017 みーつけた、黄金の獣
碧ラたちも、今となれば――たどたどしい喋り方も、地面を歩く姿も、この巨大蝙蝠を“人型の存在”だと思っていた。それに、彼は言葉を交わし、理を理解した。それは、街にいる欲にまみれた連中のような人間以上に、理性的に思えた。
だが――あちらはどうだろうか。突然の訪問者を歓迎するほど、彼らに余裕はないだろう。互いに警戒を残したまま、必要な情報だけを交わすことが最善だ。
「オレ、アンナイスル。ニオイスルヤツ、タオセ」
話す時にかならず鋭い牙を剝きだしてしまうようで、それだけで怖い顔に見えてしまう。
碧ラは、あらためて、他の皆にもわかるように話した。
「彼ら巨大コウモリにとっての天敵らしい。それは炎を吐くが、姿を見た者はいないという」
瑠フィーダが、鼻をひくつかせながら尋ねた。
「案内をするって、どこに連れて行かれるんだよ?それに思ったんだけどさっきから匂うこの異臭は、ランタン油の匂いじゃないよな」
「ああ、瑠フィーダ。おおかた、彼らが倒せと言っている生物の匂いなんだろう」
碧ラだけではない。一行の冒険者としての鋭い直感が、肌を刺すような冷たい湿気の中で警鐘を鳴らしていた。洞窟の壁を這う湿気は、彼らの頬を冷たく伝っていく。炎を吐き、姿を見た者がないというその生物――それは、彼らがこれまでに遭遇してきたどんな生物とも異なる、次元の違う脅威を予感させた。
「さあ、いこう」
碧ラは剣の鞘を握った。それは、緊張を押し殺す為だ。
巨大コウモリは少し離れつつ、羽ばたいてはいるが、飛ぶと歩くの中間で器用に碧ラたちに追いついていた。
「ねぇ、お兄ちゃん――あの人はなんて言う名前なの?」
ル礼ルが、小声で碧ラに聞いて来た。
きっとル礼ルのことだ、親しみを込めて話しかけたいに違いなかったが、彼には名前はないらしい。仲間同士では鳴き声で会話する方が多いようで、彼ほど人間の言葉を理解し、会話をできる者は、群れの中にもいなそうだった。
「じゃあ、よくキィキィって言っているから、名前がキィキィなのかもしれないね」
碧ラは、そのル礼ルの言葉に、軽く笑いながら応じた。
「そうだな、じゃあ今はキィキィと呼んでおこう」
そのやり取りは、この重苦しい洞窟の空気を一気に和ませた。しかし、碧ラは、自分たちを横目で見る巨大コウモリ(キィキィ)を見て、ル礼ルのつけた名前があながち間違いではないかもしれないと思っていた。
「この匂い、本当に嫌だぜ」
洞窟の中としては驚くほどなだらかな地面を進むと、鼻のいい瑠フィーダが、より濃い匂いを感じたようだった。
「案内してくれるのはありがたいけど、この炎を吐くっていうやつ、マジで何なんだろうな? 兄貴、この辺の魔物にそんなのいたか?」
「いや、この地方の文献にはない。少なくとも、人間が倒せる範疇の生物ではないだろう」
「ハッ、まさか冗談でドラゴンとか言うなよな? それこそ、俺らじゃどうにもならねぇ」
瑠フィーダが、わざと明るい調子で言った。それは、この異臭と未知の脅威が生み出す緊張を打ち破るための、彼なりの軽口だった。
「冗談ならいいがな」
碧ラは静かな笑みで返した。
「もう、やめなさい。いる訳ないでしょ、ドラゴンだなんて……」
呆れ気味の翠コが、ポーチから小さな軟膏の壺を取り出すと、瑠フィーダに渡した。
「それだけしかないから、瑠フィーダ君が塗っておきなさい」
「俺はいいよ。兄貴が塗ってくれよ」などと、瑠フィーダは言わなかった。そこには、戦闘に対しての明確な順位があるからだ。瑠フィーダは迷わず蓋を開け、顔や首を中心とした肌が露出している部分に薄く塗り込んでいく。
「変な香りがするけど、悪くはないよな」
「その香りがするうちは効果があると言うことなのよ」
「そうか、じゃあ早く行こう」
瑠フィーダは大剣の柄を握ると、ランタンの光が届かない正面の暗闇を、まっすぐに見つめ直した。
洞窟の中としてはとても平坦な地面で進軍はとても順調だった。碧ラの持つランタンの明かりと美カナの魔法で見える薄暗い空間のなか、ところどころ先が見えない狭い洞窟が口を開けている、今にも危険な生物が飛び出して来そうに見えた。
