013 沈まぬ太陽の呪い
ル礼ルは泣いているわけでも、開き直っているわけでもなかった。ただ、突然の出来事に呆然と立ち尽くしている――そんな様子だった。
彼女は美カナの手を、しがみつくように強く握っていた。
やがて皆と合流すると、碧ラが事情を尋ねた。ル礼ルは、思い出せる限りを途切れ途切れに話す。
話を聞き終えた碧ラは、彼女の肩にそっと手を置いた。
「危なかったな。次からはもっと気を配るんだぞ」
その温かい声に、ル礼ルは張り詰めていた心を解かれたように、ようやく笑顔を見せ、皆を見回した。
「ル礼ル……」
翠コは言葉を探した。碧ラが優しく諭したのなら、自分は厳しく叱るべきだ――そう思っていた。だが、彼女の頬に触れたとき、自然と安堵の笑みがこぼれてしまい、強い言葉は喉の奥に引っ込んだ。
代わりに出たのは、いつもの決まり文句だった。
「絶対に、目の届く場所より先に行ってはダメよ、ル礼ル」
「はーい」
その短い返事には、もういつものル礼ルが戻っていた。
皆で罠のあった丘を登ると、碧ラはル礼ルが立て直した立標に目を留めた。
文字はすでにかすれていたが、そこには次の立標の方向と、水晶の町までの距離が記されていた。
周囲には、ウサギ人形の残骸以外、他に仕掛けられた罠は見当たらない。
碧ラは状況を確認すると、いつもの調子で指示を出した。
ル礼ルと美カナは次の丘へ斥候に、瑠フィーダは置いてきたロバの元へ。
碧ラと翠コはその場を動こうとした――その時、夢ムが碧ラの背中を軽く叩いた。
「ル礼ルは呪われちゃったね」
碧ラは立ち止まり、振り返った。鋭い視線を夢ムに向ける。
「どういうことだ、夢ム。あの人形のせいか?」
夢ムはいつもの穏やかな顔で、静かに頷いた。
「あれはただの人形じゃなくて、呪いの媒介だね。今はどんな呪いかまでは、わからないよ」
それだけを告げると、夢ムは空を見上げながら、まるで何かを追うようにぴょんぴょん跳ねて行った。
残された碧ラと翠コは、言葉を失ったまま顔を見合わせる。
さっきまで安堵していた気持ちは一瞬で冷え、得体の知れない不安に変わっていった。
二人は重い足取りで、ル礼ルたちの向かった方角へ歩き出した。
それぞれの役割を果たしながら、一行は西へと歩みを進めていた。
目的は変わらない。バードマンの痕跡と、それを追う傭兵団を探し出すことだ。
嵐やウサギ人形の罠がバードマンによるものなら、その一翼はすでにこの先へ進んでいるはず。
一方で、ガオス率いる傭兵団はどこかで足止めを食らっている可能性が高い。
「……あの人形は、ガオスの仕業か? それともバードマンが残した呪いか」
沈黙を破ったのは碧ラだった。声には焦りではなく、冷静な疑念が混じっていた。
翠コは歩を緩めずに答える。
「どちらにせよ、私たちを狙った罠なのは確かね。ドズルの言った『呪い』は、そういう意味で本物だったみたい」
「一翼は、俺たちに遠回りをさせるつもりなのだろう。どのルートを選んでも、この『呪い』は仕掛けられていたみたいだな。嵐の罠に引っ掛かって足止めを食らったのは、ガオスたちに違いない。――なぜ道標まで倒した? しかし最短ルートにも不気味な足止めを仕掛けてきたのは間違いないな」
碧ラは遠くの稜線に視線を投げた。小さく、ル礼ルと美カナの姿が見える。
「夢ムが言っていた『呪い』……あれは一体何を意味しているのだろう」
「ル礼ルたちが、これ以上危険なものに触れなければいいけれど」
翠コの声には隠せない不安が滲んでいた。碧ラは黙って頷き、再び前を向く。
