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Uncommon ⚔️ Adventurer  作者: イニシ原
一章 丘を越えて
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016 言葉を持つ闇の番人

 《すべてを見渡すのは光の粒子。我らは太陽の民》


 美カナの詠唱が終わると、闇に閉ざされていた洞窟が淡い光に包まれた。光は石壁を柔らかく照らし、空気の粒子までもが見えるような、まるで夜明け前のような薄明かりだった。


 暗闇の向こうに潜んでいたものたちの輪郭が、少しずつ浮かび上がる。皆が飛び去ったと思っていた蝙蝠の群れは――実は、すぐそこにいた。岩陰や天井近くに張りつくように、無数の目が光を反射してこちらを見つめている。


 その沈黙が、何よりも不気味だった。


「おい、俺の言うことがわかるんだろう?」


 瑠フィーダが、わざとゆっくりとした声で言った。


「突然現れたのは謝るよ。でも、このまま見逃してくれねえか? ……別に、やるならやってもいいけどな」


 その言葉に嘘はなかった。彼らは無益な戦いを好まない。だが、この洞窟に満ちる空気は、返事の代わりに――静かに敵意を滲ませていた。


 夢ムが何かに気づいたように指を伸ばした。その先を皆が見ると――壁の一部に見えた影が、ゆっくりと動いた。


 光が当たるにつれ、それが“巨大な蝙蝠”であることがわかった。まるで岩に溶け込むように身を潜めていたのだ。蝙蝠は羽で顔を覆っていたが、やがてその羽を開き、鋭く長い牙を剥き出しにして低く唸った。


「……オレタチ……」


 それは、確かに“言葉”だった。濁った声ながらも、人間の言葉を真似している。


「オレタチガ、モトメル……ヤツ、タオセ」


 一同が息をのむ。意味はすぐにはつかめないが、この洞窟の奥に、彼らが“倒したい何か”がいる――そう伝えようとしているのは明らかだった。


 碧ラはゆっくりと呼吸を整え、長剣を鞘に収める。そして、両手をわずかに上げ、敵意がないことを示す。


「……話ができるのか。俺たちは敵じゃない。まずは話を聞かせてくれないか?」


 知性ある存在との交渉。それは剣を振るうよりも危険になりうる。なぜなら、“言葉を操れる者”は、“嘘”をつける。そして、その真偽を見抜くことが――碧ラの責任であり、それが出来るのは背中にいる仲間のおかげだった。


 碧ラはゆっくりと、巨大蝙蝠の方へ歩を進めた。パチ、パチと、足音のたびに細かい虫を踏み潰す。だが奇妙なことに、その虫たちは逃げようとせず、むしろ碧ラの足を伝って這い上がってくるようだった。


 ――嫌な感覚が背筋を走る。


「これは罠かもしれない」と考えた瞬間、蝙蝠が低く、湿った声で言葉を発した。


「チイサイモノタチ……イマハ、ナカマ……オマエハ、ドウダ」


 洞窟の空気がぴんと張り詰めた。その言葉は拙いが、確かに“問いかけ”だった。


 冒険者としての心得のひとつに、“人間より単純な言語を理解すること”がある。複雑な理屈に縛られた人間は、しばしば疑心暗鬼に陥り、考えることを放棄してしまう。


 だが、単純な思考をもつ種は、互いを疑わず、ただ“生きる”ために協調する。言葉を交わさぬ虫たちでさえ、その集団には確かな“意識の連なり”がある――と、碧ラは思った。


 碧ラは、自分を助けようとした仲間たちを片手で静止した。足元から無数の虫が身体を這い上がっていた。だがそれを払わず、ただ巨大蝙蝠の瞳を見つめ続けた。


 冷たい感触が、足首を、ふくらはぎを、膝を越えて、腿へ。皮膚の上を何百本もの脚が、方向をそろえて登ってくる。その均一な動きが、人間の意志を試すように感じられた。


 碧ラは息を殺し、ただ立ち尽くした。理性の奥で、虫の一匹一匹が皮膚の温度を測っている――そんな錯覚が広がる。


 首筋をかすめる冷たいものに、思わず手が動きそうになる。だが、今、払えば――終わる。

 敵意を見せたと判断されれば、この瞬間に群れごと襲いかかってくる。


(動くな……これは、試されている)


