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Uncommon ⚔️ Adventurer  作者: イニシ原
一章 丘を越えて
15/20

015 洞窟に満ちる無数の視線

 細かく角ばった金平糖のような岩が連なる洞窟を、一行は慎重に進んでいた。足を踏み出すたびに、岩がポリっと砕ける小さな音が皆で響かせる。先頭を行く瑠フィーダの足音はひと際大きく、頼もしい響きを持っていた。

 その隣では、ル礼ルが自分の軽い足取りを気にしながら、「どうしたらこんな大きな音が……」そう、ちらりと瑠フィーダの歩き方を横目で観察していた。


「急な下り坂になってきた。みんな足元に気をつけて」


 瑠フィーダの声は低くこもった声だった。洞窟に響かないように出したその声は、口から白い息がふっと漏れた。空気が目に見えて冷たくなっていく。どうやら気温は、坂の傾斜と同じくらいの速さで下がっているようだった。


 瑠フィーダは、暗闇の奥を見通そうと立ち止まった。分かれ道はない。だが、道の先がどうなっているのか確かめようと、彼は何度も角度を変えて覗き込む。その様子を見ているル礼ルは、奇妙な心持で瑠フィーダをジッと見ていた。

 どこから見ても、ランタンの光は先を照らさない。まるで闇そのものが、光を呑み込んでいるようだった。


「俺が見てこよう」


 碧ラは、腰に差した鏡のような長剣を静かに抜いた。その刃がランタンの光を受けてわずかに煌めき、瑠フィーダの顔を一瞬だけ照らす。

 碧ラは心穏やかに瑠フィーダの背を軽く叩くと、光と闇の境目へと静かに歩み出した。


 その一歩先から、空間がもぎ取られたように、完全な闇が広がっていた。碧ラは足元の小石を、長剣の切っ先で軽く弾く。小石は乾いた音を立てて闇に消え、しばらくしてから、鈍い反響音が奥から返ってきた。


(……やはり、そういうことか)


 碧ラは静かに息を整え、壁へ向けて長剣を振り下ろす。砕け散る岩の音に混じり、澄んだ金属の響きが、洞窟の奥深くまで長く伸びていった。


「この先はかなり広い空間があるようだ。それに……今の音に反応した“何か”がいる。気を引き締めていくぞ」


 碧ラは声を低く、張りつめていた空気をさらに引き締めた。だが、戻ってきた彼の表情がいつもの冷静さを保っていたことで、仲間たちは互いの顔を見合わせ、無言でうなずき合った。少しだけ、胸の鼓動が落ち着いていく。


