010 嵐を招いた者は……
ビューッと唸る風が、すべてを吹き飛ばそうと雨と共に小屋へ襲いかかっていた。
村長の家は必死に耐えていたが、いくつもの小屋が雨と風の鋭い爪に切り裂かれ、壊されていく。
避難してきた人々は、不安に満ちた顔で碧ラたちと身を寄せ合っていた。
一度外の様子を確かめに出た碧ラは、まるで水上に浮かぶ板の上に立たされているかのような錯覚を覚えた。
「このまま続けば、この家だって持たないだろう」
小声でつぶやく碧ラ。その背中を、翠コがパンと叩いた。
諦めているのか、それとも夢ムを信じているのか、いつもの調子で彼女は言う。
「夢ムちゃんが“ここにいれば平気”って言ったんでしょ。アオ君が悩んでも仕方ないわよ。それより、これからの予定を考えないと」
瑠フィーダは、普段あまり一緒に過ごすことのない夢ムの隣に座り、嵐のことを尋ねてみた。
「この雨……いつまで続くんだ?」
「どうやら~雨はすぐ止むみたいだよ~」
夢ムはのんびりした口調で答える。
「占い魔法でそんなことまでわかるのか? もしかして、なんでも見通せるのか?」
「夢ムが天気のこと好きなだけ~。だから嵐も、ちょっと好きだよ~」
「……そうか」
掴みどころのない感性に、会話はそこで途切れた。
夢ムは何も言わず、ル礼ルと美カナのいる場所へ歩いていく。
瑠フィーダは自然と碧ラと翠コのもとへ戻り、二人が立てるこれからの予定に耳を傾けた。
――夢ムの言った通り、雨はやがて止んだ。しかし、強風だけは真夜中まで荒れ狂い、村人たちは不安で一睡もできなかった。
それでも碧ラたち冒険者は、眠れぬほどの嵐の最中でも、しっかりと休息を取る術を心得ていた。
「コラウダ村長、我々はもう出発します。本当に世話になりました」
外の様子を何度も確かめていた碧ラが決断したのは、風がようやく弱まったかどうかという真夜中のことだった。
村長は引き止めたが、碧ラは丁寧に断り、仲間たちはすぐに旅支度を整えた。
起きていた村人たちと村長は、安全を祈るように灰を振りかけながら、不思議なまじないを唱えて見送ってくれた。
最後に村の入り口でモウクと顔を合わせる。
「もしお前たちが来なければ、もっとひどいことになっていただろう」
彼の言葉が感謝から出たものだとわかっても、碧ラは否定せずにただ頷いた。
別れの挨拶を交わした最後に、モウクは小さな声で「ありがとう」と告げた。その声は、風に消えるほどの微かなものだった。
――夜の道を進むランタンが揺れるたび、地面に映るみんなの影が不気味に踊った。
雲が流れて星空が覗くと、空からは風の音だけが響き、地表にはようやく静けさが戻りつつあった。
「とりあえず居留地《商いの鐘》へ向かおう」
碧ラが切り出した。
「バードマンが立ち寄ることはないだろうが、一人の旅人は意外と珍しい。見かけた者がいるかもしれない」
「でも兄貴、この嵐で流されちまってる可能性もあるんじゃねえの?」
瑠フィーダが冗談めかして笑った。
「居留地は低地に作られていたから、その可能性もあるな」
碧ラは小さく頷き返した。
その時、瑠フィーダが耳を澄ませて目を細めた。
「ん? 兄貴、あっちから人の声がしねえか?」
確かに風上から、複数人のざわめきが届いていた。
「ちょっと俺が見てくる。ここで待っててくれ」
そう言うと、瑠フィーダはランタンを碧ラに手渡し、暗闇の中へ姿を消した。
小高い丘を登った先は、昼間のように明るかった。
いくつものランタンに照らされる光の中で、大勢の人々が泥にはまった馬車を必死に引き上げている。
(商人か? いや、盗賊だとしたら面倒だな……)
碧ラから教わった「商人の旗」は見当たらない。だが、この嵐で飛ばされていてもおかしくはない。泥にまみれた格好では、身なりから判断することもできなかった。