「太陽が沈みだしたね~。ル礼ルが見つからないからだね」
突然、夢ムがつぶやいた。この洞窟内は闇に包まれているため、一同は、その言葉の持つ時間感覚に違和感を覚え、夢ムへと視線を向けた。
夢ムは、そんな視線を気にせず、ただル礼ルの小さな背中を見つめていた。
「よかったね~」
その言葉に、みんなは安心した。魔法や異界の事象に精通しているのは夢ムしかいない。夢ムが発する言葉は、パーティ内で重要な立ち位置だと皆が知っていた。
それが、その場の空気を一瞬で明るくした。碧ラは、その勢いを逃さないように、瑠フィーダとル礼ルに目で合図を送った。この広大な洞窟の探索を、敵がいることを知っていたために、守りすぎていた。これでは、かえって敵に自由に行動させてしまうと考えたのだ。
碧ラは、隊列を広げさせるとともに、前衛を瑠フィーダからル礼ルへと変えた。
それから碧ラは、キィキィにも話をすると、キィキィはすぐ理解をし「オレ・ミテクル」と言って、音もなく天井の闇へと飛んで行った。
***
碧ラは、敵に先手を取られてもそれを逆手に取る準備と能力は、自分たち冒険者にはあると信じていた。その信念があったからこそ、洞窟の天井へ一筋の炎が流れて来たときも、誰も慌てていなかった。
まず夢ムが動く、呪文の詠唱を始めるが、その古代魔法の言葉は、いつも何を言っているのか、誰にもわからない。
美カナは神聖魔法を唱えない。次の動きを見定めるために、彼女は静止していた。
前衛の瑠フィーダとル礼ルは、炎が流れてきた方向と、その炎の主の姿を探しているが、薄暗い闇の中、気配すら見つけられなかった。
最後尾の翠コは、すでに矢を番えながら、敵の回り込みを警戒して後方を睨む。
そして碧ラは、天井の闇に消えたキィキィの姿を、必死に探した。いや、キィキィは炎のまさにその先にいた。炎に追われ、必死に逃げている。
「キィキィ、こっちだ!」
碧ラが通る声で叫ぶと、キィキィは炎の尾を振り払い、碧ラたちの方へ向きを変えた。
次の瞬間、翠コの矢が放たれた。それは、キィキィを追っていた炎と天井で衝突すると、閃光を放ち、粉々に散らばり消えた――そう見えた瞬間。
天井のガスに引火したのか、炎はみるみるうちに天井全体を覆い尽くした。
いままでいた洞窟は、その炎によって一瞬にして明るく、そして灼熱の洞窟に一変した。炎の巨大なベールが、ゆっくりと、しかし確実に、碧ラたちめがけて緩やかに落ちてくる。
「兄貴!そこの洞窟へ逃げよう!」
瑠フィーダは、広間の壁に口を開けた、すぐ近くの小さい洞窟を指した。
「ふふ、みーつけた」
夢ムは、瑠フィーダの言葉に重なるように、新たな呪文を詠唱し始めた。先ほどの呪文がどんな効果をもたらしたのか、それは夢ムにしかわからない。
碧ラの思考は、この危機の中で時を遅くしたように研ぎ澄まされていた。
まず、天井の炎は落下してくると、全員に火傷は負わせるが、致命傷にはならないはずだ。そして、この洞窟内は広大で、酸素は大量にあるし、密閉もされてはいない。気がかりなのは、天井のガスが燃えたことによる有毒ガスの発生だった。
すぐそばにある洞窟は、灼熱から逃げ込むには丁度よかった。だが、この遭遇は、敵に意図されたものにも思えた。危機を回避したと思ったら、より強力な罠だった、ということはおうおうにしてありえた。
そして夢ムが「みーつけた」と言ったことで、敵はすぐ近くにいるはず。退却するにしても、その姿を見ておき、力の一端は見ておきたい。
夢ムの詠唱は完成した。手の先から輝く光矢が三本あらわれ、すぐさま漆黒の闇へと飛んでいった。
「こんなに明るいのに、あそこだけ闇なんだよね~」
夢ムの放った魔法の矢は、皆の視線の先――闇を破るように空間に止まった。
闇が燃えるように消えていった。そこにあらわれたのは、黄金色の体毛をもつライオンだった。しかし、よく見ると尾はサソリのような鋭いトゲを持ち、その顔はまるで人間のようだった。
体表に刺さる三本の光矢を、この生物は何も気にしていないのか、唸る様子もなく、静かに碧ラたちを見つめていた。




