LOG01 三浦と私
私はしがないパソコンおたくだ。
暇さえあればネットをさまよい、知らないページを覗いては時間を潰していた。
そんなある日、「音声チャット」という文字が目に飛び込んできた。
当時はまだ、音声で会話をするソフトなど珍しく、パソコンも一人一台という時代ではない。ネットに繋がっている人間自体が、まだ限られていた。
見つけたアプリケーションの名前は「ボイスリング」。
ホームページ上でログインすれば、オンライン通話ができるという代物だった。設定さえ終われば、画面の向こうにいる誰かと声を交わせる。私はそれに夢中になった。
けれど、その「設定さえ」ができない人が、驚くほど多かった。
マイクが認識されない、音が出ない、そもそもログイン画面に辿り着けない。
質問掲示板は、助けを求める書き込みで溢れていた。
そんな中で、私は三浦と出会う。
仕事でこのソフトを利用しているという彼は、掲示板の端から端まで、同じ調子で返信を続けていた。
「一個ずつ確認しましょう」
「大丈夫、たぶんここです」
短い言葉ばかりだったが、不思議と突き放した感じがしなかった。
私は横から補足を書いたり、図を作って説明したりするようになり、いつの間にか二人で同じ質問に対応していた。
「助かりました」
利用者から届くその一言を、三浦は毎回きちんと拾った。
夜が更けても、誰かが繋がるまでログアウトしようとしなかった。
三浦と一緒に、日夜、繋がらない人を置いていかないためにログインの補助やトラブル対応を続けた。
声を聞いたことはなかったのに、彼がどんな調子でキーボードを叩いているのか、なぜかわかる気がした。
三浦は、誰に対しても変わらず優しかった。
質問が初歩的でも、同じ説明を何度繰り返すことになっても、態度が変わることはなかった。
私はただ、その隣で支えていただけだった。
それで十分だと思っていたし、その時間がずっと続くものだと、どこかで信じていた。
ある晩、いつものようにサポートが一段落したころだった。
掲示板も静まり、ログインしている利用者の名前が少しずつ減っていく。
「今日はこんなもんかな」
私がそう書き込むと、少し間を置いて三浦から返信が来た。
「だな。はな、お疲れ」
それだけで終わると思った。
けれど、続けてもう一行、文字が打ち込まれた。
「正直さ、はなお前と仕事してたいよ」
冗談とも、本気とも取れる調子だった。
いつも通りの、軽い言い回し。
私はすぐに返事ができなかった。
画面の前で、指だけが止まっていた。
「ありがとう」
結局、それしか書けなかった。
三浦はそれ以上、何も言わなかった。
その夜、私はしばらくログアウトできずにいた。
たった一文が、ヘッドホン越しの声よりも、ずっと近くに感じられてしまったからだ。




