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Uncommon ⚔️ Adventurer  作者: イニシ原
一章 丘を越えて
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005 アヴァリア大陸に広がってゆく思惑

 碧ラたち三人が、広間に面した〈ミンニャの憩い亭〉の扉を開いた瞬間、胸にひっかかる違和感が走った。


 酒場に満ちているはずの、酒と煙草が混ざり合った匂いがまるでなかった。情報提供所としての顔しか見せていないようで、店の奥から漂ってくるのは焦げ付いた肉と薬草の匂いだった。


 店内は、大勢の客が慌ただしく集い、その視線は一様に、店の奥へと向けられていた。そちらでは情報の精査をしているようだった。


 そして、店の紋章が縫われたエプロンを着た者が、腕を組みながら軽く息を切らして立っていた。


「ミンニャさん、ご無沙汰しています。碧ラです。覚えてますか?」


「はは、碧ラか。あんな変わったパーティを忘れるわけないだろう」


 笑ったミンニャの顔には、深い皺が刻まれていた。


「最近は見かけなかったが、この騒ぎを聞いて戻ったのか?」


「あ、いえ。東のオーガ退治に行ったんですが……間に合わなくて。レゾ村は……ダメでした」


 碧ラは、悔しそうに言葉を続ける。


「それで、食料の調達が出来なかったので、俺たちだけ急いで戻ってきたんです」


「なるほどな。東への依頼は、新米に回される“外れ仕事”が多いからな」


 ミンニャは同情するように首を振る。


「どうせ黒龍ギルドの依頼だろう? 成功報酬の七割で買い取ってやる。依頼表と討伐品をあちらに出しておけ」


「いつも助かります。それと……」


 碧ラが言いかけた瞬間、ミンニャが先に口を開いた。


「馬のことだろう?」


 図星だった。


「今はもう、ウルフですら出払ってる。馬なんて残ってないぞ」


「いえ、結構です。どうせ歩いて戻るつもりでしたから」


 碧ラは静かに答える。


「……バードマンには興味ないのか?」


「いやあ……」


 曖昧にごまかす碧ラに、ミンニャは意外そうに目を細めた。


「奇妙なもんだな。都の連中は皆、目の色を変えて探しているのに」


 彼の視線は鋭く碧ラを射抜いた。


「お前も『ユークラフの冠』の話は知っているはずだろう?」


 その名に、碧ラの表情がわずかに強張る。


「三王家が十年ごとに継承する、平和の象徴だ。ただの宝じゃない。持つ者に『平和をもたらす力』がある――秘宝中の秘宝だぞ」


「知ってます。でも今は、まず翠コ姉さんたちに会わなきゃ」


 碧ラは、東へ戻るという口実を繰り返した。


「ああ、あの別嬪さんか……。よろしく伝えておいてくれ」


 ミンニャはそう言うと、碧ラの手を強く握った。その瞳には、何かを察したような深い光が宿っていた。


「……わかりました」


 碧ラは頷く。ミンニャは満足げに微笑むと、他の客のもとへ歩いていった。


「兄貴、依頼表は交換して来たぜ!」


 瑠フィーダが、少し興奮した面持ちで戻ってきた。手には討伐完了を証明する書類が握られている。


「助かる。これで南都のギルドまで行かずに済んだ」


 碧ラはそれを懐にしまうと、安堵の息を吐いた。ル礼ルはその様子を見て、ほっとしたように笑みを浮かべる。


「よし、次は食料の調達だ」


 三人は〈ミンニャの憩い亭〉を後にした。


 王都の中心街は、秘宝の報奨金を目当てにした人々でごった返していた。熱気と喧噪の中を抜け、三人は食料品店が並ぶ通りへ向かう。


 最も大きな看板を掲げる「豊穣の籠」に足を踏み入れると、中は予想どおりの混雑だった。客たちが少しでも多くの食料を奪い合うように品定めしている。


「干し肉とチーズ、それに保存のきくパンだ。エールも忘れるな。瑠フィーダ、ル礼ルと合流して向こうの樽からエールを汲んでくれ」


 碧ラの指示に、二人は頷いて散っていく。


 碧ラは人波を縫いながら必要な食料を手際よく選んでいった。

 その視界の端で、広場でル礼ルに睨みつけてきた男の部下が、碧ラたちの行動を密かに探っていた。男は、碧ラたちの後をつけていることに気づかれないよう、人混みに紛れながらも、その視線だけは決して外さなかった。


 碧ラは、手早く代金を支払った。パン、干し肉、チーズ、そしてエール。


「よっと!」


 大きな木樽を軽々と担ぎ上げる瑠フィーダが声を上げた。


「俺は干し肉とチーズを持つ。ル礼ルはパンを頼む」


 碧ラは、そう言って荷物を分けると、三人は食料品店を後にした。そして、秘宝の報奨金に群がる人々とは別の方向、東門へと向かって歩き始めた。


 東門へ向かう道は打って変わって閑散としていた。


 数えるほどの人影しかなく、碧ラたちはすぐに周囲を確認できる。


 碧ラは歩調を崩さず、さりげなく視線を巡らせる。追跡者がいないかを確かめながら、三人は足早に城下を抜けていった。


 やがて人波の喧噪が背後に遠ざかる。

 碧ラたちが去った後、人混みに紛れた建物の影から、ガオスが姿を現した。


「……そうか、東へ向かったか」


 ガオスは、忌々しそうにそう呟いた。彼の横には、食料品店で碧ラたちを監視していた部下が控えている。


「だが……いずれ西に行く。間違いない」


 ガオスの声には確信がこもっていた。


「俺たちは先に西門へ回る。お前は奴らを尾け、逐一報せろ」


 短い命令に、部下は無言で頷く。


 ガオスは二十名を超える部下を率いて進み出した。大地を揺らすような重い足音が、西門の方へ遠ざかっていく。


 東へ向かう碧ラたち。

 西へ進むガオス一行。

 そして影のように彼らを追う監視者。


 それぞれの思惑が交錯し、物語は新たな局面へと動き始めていた。

あとがき。


第5話を読んでいただき、ありがとうございます。


ユークラフの冠をめぐる争いは、ついに情報と駆け引きの戦いへと姿を変えました。

東へ進む碧ラたち、直感を頼りに西へ向かうガオス、そして両者の間を結ぶ監視の影。

大陸全体を巻き込む追走劇の幕が、今まさに上がったのです。


果たして、碧ラたちは「第三の翼」の痕跡を掴めるのか?

そして、ガオスの勘は本当に「運」なのか、それとも確信に近い読みなのか――。


次回の舞台は、東の荒れ地の丘陵地。

そこに待つのは、仲間との再会か、それとも新たな試練か。

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