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Uncommon ⚔️ Adventurer  作者: イニシ原
一章 丘を越えて
19/20

019 月影の広間

 キィキィの群れの甲高い鳴き声が、遠ざかっていく。


「ねぇ、私たちはこれからどうすればいいの?」

 泥だらけになったル礼ルが、率直に問いかけた。彼女は、この中では一番「覚悟」から遠いかもしれない。

 だが、その素直さが、あっけらかんと柔軟に行動できる彼の強さの源でもあった。


 碧ラは、前方を静かに見据えながら応じた。

「我々の行動は一つだ。キィキィたちは、我々が負わせた傷によって手負いになったあの獣を、広場に開いた狭い洞窟の中から追い立てていると見るべきだろう。あとは、どこから出てくるか、だ」


「そんなこと言っても、ここと繋がっている洞窟は無数にあるし、わからなくねえか?」

 瑠フィーダが、周囲の石壁にぽっかりと開いた、無数の黒い穴を見上げて言った。


 その瑠フィーダの言葉に、誰もすぐに返すものはいなかった。

 みんなが、暗闇の中でわずかに響く音、匂い、そして気配に集中していたからだ。

 その中で、翠コが静かに言った。

「ねぇ、これって水の音じゃないかしら?」


 その翠コの声を聞いたときには、もうすでにその音は大きくなっていた。

 みんなの耳に水流の音が響き渡る。


「こんなこと誰が出来ると思う? どうやってか大量の水を洞窟へ流し込んでいるんだ」

 碧ラは、その非現実的な規模の罠に呆れながらも、どう対処するかを考え始めた。


「ごめんなさい、こんな罠、見つけられなくて」

 ル礼ルは、音源を探しながら、こんなことができるのかと驚愕に目を見開いていた。


「そんなこと、誰だって無理でしょ。それより、ここもすぐ水であふれる気がするよ」

 美カナは、ル礼ルの泥だらけの体をなでながら、高い場所はないものかと広間の壁を見回していた。


「来た道のほうから水は流れてくる。今からでは遅いだろうから、流れに逆らわず進もう。どこか登れる場所があればいいが……」

 碧ラは、冷静に判断を下した。


 かたまるようにみんなで進むと、もう足元には冷たい水が流れ込んできていた。

 水はすぐにくるぶしの高さにまで達し、勢いよく奥へと流れ始めた。

 それも束の間、先の洞窟や高い場所からも水はあふれ出し、水位は急上昇した。

 背の低いル礼ルや美カナの腰にまで水流が達し、彼らの体勢を激しく揺さぶり始めた。


「瑠フィーダ! 背負っている荷物を全部捨てるんだ。それに空気を入れれば大きな浮き輪になる」


 碧ラの命令に、瑠フィーダはすぐさま実行に移した。新鮮な食料はもちろん、非常食や燃料、その他即座に必要ないものが入っていた革袋の底を持ち、荷物を惜しげもなく水中にばらまいた。

