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Uncommon ⚔️ Adventurer  作者: イニシ原
一章 丘を越えて
12/20

012 ウサギの人形は呪い?

 嵐の湿った空気は、すでに真上まで昇った太陽が吹き飛ばしていた。


 冒険者たちの足と、荷物を背負ったロバのひづめに固まった泥が残るだけで、いつもと変わらない静かな昼だった。虫の鳴き声、鳥たちのさえずり、そして時折通り抜ける爽やかな風が、平穏な時間を運んで来ていた。


 遠くの丘の上には、ぽつんと佇むル礼ルと美カナの姿があった。


「ねえ、ねえ、美カナちゃん。あれが居留地なのかな?」


 ル礼ルが首を傾げて尋ねた。


「広場に馬車が四台あるだけに見えるけど……あれで合ってるのかな」


「うーん、壁とか嵐で飛んでっちゃったんじゃない? とにかく兄ちゃんに合図して」


「はーい! いってくる」


 丘の上に咲く小さな白い花を踏まないように避けながら、ル礼ルはぴょんぴょんと跳ねるように駆けていく。そして、碧ラのいる方へ向かって、大きく手を振って合図を送った。


「……うん『そこで待っていろ』だね。わかったよ、っと」


 戻ってきたル礼ルは、少しがっかりした顔で、美カナに報告した。


「居留地に着いたら、この先は道が三つに分かれてるって聞いたでしょ?当てっこしようよ」


 美カナが目を輝かせる。


「ん?美カナちゃんはさ、どの道を行くと思う?」


「ル礼ルちゃん、もしかして道の特徴をちゃんと覚えてないでしょ?僕はちゃんと聞いてたよ」


 美カナは、いたずらっぽく笑っていった。


「ヒントをあげようか?左の道は馬車に乗った商人が通る道ね。それで徒歩で行く人は真ん中の道かな。そして右の道も水晶の町に繋がっているけど、北に行く道に途中で繋がっているから遠回りだよ」


「え、水晶の町に行くんだっけ?」


「もう、兄ちゃんたちの話を全然聞いてなかったんでしょ」


「えへへ、聞いてたけど忘れただけ! じゃあ、あたしは真ん中の道を選ぶよ。徒歩なんでしょ?」


「僕は左。商人に出会って情報を買うと思うから」


 二人が夢中で当てっこをしていると、背後から優しい声がした。


「二人とも、楽しそうね」


 背後からふわりと声がして、ル礼ルと美カナは同時に振り返った。そこには翠コと夢ムが立っていた。気配に全く気づいていなかった二人は、目を丸くする。


「わ、翠コお姉ちゃん!いつからそこに?」

 ル礼ルが驚いて声を上げると、翠コはふふっと柔らかく笑った。


「碧ラくんと瑠フィーダくんは居留地に向かったけど……あんな様子じゃ寄るのも難しいわね。だから私たちは真っ直ぐ行くわよ、いいわね?」


「はーい!」


 返事をするやいなや、ル礼ルはもう次の丘へと駆け出していった。


「ちょ、ル礼ルずるい!……じゃあ翠コお姉ちゃん、夢ムちゃん、行ってきます!」


 美カナも慌てて声を残し、ル礼ルを追いかけるように丘を下っていった。


 水晶の町へ向かう中央の道は、他の道よりも起伏が激しく、馬車ではとても通れない道だった。徒歩で最短を目指す者が時折選ぶ程度で、普段はほとんど使われない。丘の上に立てられていたはずの立標も、嵐で吹き飛ばされたのか、跡形もなく消えていた。


 あっという間に次の丘へ駆け登ったル礼ルは、立ち止まってあたりを見渡した。

「ねえ、美カナちゃん。道なんてどこにもないよ。次はどっちの丘に行けばいいかな?」


「ちょ、待ってよ、ル礼ル!速すぎだってば!」


 ようやく追いついた美カナは肩で息をしながら、不満を滲ませた顔を向けた。


「ねえ、道が見えないよ。このまま真っ直ぐ行ったほうが、みんなも楽なんじゃない?」


 ル礼ルは待っていたかのように問い返した。


「偵察は丘……」


「ひとつ分だけ」


「でしょ? わかってるよ。でも、あの丘ならもっと先まで見渡せそうだよ。ここにいても仕方ないしさ。近いから……ちょっとだけ見て来るね!」


 美カナの言葉を遮るように、ル礼ルは返事を待たずに再び走り出した。


 見た目以上にその丘は急だった。ル礼ルは足だけではなく、手を使ってよじ登る。「はぁ、はぁ」と、一気に息が切れて苦しくなる。それでも、目標が見える限り、彼女は立ち止まらなかった。


