011 漆黒の大剣は折れない
「斧だ!ビル、ラゼット、みんなに配れ!」
「へい!ドズル隊長、すぐに!」
蹄が地面を掻く音、馬の悲鳴、そして木が軋む轟音。
枝が鞭のように地面を叩き、馬車を粉砕せんと暴れ狂っていた。
そして――次々とランタンが倒れ、光が消えていった。
「捕まるのを待つな!皆で切り倒せ!」
斧を構える傭兵たちの姿を見て、碧ラは悟った。
――この男たちは、この魔物と戦った経験を持っている。
同時に、自分たちにはその知識も経験もないという弱みを露呈した。
「お前たちも持つか?」
ドズルは答えを待たずに、碧ラへ二本の斧を放った。
今は協力するしかない、という意思表示だった。
碧ラが斧を瑠フィーダに渡そうとしたとき、すでに漆黒の大剣が抜かれていた。
「頼むぞ、枝をかいくぐって本体をやるんだ」
斧を振り上げ、合図を送る。翠コたちにも戦闘開始を告げるシグナルだ。
今残る光源は、辛うじて馬車に掛けられた一本だけ。
暗闇に沈み込む中、傭兵たちは叫び声を上げながら突撃した。
枝を掴み、斧を振るう。だが巨木は枝を振るうだけで、彼らを蹴り飛ばすような衝撃を与える。
一人が枝に捕まった。暗闇へ引きずり込まれ、絶叫が響く。
「くそっ……くそっ……ポキリッ――」
骨が折れる音とともに、声は途切れた。
その時、流れ星のような矢が飛来した。
巨木には棘ほどの痛みしか与えなかったが、矢が放つ光は絶望の中の灯火となり、士気を蘇らせた。
「うおおおっ!」
あちらこちらで雄たけびが聞こえ、士気が蘇る。ひときわ大きな声で瑠フィーダも気合を叫ぶと、傭兵を掴んでいる太い枝に、渾身の力で大剣を振り落とした。
雄叫びと共に、瑠フィーダが巨木を掴む枝に大剣を叩きつけた。
刃は半ばまで喰い込み、抜けなくなった大剣を捻じる。
枝が苦痛にもだえ、パキ、パキと裂け、ついに折れた。
枝に捕らわれた傭兵は意識がないのか、あるいはすでに絶命しているのかわからない。そのまま地面へと転がっていった。
それでも瑠フィーダは休まず、巨木本体へ切りかかり、大剣を何度も叩き込んだ。
硬い表皮が大きく弾け飛んだ――だが、巨木本体から見ればそれは薄皮が剥がれたようなものだった。
それでも瑠フィーダは「うりゃー」と雄たけびを上げ、巨木に大剣を畑を耕す様に何度も叩き込んだ。それに呼応するように、ドズルたちも本体に取りつき、斧を叩き込んでいた。
枝は本体に届きにくい構造をしていたが、それでも巨木は無数の枝で傭兵を掴み、次々と放り投げていく。
碧ラはいまだに距離を保ち、その様子をじっくりと伺っていた。
鋭い指笛を鳴らし、丘から下りてくる翠コたちを静止させると、瑠フィーダにも一度戻るように合図を送った。
「おい、兄貴、どうしたんだよ?」
駆け寄る瑠フィーダに、碧ラは険しく言った。
「何かおかしい。この巨木は傭兵たちだけを狙っている。見てみろ! 俺たちには一本もあの枝が向かってこない!」
「え?気にする余裕はなかったけど、そんな事あるのか?」
碧ラは、すでに瑠フィーダの声すら聞こえない程の思考の深くへと潜って行った。
……このまま逃げれば、俺たちは助かる。
この巨木が自分たちには見向きもせず、傭兵たちだけに襲いかかっている事実は、最も重要なことだった。
このまま逃げれば自分たちの命は助かる。しかし、有益な情報やお宝などと天秤にかけるのが、彼ら冒険者の常だった。
傭兵たちはすでに多くの血を流し、絶望的な顔で斧を振る傭兵たち。
碧ラは、さっきとは違う短く鋭い指笛を吹いた。
「瑠フィーダ、また頼む」
「ああ、だと思ったよ」
碧らの言葉に、瑠フィーダは迷うことなく大樹へと向かっていった。その時、丘の上から巨大な炎の塊がゆるりと大樹へと飛ぶのが見えた。
巨大な炎が、うねる枝の海を越えて大樹の上部にぶつかると、弾けた炎はいくつもの小さな火の玉となり降り注いだ。
まるで巨大な提灯に火が灯るように、夜の闇に浮かび上がった巨木は、燃え盛る無数の火の粉をまとっていた。
「ギィイイイイイ――」
悪魔の悲鳴のような木の声。
炎は傭兵たちがいる場所をも照らし出し、彼らに反撃の機会を与えた。
碧ラも傭兵たちに混ざり、手にした斧で燃え盛る枝を次々と撃ち落としていく。瑠フィーダは、その圧倒的な力で、大樹の枝を全て落とす勢いで駆け回った。
――気がつくと、大樹はもはや動くことはなく、ただ、ギィ、ギィ、ギィといつまでも燃え叫んでいた。
傭兵たちは燃え盛る大樹を囲むようにして、ぐったりと座り込んでいた。
その中ドズルがゆっくりと顔を上げて、碧ラに声を掛けてきた。
「あの丘にいたのは、お前たちの魔法使いじいさんか。あんなでかい火の玉は見たのは初めてだよ。すごかった、礼を伝えておいてくれ」
一呼吸おいて、彼は碧ラを真っ直ぐに見た。
「それと……お前も気づいているだろ。バードマンを追ってるんじゃないのか? 俺たちも、ガオスに雇われていた」
「いた?」碧ラが過去形を鋭く拾う。
「ああ、俺たちはここで帰る。見ての通りだ。それと忠告だ――バードマンを探すなら、俺たちを追い越さないほうがいい」
ドズルは、そう言って燃え盛る大樹をちらりと見た。
「呪いが、追手に降り掛かるようになっているんだ。この木もそうだ、嵐だって不自然だっただろう? 上手い事、罠が仕掛けてあるのさ」
ドズルはそれだけ言うと、温かい炎の前で黙り込んだ。傭兵たちも皆、疲れ果て、座り込んでいた。
あとがき。
第11話、お疲れ様でした。
傭兵団との張り詰めた駆け引きから一転、生きた巨木との激しい戦闘。そして、再び訪れた静寂で終わりにしました、どうでしたか?
碧ラたち冒険者と、ドズル率いる傭兵団は似ているのですが違うのですよね。その対比が出来ていればいいのですが。プロの傭兵である彼らが、知識や経験を使いますが、戦局はどんどん悪くなりました。そこで、完全ではないが安全だと主思った碧ラが再び参戦するのが良かった思います。
ドズルが最後に残した「呪い」という言葉。今後の旅にどうな呪いが降りかかるのか、本当に「バードマン」の呪いなのでしょか?
新たな謎と困難が待ち受ける、次なる物語にご期待ください。