見なかったことにして進路を変えるか――。
それとも、もし彼らが商人なら情報を得られるかもしれない。だが盗賊なら……。
瑠フィーダは逡巡したが、考えても答えは出ないと判断し、仲間のもとへ引き返した。
「そうか。それなら大丈夫だろう」
瑠フィーダの報告を聞きながら、碧ラは静かに頷いた。
「わざわざあれほどのランタンを焚いているのは、近くに仲間の商人がいるからか、あるいはそう見せかけたいからだ」
「でも兄貴、罠の可能性だってあるぜ?」
「確かにな。盗賊がそんな手間をかけないとも限らない。だが、いずれにせよ新しい情報は必要だ。その時は頼んだぞ」
碧ラと瑠フィーダは視線を交わし、うなずき合った。
そしていつものように、他の仲間は後方待機のまま、二人だけで様子を見に向かう。
「やあ!」
碧ラは声をかけながら、あえてゆっくりと近づいた。敵意がないことを示すためだ。
互いの顔がはっきり見える距離まで歩み寄ったところで、碧ラは腕を伸ばして瑠フィーダを制した。
そこにいたのは、商人ではなかった。
彼らは鍛え抜かれた体を持ち、武器を使い慣れた冒険者か傭兵の類だった。
泥にまみれ、疲労の色を浮かべながらも、立ち居振る舞いには洗練された気配がある。
盗賊ではない――そう直感させる雰囲気だった。
緊張が場を支配する。
「君たち、冒険者のようだが……二人だけなのか?」
周囲より落ち着いた雰囲気の男が、探るような目つきで問いかけてきた。
「いや、俺たちは六人パーティーだ。このぬかるみで他の連中が遅れているだけだ」
碧ラは本当のことを、あえて隠さず告げた。
「そうか。俺たちも同じさ。先行部隊を合わせれば二十人はいるが、見ての通り足止めを食らっている。今、救援を呼びに行かせているところだ」
男の言葉には苦々しさが滲んでいた。
嘘を見抜く魔法が存在するこの世界では、真実を語りながら相手の核心を引き出すのが、もっとも確実な交渉術であった。
碧ラは冷静に状況を観察した。
馬車の車軸は細すぎる。これ以上大勢で押せば、折れてしまうだろう。
「君たち、長くて丈夫な柱のようなものは持っていないか? それがあればテコを使えるんだが……この西地区には木が少なくて困るな」
碧ラの言葉がきっかけになったのか、瑠フィーダが丘の上を指しながら、
「木、木……!」
彼は丘の上を指さし、声を震わせながら碧ラの頭を軽く叩いた。
皆が一斉にその方向を見やると――そこには一本の巨木のシルエットがあった。
「……木があるじゃないか」
誰かがつぶやいた瞬間。
うねうねと枝が蠢き出した。
次の瞬間、巨木は大地を揺らす轟音と共に動き出し、ものすごい速さで丘を駆け下りてきたのだ。
「う、動いてる!?」
地面を裂いて伸びる巨大な根が、泥を巻き上げ、地面そのものを引き裂いていく。
枝は鞭のようにしなり、暴風を生むほどの勢いで振り回された。
人々は、思わず後ずさった。
「なんだと……ただの木じゃない……!」
幹全体が軋みを上げながら傾き、まるで生き物のように周囲を威嚇する。
巨木は、怒り狂った獣のように暴れ出し、彼らへと迫ってきた。
あとがき。
これまでの強行軍から一転、嵐による足止めという予期せぬ出来事から始まったこの章でも、碧ラたちの冷静な判断力と、仲間たちとの信頼関係が描かれたと思います。特に、嘘を見抜く魔法が存在する世界での情報戦は難しいです。
そして、物語は新たな局面を迎えました。探していた「バードマン」ではなく、まさかの「生きた巨木」の登場です。傭兵団との戦闘を予想していた読者を裏切る、展開だったのではないでしょうか。
この巨木はどこから来たのか?それとも何か意味があるのか?そして、この出会いが彼らの旅にどう影響するのか?




