2-9 魔法の本質
2-9 魔法の本質
決闘の翌日、私は仕事終わりにオーリスの元を訪れた。
魔石と魔法について、話がしたかった。
月明かりしかない丘の上。オーリスは上機嫌で私を迎えた。
「魔石を飲み込んで一週間で発動とは、想像以上だ。……素晴らしい」
低く響くその声が、静かに夜の空気を震わせる。
私はそっと、疑問を口にした。
「……あれは、どんな魔法なのですか?」
「ふむ。本来なら知識は交換で得るものだが……
まあ、昨日見せてもらった魔法と交換ということにしようか。特別だ。
毎回教えてもらえるとは思わないことだな」
オーリスは細めた目でこちらを見つめ、威嚇するように笑った。
老いた龍の瞳には、どこか遠い記憶のような、赤い光が揺れている。
「朱色の魔法だな。
対象の身体能力を底上げする系統だよ。
君の魔法の本質の一部が、ようやく動き始めたようだ」
私は無意識に、自分の手のひらを見つめる。
あの日、石はじわじわと手の中に吸い込まれていった。
今ではもう、どこにも見当たらない。
けれど、身体の奥に、何かが巡っている感覚がある。
「一つ、覚えておけ。君の魔法は、感情と意志に深く結びついている」
「……意志、ですか?」
「そうだ。魔法の発動には、意志の力が必要だ。
その意志を明確にするために、清空は紐を使い、白羽は手を開くという動作をして、自分を操作している。
君も、君なりの“操作方法”を見つけるといい」
オーリスは少し間を置いてから続けた。
「昨日は三人──白羽、陽仁、そして桂馬に力をかけたな。
白羽と陽仁にはほぼ均等に1.75倍ほどの身体強化がかかったが、
桂馬は少し効果が弱かったかもしれん。」
「そんなに……?」
「初回にしては上出来だ。だが──」
言葉の調子がわずかに変わる。
「この先、どう成長するかは君次第だ。私はこれ以上は教えん。
特性の検証も、使い方の工夫も、自分で試すことだ。
力とは、そうして手に入れるものだよ」
私は頷いた。
頼れる者はいない──だが、それが当然なのかもしれない。
「……なぜ、私に魔石を?」
オーリスは短く、喉の奥で笑った。
「長らく持ち歩いていただけの、ただの道具だよ。
だが──君に渡せば最も利益が大きいと、そう判断した」
「利益?」
「そうだ。君が強くなれば、村も龍も守られる。
それが巡り巡って、私の益となる。
君は、いずれ“決断”しなければならない時が来るだろう。
その時まで、私は待つつもりだ。
……もっとも、君が何を選ぶかまでは、強制するつもりはないがな」
それだけ言うと、オーリスは寝床の方へ向かい、背を向けた。
「今日は帰るといい。魔法の訓練は始まったばかりだ。
人間には、休息も必要だろう」
あれから、私は仕事の合間を縫って、少しずつ自分の魔法の性質を確かめるようになった。
清空やアズールだけでなく、白羽、陽仁、桂馬にも協力を頼み、再び魔法をかけてみる。
何度も繰り返すうちに、目視できる範囲にいる相手に、“名前”を強く意識すると魔法が通じやすいことに気づいた。
また、一人だけにかけるよりも、複数──それも多ければ多いほど、全体の能力はより大きく上がるようだった。
稲刈りの季節、村の長に許可をとり、高台から見下ろす形で村人たちに魔法をかけてみた。
名前を知っている人数が増えるにつれ、効果も明らかに増していった。
……ただ、後から話を聞くと「ちょっと疲れやすかった」とのことだった。
どうやら、力の持続時間や反動は、状況や人数によって変化するらしい。
(……この力は、“短期決戦”向きかもしれない)
突発的な戦闘や、緊急時の逃走──
そういった一瞬の爆発力が求められる場面で、最も効果を発揮する感触があった。
だが龍たちに対しては、私の魔法はまた違った性質を見せた。
アズール、ルスカ、そしてオーリス。
彼らにも魔法はかかるが、“名前”ではなく、どうやら私に対しての“心の開き方”が影響しているようだった。
アズールのように完全に受け入れてくれる龍には、明確に力が届く。
普段から距離感を保つルスカには、少し弱い。
それぞれ、約四倍と二倍というところだろうか。
オーリスは冷静な観察者であるがゆえに、約一・五倍だった。
オーリスはこの結果を聞いて、低く笑った。
「アズールが珍しいのだよ。
自身に他者の魔法が混ざることに拒否を示さぬ龍などいない。
想定以上に喜ばしい結果だ。アズールにとって君は、得難い宝になるだろう」
そして続けて言った。
「朱色の力だけではない、色が君の中に見える。
未だ発動はしていないが、君の中にあるものだ。
時が来れば、自然と形を取るだろう」
魔石は、もう私の一部になった。
意志と感情に応じて、魔法は色を変え、力を変える。
魔法は、私の感情に応じて“誰か”を動かす。
どこまでできるのか。どこまで進めるのか。
それを知るためにも、私はこの力と向き合い続けるしかない。
──君は、いずれ“決断”しなければならない。
──その時まで、私は待つ。
オーリスの言葉が脳裏に響く。
胸の奥で、朱い力が静かに熱を帯びていた。