 広間は、崖のような段差を挟んだ少し下に広がっていた。飛び降りられない高さではないが、誰も無理はしなかった。碧ラの合図で、全員がロープを使い、慎重に降りていく。


 空間は緩やかに曲がりながら続いており、横幅はランタンの光がぎりぎり届く二十メートルほど。だが奥行きは光が飲み込まれるほど深く、底知れぬ暗闇が口を開けていた。


 碧ラは、足元の感触に違和を覚えてしゃがみ込んだ。目を凝らすと、数匹の細長い虫が岩の隙間を這っている。――洞窟の奥に棲むものではない。地上の虫だ。

 この空間は、どこかで外と繋がっているのかもしれない。


 湿った岩肌に触れた。油の匂いの中に、獣の体臭と排泄物の臭いが混じっている。


 ――何かが、ここに巣を作っている。


 その確信が胸をよぎった瞬間、微かに“ブゥン”という羽音が空気を震わせた。

 ほとんど聞き取れないほどの、しかし確かな音だった。


「瑠フィーダ、後ろにつけるんだ。防陣形で行くぞ」


 碧ラは息を殺しながら小声で命じた。


「兄貴……巣、なのか?」


 瑠フィーダも低い声が響く。


「はっ、いつでもどうぞだ」


 その言葉にか、空気がわずかに動いた――


「ぐわぁっ!」


 瑠フィーダの咆哮。

 音もなく闇の中から飛びかかってきたのは、彼と同じほどの大きさの蝙蝠だった。牙が首筋に食い込もうとした瞬間、瑠フィーダは反射的に大剣を構え、その顎を受け止めた。


「こいつはやばい! 子どもたち、連れ去られるぞ!」


「その通り! 君たち、しゃがみなさい!」


 中央で守られているル礼ルと美カナは、地面に身を伏せるようにして上空を見上げた。他にも闇の中を巨大な羽が音もなく掠めていく。


 翠コは二人を背に庇いながら、素早く弓を構えた。息を吸い込み、集中する――そして高速詠唱。


 《豊かな恵みを受けた羽は、光を纏え》


 詠唱の終わりと同時に、翠コの指先から矢が放たれた。それは真っすぐに飛び、瑠フィーダに取りついた蝙蝠の頭部を――貫いた。


 ……はずだった。


 翠コは息を呑んだ。至近距離から放った矢を、蝙蝠は咄嗟に腕で庇っていたのだ。甲高い悲鳴が洞窟に響き、黒い翼が激しくのけぞる。蝙蝠は羽をばたつかせながら瑠フィーダから離れ、地面を転がった。

 だが次の瞬間、血を撒き散らしながら再び上空へと舞い上がった。


 その瞬間――

 突き刺さった矢が、まばゆい光を放った。洞窟の闇に太陽が照らされた。その閃光は、何体もの蝙蝠の体を照らし出した。


 ――数え切れないほどの小蝙蝠たちが、岩壁から一斉に飛び立った。黒い波のようにうねり、空気を裂く羽音が怒涛のように押し寄せる。


 碧ラは鋭く声を張った。「――あっちだ! 進め!」仲間を先に行かせ、自らは殿に回る。その時、上空でのたうつ巨大な蝙蝠が、奇妙な動きを見せた。


 碧ラは息を呑む。その蝙蝠には――“手”があった。まるで人間のように、突き刺さった矢を軽々と引き抜いてみせた。


 咄嗟に碧ラは悟った――これは、ただの獣との戦いではない。羽音にかき消されぬよう声を張り上げる。


「翠コ姉さん! 知性戦闘でいくぞ!」


 知性ある生物には、共通した特徴がある。それは、巣の内部に“罠”を仕掛けているということ。逃げ回っては行けなかった。


 美カナはその言葉を聞くや否や、短く息を吸い込み、詠唱に入った。


 《我に見破れぬものはなし――足元を這う悪意よ、姿を現せ》


 魔法が及ぶ範囲に、地面にいくつもの淡く光る場所が浮かび上がった。設置した者の精神にのみ作用するこの魔法は、自然の罠に反応することはなかった。


 続いて夢ムは何かを小さく「ごにょごにょ」と呟くと、上空へ小瓶を放り投げた。瓶は空中で弾け、強烈な光を放つ。

 同時に――蝙蝠たちの羽音をもかき消すほどの甲高い「ピーッ」という笛の音が洞窟に響いた。


 光はあちらこちらへ跳ねた、壁を、岩を、そして蝙蝠たちの目に照らし出した。その眩しさと音に耐えきれず、小型の蝙蝠たちは、まるで悲鳴のような鳴き声を上げながら、次々と洞窟の奥へ飛び去っていった。


 洞窟に再び静寂が戻った。光の粒が岩壁を照らしながらゆっくりと明るさが弱まっていく。夢ムの瓶が作り出した閃光の余韻が、まだ空気の中に揺らめいていた。


 飛び去った蝙蝠たちの羽音が遠ざかり、代わりに――低く、湿った呼吸音が、闇の奥から響いた。


「まだ……いる」


 瑠フィーダが大剣を構えながら、暗がりを睨む。


 光がわずかに照らしたその先。岩壁に張りつくように、先ほどの巨大な蝙蝠がいた。片翼を血で濡らし、なおも鋭い目でこちらを見据えている。矢を抜いた右腕は不自然に曲がっていたが、それでも人のように、ゆっくりと拳を握りしめた。


「……やっぱり、ただの獣じゃない」


 碧ラの声が低く響く。


 その蝙蝠は喉の奥で笑ったような音を漏らすと、血を滴らせたまま、天井の闇へと身を溶かした。


 ――洞窟の奥から、再び羽音がひとつ、響いた。


 次の瞬間にはもう、誰もその姿を視認できなかった。

あとがき。


今回の洞窟探索では、仲間たちの息の合った戦闘と、

その中で見えてきた“敵の異質さ”が良かったと思います。

ただの獣ではなく、人のように考え、反応する蝙蝠です。


夢ムの光瓶や翠コの詠唱など、それぞれの特技が活かされ、チームとしての動きも次の戦闘でもっと書きたいと思っています。


この洞窟にはまだ“何か”が潜んでいるかもしれません。

次回は、負傷した巨大な蝙蝠との邂逅へと続きます。

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