 その勢いで、瑠フィーダの荷物の中にあった短剣が一本、碧ラの顔めがけて飛んできた。

 それは、街で売り損ねた装飾品だ。

 碧ラは「これはいらない」と思ったが……、そのまま無言で腰ベルトに差しておいた。


 浮き輪ができあがったときには、水はすでにル礼ルと美カナの首元まで迫っていたが、その革製の浮き輪のおかげで、彼らは水の中で溺れずに済んだ。

 みんなは浮き輪を囲みながら、どんどん流されていく。

 水流の勢いはすさまじく、もう一番背の高い瑠フィーダも、足が地面に届かない。


 至る所から流れてくる水のせいで、一行の乗る浮き輪は、洞窟の柱にぶつかりそうになった。

 それを防ぎ、浮き輪を守るために、碧ラと瑠フィーダ、翠コの三人は、自らの体で衝突を受け止めていた。

 今にも手を離し濁流に流されそうなル礼ルと美カナは、無理やり浮き輪の上にほっぽり投げられた。


 夢ムは、「私が見てあげるね~」と、足場と言えないような不安定な浮き輪の上によじ登ると、そのまま何事もないかのように立ち上がった。

 きっと、その体勢を維持するために魔法をいつのまにか唱えていたのだろう。


 濁流の中、くるくる回る浮き輪とあわせるように、くるくる回っている夢ムが、「あっちに向かって」と、広間の一点に開いた小さな洞窟の口を指さした。


 夢ムの指示とほとんど同時だった。

 巨大コウモリが数匹、水しぶきを避けるように低空を飛んできた。

 キィキィではない体が小さい。

 そのコウモリは、鉤爪を浮き輪の革袋に正確に引っ掛けると、夢ムが指示した洞窟の方向へと、激しい水流の中の浮き輪を引っ張り始めた。


「なぜわかったのか?それとも目的は同じか……」

 タイミングよく現れた巨大コウモリに驚きながらも、碧ラたちは、浮き輪にしがみつき、力いっぱい流れに逆らって泳いだ。


 その洞窟は、他のものとは違っていた。

 高い場所にあったが梯子が伸びていて、まずはル礼ルと美カナを支えながら、夢ムが梯子を登らせた。

 浮き輪は水流に流されてしまい上手く回収できなかったが、みんな安全に洞窟の入口へ登ることはできた。

 巨大コウモリたちは、天井に掴まり、轟音のなか「キィキィ」と鳴いていたが、彼らが何か言いたいのか、ただ休んでいるだけなのか、碧ラには判断できなかった。


 どうやらここは天然の洞窟ではないらしい。目の前には古びて朽ちた鉄の扉があり、その隙間から見えるのは、人工的な部屋のようだった。


 中に入ろうとすと扉は倒れて埃がまった。

 部屋にある錆びたレバーも、文字盤もさわれば壊れそうだ。

 代わりに、人の背丈ほどもある黒曜石のような滑らかなパネルは埃だらけだが、綺麗に保たれていた。

 そこには碧ラたちには理解できない複雑で精緻な模様が描かれていた。

 聞いたことがある、遥か昔の文明が残した超科学の制御盤――または、古代魔法か。


 一行がその異質な装置を前にして固まっていると、泥が洗い流されたル礼ルが、好奇心に抗えなかったようだ。

「これ、なぁに?」

 ル礼ルは、水で濡れた指先で、パネルに描かれた模様の中の一際光を放っている部分を、何の気なしに押した。


 次の瞬間、制御盤から鈍い駆動音が響き渡った!

 カチッ、カチッ。


「罠か!?」

 碧ラが警戒した。主だった変化はないが、ごく緩やかな地響きがしだした。


 その音と同時に、部屋の外から光が差し込んできた。

 部屋から恐る恐る出て見えたのは、巨大な岩盤がまるで窓のように横にスライドしていく光景だった。

 洞窟一面に、夕日が差し込んでいた。

 いや、もう太陽自体は水平線の下に沈んでおり、広間を照らしているのは、燃えるような黄昏の残光だった。


 大量の水が、開いた巨大な窓から外へと勢いよく流れ出ていく。

 そして、その水と一緒に、大量のコウモリたちも外へ飛んで行った。

 その中から、一際大きなコウモリがフラフラと飛びながらこちらに向かってくると、それはキィキィだとわかった。

 彼の翼には、明らかに深手を負わせられた跡があった。

 キィキィは碧らの足元に降りて倒れた。

 碧ラは、言葉を発さず、ただ美カナの方を見るだけだった。

 美カナは、キィキィの傷から目を離さず、「まかせて」と力強く言った。


「水の流れが弱くなってるな……」

 瑠フィーダが、急速に水位が下がり始めた広間を見ながら呟いた。

「あ、兄貴……あれ」




 黄金の獣は、水が流れ落ちた滝のそばに立ち、燃えるような黄昏の残光を全身に浴びていた。

 それは傷ついた生物の本能か、見るからにまだ余力を残す人間たちから逃げようとしていた。だが、プライドがそれを許さない。

 長い間、この洞窟を支配していたはずが、あの人間たちにコウモリにまで反逆されたのだ。

 逃げても意味はない……あいつらに勝たなければ。

 獣の瞳には、怒りと憎悪が燃え盛っていた。


 そして、残光が完全に消えると、濃密な闇が広間に戻った。

 洞窟にはありえない月明かりのことなど、頭になかった黄金の獣が、目の前のすべての命を奪い取ろうと、大地を蹴りつけ、猛然と走り出した。

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