008 隠れてる翼を探しに
安息の木陰亭を出た碧ラは、人通りの少ない路地を抜け、目当ての店を探した。
やがて、ひっそりと建つ古びた建物を見つける。看板には「迷子たちの道しるべ亭」とある。まるで世間から切り離された隠れ家のようだった。
扉を開けると、ほこりと古紙の混じった匂いが鼻をつく。壁一面に見慣れぬ文字で記された地図や、使い込まれた羅針盤、奇妙な骨やオブジェが所狭しと並び、時間が止まったような空気を醸し出していた。
カウンター奥では、老人が分厚い本に目を落としていた。
「いらっしゃい。……迷子かね?」
顔も上げずに投げられた言葉に、碧ラは思わず苦笑した。
「西の地図を探してるんです」
老人は本を閉じ、ゆっくりと碧ラを見つめる。その眼差しは、ただの客を計るものではなく、心の奥を探るようだった。
「……北じゃなくてか?」
その一言に、碧ラは胸の奥がざわついたが、平静を装って頷いた。
「ええ。広域と主要地図、できるだけ詳しいものをお願いします」
老人はしばし視線を泳がせたのち、諦めたようにため息をつき、奥から巻物を抱えて戻ってきた。机いっぱいに広げられたそれは、どれも古びているが、力強い筆跡で描かれていた。
「こいつが一万エン、この大判は五万。詳しいのはこの縮尺の地図だが、載ってるのは主要地域だけだ」
指先で示しながら淡々と告げる。
やがて老人は、別の束を取り出した。
「古地図でよけりゃ、『ディーレ』『デルケア』『モラス』『トルテ』――常闇の湿森までを網羅してる。だが一枚十五万だ」
碧ラは値を聞いた瞬間、喉が詰まった。五十万という数字が頭の中で響く。だが、それが道を切り拓く唯一の手掛かりだと直感していた。
「その四枚、いただきます」
ためらいのない返答に、老人の口元がわずかに緩む。
「判断が早いな。……全部で五十万に負けとこう。広域地図も付けてやる。どこで何をするかは知らんが、道に迷うなよ」
「ありがとうございます」
碧ラは、地図を丁寧に防水布へ包んで受け取ると、深々と頭を下げた。
店を出た瞬間、背負った地図の重みが、未来の重みそのものに思えた。
西門に着くと、仲間たちはすでに揃っていた。
「兄貴、荷物持ちにロバを買ったぜ。長くなりそうだからな」
瑠フィーダが軽く笑いながら縄を差し出す。ロバはまだ若く、澄んだ瞳で彼らを見つめていた。
「助かる。これで歩みも軽くなるな」
碧ラは頷き、仲間と視線を交わした。
門をくぐろうとした時、兵士が声をかけてきた。
「西は治安が悪い。気を付けろよ」
決まり文句のように言いながらも、どこかにじむ本気の警告が感じられる。
「ありがとう」
全員で声を揃えて礼を言うと、兵士は安心したように口元をほころばせた。
その瞬間、碧ラの横に立った兵士が前を向いたまま、低く囁いた。
「……黄色の旗を掲げてない商人は偽物だ。忘れるな」
その言葉は風に紛れるほど小さかったが、碧ラの耳には鮮明に届いた。
答える間もなく、兵士は何事もなかったかのように立ち尽くし、彼らを見送った。
碧ラはその忠告を胸の奥に刻み込み、西の大地へと歩みを進めた。
西門を抜けると、道は「商いの鐘」と呼ばれる商人の居留地まで、ひたすら一本に続いていた。
冒険者にとって、足は剣や魔法と同じくらい大事な武器だ。依頼を受ければ、このキハン国だけでなく、大陸のどこへでも駆けつけなければならない。だから彼らは速く、そして強く歩ける。どんな過酷な道でも、躊躇なく踏み出すことができた。
ただ歩くだけではない。
時にくだらない冗談を交わし、時に真剣に旅の計画を話し合いながら、彼らは進んでいった。