この旅は、もはや単なる追跡ではない。目に見えぬ敵との知恵比べでもあるのだ。
二人は歩調を速め、丘を越えて行った。
***
「ねぇ、美カナちゃん。さっきの丘から少し来ただけなのに、丘が低く少なくなったね」
「そうだね。意外と早く丘陵地を抜けられそうだよ。一度、みんなの所へ戻ろうか」
「うん、そうしようっか」
ル礼ルは小首をかしげた。
夕方になれば丘陵地を抜けるだろう――碧ラ兄ちゃんはそう言っていたはずだ。
それなのに、もう出口が見えてきた。珍しく予想を外したのかな? そんなことを思いながら、彼女は空を仰いだ。
……まぶしい。
太陽の位置が高すぎる。
さっき見た時はもっと傾いていたはずなのに。おかしい――。
ル礼ルは足を止め、もう一度空を見回した。
西の地平にも太陽。天頂にも太陽。
視線を行き来させていると、めまいに襲われ、足元が揺れた。
「ル礼ル!」
美カナの叫びが遠くで響いた気がした。
次に気づいた時、彼女は仲間たちに囲まれていた。
碧ラはル礼ルの額に触れ、その異常な熱と焦点の定まらぬ瞳を見て取る。
――これが夢ムの言った「呪い」だ。
「太陽が――」
ル礼ルは言いかけて途切れたが、皆はすでに気づいていた。
西の太陽は沈みかけているのに、天頂の太陽はなお燦燦と照りつけ、熱を放ち続けている。
「これが……呪いか」
碧ラは努めて冷静に言葉を吐く。
翠コは水袋を開け、ル礼ルの唇を湿らせてやった。
「大丈夫だ、夢ムが呪いを払う方法を探してくれている。しばらく休んでいろ」
瑠フィーダは布を広げ、棒にかけて影を作る。吹き抜ける風が、少しだけ涼しさを運んできた。
碧ラは美カナに看病を託し、夢ムのもとへ歩み寄った。彼女は丘の上で空を見上げ、手にカードを持ったまま跳ねている。
「夢ム、どうすればいい」
「夢ムは天気予報は得意だよ~。このお天気はずっと続くだろうね~」
淡々とした声は、呪いがすぐには解けないことを示していた。碧ラの胸に焦りが広がる。
「それじゃあ、どうすることもできないのか?」
夢ムは赤い花が咲く小高い丘を指差した。
「あそこに洞窟があるよ。そこならル礼ルは平気だよ」
「……洞窟?」
「でもアオ、これを見て」
夢ムが差し出したカードには、不吉な影が人を襲う絵が描かれていた。
碧ラは即座に思い出す。――あのオーガの時、夢ムが示した警告のカードだ。
「つまり、洞窟には危険が潜んでいる……」
理解はしたが、迷いはなかった。碧ラは静かに頷き、仲間たちへ進路を告げた。
「行こう。ル礼ルを救うためだ」
あとがき。
第13話まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ル礼ルの「呪い」がついに表面化しました。
天頂と西――二つの太陽という異常な現象は、単なる幻覚ではなく、現実に影響を及ぼす力を持つ呪いとして描いています。
仲間たちはそれぞれの役割を果たし、ル礼ルを守ろうとしました。碧ラの冷静な判断、翠コの優しい介抱、美カナの寄り添う力、瑠フィーダの迅速な行動。そして、夢ムはカードで未来を示しつつ、彼女らしい曖昧さで「道」を指し示しました。
そして新たな舞台は「洞窟」。
夢ムが見せた不吉なカードが意味するものは何なのか――そこに待つのは偶然の危険か、それとも呪いの必然か。
次回から、仲間たちは洞窟という閉ざされた空間へと足を踏み入れます。これまでとは違った緊張感をお届けできればと思います。




