014 洞窟で出会うのは蝙蝠
洞窟の入口は、幾重にも絡みついた植物のツタに覆われ、外からでは見分けがつかないほど巧妙に隠されていた。
中へ入ると、地面は湿気でじっとりと濡れ、苔が広がり、鼻をつくカビの匂いが漂っている。その中に混じる、油の焦げたような匂いが気になった。
碧ラが手にするランタンも動物油を燃料にしていた。炎を高く掲げると、通路はすぐに二股へ分かれており、その油の匂いは右の通路から濃く漂ってきていた。
「……最近、ここを通った者がいるな」
碧ラは呟き、瑠フィーダに抱えられたル礼ルと、周囲を警戒する仲間たちへ素早く視線を送った。匂いは新しく、つい最近まで火が灯されていた気配がある。避難所のつもりで入ったこの洞窟には、思わぬ先客か、あるいは罠が待っているかもしれなかった。
その時だった。
瑠フィーダの腕に抱えられていたル礼ルの体に変化が起こる。顔にすっと血の気が戻り、触れれば火傷しそうなほどだった熱が、嘘のように引いていったのだ。
「……あれ?」
ル礼ルはぱちりと目を開き、驚いたように周囲を見回した。
「あたし、どうしたんだろ?」
その声は掠れておらず、いつもの弾む声だった。仲間たちは息をのんだまま、彼女を見つめる。
「ル礼ル!」
美カナは堪えきれず、涙まじりの声を上げ、両手で口を押さえた。
「……呪いが解けたのか!?」
碧ラの表情には安堵と驚きが混ざった。だがすぐに冷静さを取り戻し、夢ムへと鋭い視線を向けた。
「夢ム、また外に出たら同じことになるのか?」
夢ムは首を傾げ、のんびりとした声で答えた。
「ん~そうだね。太陽が見ている限りは、またダメかもね~」
「……つまり、呪いが解けたわけじゃないんだな」
碧ラは、その事実を静かに飲み込んだ。呪いが洞窟の闇によって一時的に抑えられているに過ぎないのなら、ここで時間を費やすことはできない。ル礼ルが動ける今こそ、好機と見るべきだった。
「この洞窟を進むぞ。呪いが完全に消えるまで待ってはいられない」
「碧ラお兄ちゃん、ごめんね」
「謝るな。冒険者だろ。俺の横で罠がないか目を光らせてくれ」
その言葉に、ル礼ルは満面の笑顔を浮かべた。そして、すぐに碧ラの隣に立った。
「わかったよ兄ちゃん、でもこんな洞窟は久しぶりだね」
「ああ、そう言えば最近は長旅が多かったからな」
碧ラは皆を振り返って歩き始めたが、ル礼ルには見えないように口元だけに笑みを浮かべていた。
洞窟は二人並ぶのがやっとの狭さだった。罠を警戒しながら進むため、時間がかかる。左右に分かれている通路はどちらも確認してから、進む方向を決めなければならなかった。
「翠コさん、確認にランタンヒトメモリで行く」
「そうね。アオ君の判断に任せるわ。……本当はすぐ左に行きたいんでしょうけど」
「ああ、でも右側の通路に流れる空気が気になるからね。少し行こう」
ランタンヒトメモリとは、約30分で本命の道以外の様子を急いで偵察し、情報を持ち帰る作戦だった。この短い時間で右の通路の安全を確認し、左の通路へ進むための懸念を払拭しようとしていた。
「兄ちゃん、足跡は消した形跡もないし、罠もない。もっと早く歩いていいんじゃない?」
「だが罠だけじゃない。風上にいる俺たちの存在は匂いで気づかれるからな」
「うん、あたし集中したいから十歩前で歩くからね」
碧ラは心配のあまりル礼ルを隣に置いたが、ここでは自分が立てる音が索敵などの邪魔なのはわかっていた。
ランタンの炎がル礼ルの瞳で揺らいでいるのを見て碧ラは小さくうなずいた。
ル礼ルは軽やかに進み、再び分かれ道に差し掛かる。右に入ろうとしたその時、天井から小石が落ちてきた。咄嗟に立ち止まり、皆に下がるよう合図する。
「……天井が崩れる」
進路を左に切り替え、慎重に進む。
しばらくして戻ってきたル礼ルが、小声で碧ラに言った。
「ねえ兄ちゃん、ランタンを置いてついてきて」
碧ラは頷き、足元にランタンを置く。二人は暗闇の中へと進み入った。
暗闇の中で、碧ラが低くつぶやいた。
「……なんだ? 天井から弱い光が、不規則に点いたり消えたりしている……いくつもだ」
「もっと奥まで行ってみる?」
ル礼ルが囁いた直後――。
「ずずず……」
天井から何かを引きずる、異様な音が響き渡った。
「ル礼ル、戻れ!」
碧ラの直感が警告を発した。天井の不規則な光が一斉に消え、引きずる音が倍増していく。二人は慌てて足元のランタンまで駆け戻った。炎に照らされた天井から、無数に落ちて来る紐が見えた。
「……蛇だ」
「わぁ兄貴、すごい数! どうしてこんなに!?」
蛇たちは天井の隙間から獲物と見間違え、群れを成して落下してきた。『シャーッ』と威嚇音を立て、うねる体で通路を覆う。
「瑠フィーダ、蛇の血でも飲むか? どうやら外と繋がっていて、出入りしてるんだろう。……さっきの光もただの外の明かりだ」
碧ラの言葉に皆が安堵するが、蛇の群れはなおも迫っていた。
「お兄ちゃん、逃げよう! 血なんていらないから!」
ル礼ルは鳥肌を立てながら、じりじりと後ずさる。
「翠コさん、この道は使えないな」
「ええ。さっきの分かれ道に鈴罠を仕掛けて、左に進みましょう」
一行は撤退し、翠コは冷静に分かれ道に仕掛けを済ませた。そこで一同は最初の二股の通路で一息の休憩を取った。
何だかんだで一時間ほど経ったのだろう。右の通路の偵察は、進むべき道ではないという収穫があったとはいえ、匂いの主を追う上では時間とランタンの油を浪費したと言える。それを無駄と感じた昔もあったが、今はこうした危険を排除する慎重な探索は、冒険者としては常套手段だった。
碧ラは腰を上げ、皆に告げた。
「休憩はここまでだ。――先へ進むぞ」
あとがき。
14話をお読みいただきありがとうございます。
夢ムの占いで導かれた洞窟は、ル礼ルの呪いを一時的に押さえ込む“避難所”でした。けれども、それは決して安全地帯ではなく、油の匂いが示す先客の影や、落ちてくる無数の蛇が物語るように、この先に待つのはさらなる試練です。
束の間の安堵と、次々に現れる不穏の兆候。仲間たちは緊張を抱えながら、なおも前へと進んでいきます。
次回からは、本格的な洞窟探索が始まります。
いったい誰がここを通り、何を残したのか――。そしてル礼ルの呪いを解く手がかりは見つかるのでしょうか。




