LOG08 搬送
それからの三浦は、いつもぼうっとしていた。
まるで体の半分をどこかに置き忘れてきた人間のようだった。
声をかければ返事はする。食事も摂る。眠りもする。
けれど、そのどれもが「生きている人間の動作」をなぞっているだけに見えた。
中身だけが、抜け落ちている。
真央がいなくなった、という事実を、三浦は理解していたはずだ。
理解していなければ、あんな顔はしない。
それでも彼は、その出来事を自分の中に取り込むことができないまま、時間だけをやり過ごしているようだった。
私は、何も言わなかった。
言葉を選ぶ余裕も、正解を探す力も残っていなかった。
朝になれば仕事に行き、夜になれば帰ってくる。
三浦はその隣にいて、いない。
会話は途切れがちで、沈黙だけが部屋に溜まっていった。
真央から届いていた、二人あての「おはよう」は、当然もう来ない。
その不在にも、いつの間にか慣れ始めている自分がいて、私はそのことを誰にも言えなかった。
葬式の日の連絡が来たのは、そんな生活が一週間ほど続いた頃だった。
三浦は電話を切ると、静かに言った。
「行ってくる」
それだけだった。
私に同行を求めることも、断ることもなかった。
黒い服を着る三浦の背中を、私は黙って見ていた。
あの子の名前を口にしないまま、彼は玄関を出ていった。
葬式の間、私は一人で部屋にいた。
掃除をするでもなく、泣くでもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
真央の親に会う資格が、自分にあるとは思えなかった。
三浦が帰ってくるのは、夕方になるはずだった。
けれど、夜になっても連絡はなかった。
胸騒ぎ、というほど大げさな感情ではない。
ただ、何かがずれている、という感覚。
世界の歯車が、ひとつ噛み合っていない音がする。
電話が鳴ったのは、日が完全に落ちてからだった。
病院からだった。
「三浦さんが、倒れられて救急搬送されました」
それだけで、十分だった。
私は、親のいない人間だ。
だから、その電話は私にかかってきた。
「内縁の妻の方ですよね」
そう確認されて、初めて自分がその立場に置かれていることを知った。
名乗ったことも、意識したこともない肩書きだった。
病院へ向かう道すがら、頭の中は不思議なほど静かだった。
泣きもしなければ、取り乱しもしない。
ただ、足だけが勝手に前へ進んでいた。
救急外来の白い光は、やけに眩しかった。
消毒液の匂いが鼻につく。
ベッドに横たわる三浦は、葬式に向かったときと同じ黒い服のままだった。
顔色は悪く、唇が少し紫がかっている。
医師の説明は、要点だけだった。
過労と精神的ショック。
極度の緊張状態が続き、身体が限界を迎えたのだろう、と。
私は、頷くことしかできなかった。
「ご家族の方は?」
そう聞かれて、言葉に詰まった。
「……いません」
その一言で、場の空気が一瞬止まった。
医師は、何も言わずにカルテに視線を落とした。
三浦は、眠っているようだった。
でも、その眠りは深く、こちらの声が届く気配はない。
私は、ベッド脇の椅子に座った。
何をするでもなく、ただそこにいた。