 だが、限界はあった。首まで登ってきた虫のひとつが唇の端に触れた時、碧ラの身体がわずかに震えた。反射的に手が上がり――しかし、掴むのではなく、撫でるように。


 その仕草を見ていたかのように、虫たちは一斉に動きを止め、ポトリ、ポトリと碧ラの体から落ちていった。黒い波が足元を離れ、巨大蝙蝠の方へと戻っていく。


「……オマエ、ナカマ、ダ」


 洞窟に低い声が響いた。碧ラはようやく息を吐く。背後では、誰も言葉を発せなかった。


 巨大蝙蝠がキィ、キィと高い声を上げると、天井の闇の奥から、いくつもの同じ鳴き声が返ってきた。見上げると、そこには群れを成した巨大蝙蝠たちが身を寄せ合っていた。


 彼らの動きは、まるで自分たち冒険者のように――互いを守り合う者たちの姿に、碧ラは思えた。そして、戦いにならずに済んだことに、心の底から安堵した。


 その後、碧ラはしばらくの間、巨大蝙蝠と会話を交わしていた。


 翠コはその様子を見守りながら、夢ムにそっと囁いた。


「……夢ム、占ってくれる?」


「ねぇ翠コ~、ムムが好きなのは天気だからね~」


 夢ムの表情は変わらない。それは仲間にしかわからない不機嫌さだ。それでも翠コは、あえて頼んでいた――それは翠コの直感でより補完しておきたいことだった。


「先に進むなら、覚悟しないといけないみたいだね~」


 夢ムの声は軽い調子だったが、洞窟の冷えた空気に吸い込まれていった。


 翠コは、その横顔をじっと見つめる。睨むように――けれど、それは怒りではなく、祈りに近かった。


「半分……」


 夢ムは手元のカードを何枚かめくり、翠コにだけ見せた。そして、ゆっくりとそれをしまい込む。占いはそれで終わった。


 翠コには、その意味をすでに教わっていた。“半分”――つまり、この先で、三人は冒険者として歩みを止める。もちろん、詳細まではわからない。だが、夢ムの言葉に嘘はない。……けれど、それは見極めれば覆せる類のものでもあった。


 例えば、今ここで引き返すとか。だが――そんな選択肢を取る冒険者など、彼らの中にはいなかった。


「ねえ、さっき碧ラ兄ちゃん、虫……平気だったのかな? 今はもういないみたいだけど」


 ル礼ルが足元を見ながら、少し心配そうに翠コへたずねた。


「まさか虫たちと話せる知的生物がいるなんてね。それとも――命令されてたのかしら?」


 翠コは肩をすくめながらも、周囲に視線を走らせる。


「どっちにしても、ここはいったん安全そうね。だけど警戒は怠っちゃダメだからね」


「うん、わかってるよ。

 こういう場所では、水たまりとかコケとか……あと、フン! 滑る自然の罠が多いんだよね」


 翠コが小さく笑って、「いい心がけね」と返す。そのやり取りが、わずかながらも場の空気を和らげた。

あとがき。


16話をお読みいただき、ありがとうございました。


巨大な蝙蝠たちとの対話を経て、ようやく敵意なき理解の糸口が見えた一行。


虫の群れに試され、蝙蝠に認められ、仲間たちは少しずつ“この場所の理”に近づいていきます。けれど、夢ムの占いが示した「半分」という警告が、確実に彼らの未来へ影を落とす――。


次もこの洞窟のことがわかってきます、どうぞ楽しみにしていてくださいね。

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