「碧ラ兄ちゃん……でも北に行った奴らは囮なんでしょ?僕らが探してるバードマンが、本命なんだよね?」
美カナは、不安を打ち消すように問いかけた。
「ああ、そうだ」
碧ラは前を向いたまま、落ち着いた声で答える。
「秘宝を持って西へ逃げた一翼がいる。飛べるのは夜の闇だけ。昼は隠れるか、徒歩で目立たずに動いているはずだ。周囲に怪しい場所がないか、常に目を光らせていてくれ」
「うん、任せて!」
美カナは大きく頷き、ル礼ルと一緒に前へ駆け出した。
王都キハンから見れば、北から南へ多くの人や物資が行き交う大動脈が流れていた。
ふたりはまだ身軽な子供で、軽装のため動きも速い。斥候として、時折立ち止まり、森の影や岩場を探っていく。
「うわぁっ!」
ル礼ルの叫び声が響いた。数羽のカラスが、腐った肉塊から一斉に飛び立ち、その拍子に一羽がル礼ルの腕をひっかいていった。
「大丈夫!? 傷、見せて」
美カナはすぐに駆け寄り、治癒の魔法を唱えた。かすり傷は瞬く間に消え、皮膚は何事もなかったように戻った。
「小さな傷でも隠しちゃダメ!僕に言うんだからね」
美カナはル礼ルの頭を軽くポカッと叩いた。
「はーい」
ル礼ルは悪びれもなく笑うと、また前方へと駆けていった。
王都キハンの東側は、果てしなく広がる荒野だった。だが彼らが進む西の大地には、まるで別世界のように多くの生命が息づいていた。
木々は鬱蒼と茂り、草花は色鮮やかに咲き乱れ、風は湿った土と芽吹いた葉の匂いを運んでくる。鳥のさえずりや小動物の気配が絶えず耳をくすぐり、生命の鼓動が大地そのものから響いてくるかのようだった。
しかし、その豊かさの影には常に「死」が隣り合わせにあった。
道端には獣に喰い荒らされた死骸が横たわり、羽をむしられた鳥の残骸が木陰に転がる。生命が満ちる分だけ、死もまたこの地を支配していた。
美カナとル礼ルが駆け回る先々にも、その痕跡は残されていた。生きるものと死せるものが、同じ場所に共存する不思議な大地――それが、西の旅路だった。
仲間たちは、その厳しくも豊かな土地に足を踏み入れながら、確実に「未知なる冒険」へと進んでいった。
あとがき。
第8話を読んでいただき、ありがとうございます。
王都キハンで束の間の休息を終えた碧ラたちは、ついに西へ向けて旅立ちました。
手に入れた古地図は、ただの紙切れなのか、それとも未知への扉を開く鍵なのか。
そして、門兵が囁いた「黄色の旗」の忠告は、彼らを守る言葉となるのか――。
西の大地は、生命に溢れながらも、その分だけ死も濃く影を落とす場所です。
仲間たちは、笑い合いながらも常に危険と背中合わせ。
この先に待ち受けるのは、新たな発見か、それとも試練か。
物語は、いよいよ本当の「西の冒険編」へと加速していきます。
次回もぜひ見届けてください。
キャラクター紹介6
美カナ(みかな)
職業: クレリック
性別: F(精神)/ M(肉体)
年齢: 15歳
(性別は、男M:女F:中性N:がある。そして肉体と精神に別れているので、6種類あります。)
美カナは、このパーティーの中で特に責任感が強いキャラクターです。彼女は仲間の体調管理を当然のように行い、メンタルケアにも気を配っています。そのため、翠コの次のお姉さんとして慕われており、仲間たちにとって頼もしい存在です。
特に年下のル礼ルを可愛がっており、彼女に対して優しさを見せる一方で、ル礼ルが調子に乗らないようにあまり表情には出さないようにしています。このような気配りが、美カナの魅力であり、仲間との絆を深める要素となっています。