 ようやく頂上にたどり着くと、視界は一気に開けた。どこまでも続く草原、点々と連なる丘の連なり。その景色に、思わず息をのんだ。ル礼ルは深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。


 振り返ると、美カナが丘の途中で立ち止まり、肩を上下させて息を切らしている。そのさらに後ろでは、翠コが手を振り、「戻ってこい」と合図を送っていた。


 ル礼ルが引き返そうとしたその時――


 カサッ、と草の音に混じって、パキッと小枝が折れるような音が響いた。彼女が草をかき分けると、そこには立標が横倒しになり、ツルでウサギが括りつけられていた。


「え……?」


 一瞬驚いたが、よく見るとそれはとてもよくできたウサギの人形だった。

 手を伸ばし、ツルを外して人形を持ち上げる。布製のそれは驚くほど精巧で、汚れも少ない。ル礼ルは興味深そうに、角度を変えながら眺め続けた。


 その時、人形の目がぱちりと開いた。無表情だった顔は険しく歪み、小さな口から鋭い牙が覗いた。


 ウサギ人形は突如暴れ出し、ル礼ルの手に噛みついた。鋭い痛みに思わず手を放すと、人形は地面に落ち、草むらへ飛び込む。そこから「ケケケ」と甲高い笑い声をあげながら、草をかき分け、獣のような速さで彼女の周囲を駆け回った。


「美カナちゃん!」


 ル礼ルは叫びながら丘を駆け下りる。しかし、草むらから飛び出したウサギが彼女の首筋に食らいついた。衝撃で体勢を崩し、そのまま丘を転げ落ちる。ウサギ人形は振り払われ、宙を舞って草に沈んだ。


 丘の中腹で待ち構えていた美カナは、転がり落ちてくるル礼ルを全身で受け止めた。


「ル礼ル!」


 抱きしめ直した瞬間、草むらから影が弾丸のように飛び出す。美カナは迷わず高速詠唱を紡いだ。声は穏やかで美しく、まるで子守唄のようだ。


 《生命の構造を破壊させる接触》


 一見ただ撫でるような仕草。しかし触れられた瞬間、ウサギ人形はボタンの目が割れ、縫い目が裂け、綿が宙に舞い、音もなく細切れとなって消えていった。


「ごめんね……美カナちゃん……」


 ル礼ルは震える声で謝った。顔色は青ざめ、肩も小刻みに震えている。


 美カナはそんな彼女を抱きしめたまま、穏やかな笑みを浮かべた。

「ふふ、大丈夫だよ。僕のところに逃げてきてくれただけで十分」


 そう言うと、再び柔らかな詠唱を口にする。今度は破壊ではなく、癒やしの旋律。


 《傷を閉ざし、痛みを眠らせる》


 温かな光が美カナの手から広がり、ル礼ルの傷口を包み込む。血はすぐに止まり、痛みも薄れ、皮膚はゆっくりと元の滑らかさを取り戻していった。


「ほら、もう大丈夫」


 優しい声に、ル礼ルの強張っていた表情がようやく緩み、胸に顔を埋めるようにして小さく頷いた。

あとがき。


第12話、お疲れ様でした。


一転して穏やかな朝が訪れ、冒険者たちは新たな道を進み始めました。


ル礼ルと美カナ、二人の会話と行動が物語の中心となります。元気で好奇心旺盛なル礼ルと、それを優しく見守りつつ、いざという時には頼りになる美カナでした。


そして、穏やかな日常に突如として現れた、不気味な「ウサギ人形」。

のどかな風景と、その奇妙な存在のコントラストが、物語に新たな不穏な空気をもたらします。


また、美カナの魔法は見どころです。

破壊と癒やし、相反する力を同じ「優しい声」で操る彼女は、まだまだ掘り下げがいのある存在です。今後も彼女の二面性が、物語にどう影響していくのか楽しみにしていてください。

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