に放って行って。


 また何度かキャッチして放ってを繰り返したら、それは床に落ちていった。



「今日はごきげんななめか?」


 言われた言葉に、ぱちり、まばたきをする。

 二人っきりの結くんの部屋。他愛ない会話をしていたら突然そんなことを言われて、びっくりしてしまう。


「……ごきげんななめかしら、あたし」


 理解できずに問うと頷いて。


「そうだな、どこかこう……不服というか、納得がいっていない感じがする。僕との話じゃなく、な。逢ってからずっとだ」


 図星に、ぐっとのどが詰まる。


「……年々セイレン様に近づいているの?」

「まさか。僕は僕だよ。で?」


 どうした、と。

 優しい声音で聞いてくれて、言葉は思わずこぼれた。


「……うまく、いかないことがあって」

「うん」

「上手に、なりたいのに……。上手くいかないの」

「その物事をうまくなるために、上手く物事が進まない、と?」


 その、言葉遊びのような言葉に気づいたのは、さすがと言うべきだろうか。頷けば、結くんは一度考える。そうしてまた優しく聞いてきた。


「どうしてうまく進まないんだろうな」

「……忙しくなると、そっちに手が回んなくなっちゃって」


 毎日続けた方がいいことってたくさんある。

 パフォーマンスだってそう。例えばよく走ってる人が数日走らなくなると、次また始めた時少し違和感があるように。

 一度おやすみしたら、おやすみ前まで戻ることから始めなきゃいけなくて。


「やらなきゃいけないのに後回しにして、結果、また始めた時に悔しいし、後悔するの」

「……」


 その悔しさを思い出して、口だけは変わらず笑ったまま手をぎゅっと握る。


「!」


 その手はすぐに温かい手で包まれた。そうして、また優しい声が落ちてくる。


「いいだろ、休みの期間があったって」

「……でも」

「そうだな、美織はそれが悔しい。けど別に、さぼろうと思ってさぼったわけじゃないだろう?」

「!」


 その言葉にハッとして、結くんを見上げた。目の先には、声と同じくらい優しい目をした結くんがいて。彼は微笑みながら続ける。


「たとえば美織が、練習が嫌でさぼっているなら続けることを推すだろう。けれどこれまで、他のことで普段以上に頑張っていたじゃないか」


 ライブパフォーマンスの準備、練習。ほかにもたくさん。


「そしてそれが終わったら、ちゃんとまた前のようにと習慣をやり始めている。これはとても立派なことだと僕は思うよ」

「……」


 段々とその優しい音に視界がジワリとにじんでいく気がした。

 それに気づいているのかはわからないけれど、結くんはそっとあたしを引き寄せる。


「まずは、よく頑張ったな」

「……うん」

「次からは、きっと、よりゆとりを持ってスケジュールを組めるさ。理想を持って、己を省みることができる美織なら大丈夫」

「うん」

「今は悔しいかもしれない。けれどその悔しさがあるから、人は成長できる」


 だから、


「無理はもうしなくていい」


 そっと、頭を撫でながらやさしく言ってくれて。


「……ありがとう」


 自然とあふれる涙はそのままに、あたしは結くんの腕の中に包まれた。





「……」


 うまくなりたいのに、上手くはいかない。


 目の先には相変わらず散らばったジャグリング用のクラブ。何度も落としてたそれを、また拾う。


「っ」


 そうして空中に放ったら。


「あ!」


 また何度かして、落としてしまう。

 数日前と、また変わっていない。


 悔しい。


 悔しい。


「けど、大丈夫」


 ぱん、と頬を叩いて、自分に喝を入れた。

 床に散らばったクラブを拾って、また空中に放る。


 何度かして、また落として。悔しいけれど、口だけじゃなく、心も笑ってた。



 とても悔しい。


 その思いを感じるたびに、彼の言葉を思い出す。


 悔しいから、成長できる。


 だからあたしはもっと成長できる。

 この悔しさをばねにして次は同じ後悔をしないように心に決めて。


「今日もやるわよ!」


 自分にまた喝を入れて。


 結くんとの待ち合わせに向かう時間になるまで、あたしは今日もジャグリングの練習に励んだ。


『いつだって、敵は自分自身』/美織




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