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真夜中の図書館  作者: Nab
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第四章:変化の連鎖



朝の授業が始まる前、美玲は教室に着くと、いつもより早く席に着いた。今日は健太郎に話しかけるつもりだった。彼が教室に入ってくるのを見て、美玲は少し緊張した。


健太郎は静かに入ってきて、いつもの後ろの席に向かおうとしていた。


「あの、山田くん」美玲は声をかけた。「ここ、空いてるよ」


健太郎は驚いたように美玲を見た。少し戸惑った表情を浮かべながらも、彼は美玲の隣の席に座った。


「おはよう」美玲は笑顔で言った。


「お、おはよう」健太郎は緊張した様子で答えた。


「前回の文学レポート、すごく良かったよ」美玲は図書館で読んだ通りに話した。「夏目漱石の『こころ』の解釈が新鮮だった」


健太郎の目が驚きで見開かれた。「読んだの?でも、どうして?」


「教授が優秀なレポートとして回覧してたの。私、あなたの視点に感動したんだ」


これは嘘だった。しかし、健太郎の物語を変えるために必要なことだと美玲は思った。


「そんな…」健太郎は顔を赤らめた。「大したことないよ」


「謙遜しないで。あなた、文学の才能あると思う」美玲は続けた。「他にどんな本読んでるの?」


健太郎は少しずつリラックスしてきた。彼は最近読んだ村上春樹の小説について話し始め、そして自分の解釈を少し恥ずかしそうに語った。


美玲は彼の話に真剣に耳を傾けた。健太郎の目が輝き始めるのを見て、心が温かくなった。図書館での変更が現実になったのだ。


授業が終わると、健太郎は美玲に小さな声で言った。「話を聞いてくれてありがとう。実は最近、大学辞めようかと思ってたんだ」


「え、どうして?」美玲は知っていながら尋ねた。


「自分には向いてないんじゃないかって…でも、今日話せて少し自信が持てたよ」


美玲は嬉しさを感じた。「またいつでも話そう。私も文学について語れる友達が欲しかったんだ」


健太郎は照れくさそうに笑った。「じゃあ、また」


別れた後、美玲はスマートフォンを見た。母からのメッセージがあった。


「小説を読んでくれてありがとう。あなたの意見が聞けて嬉しかったわ。実は今度、小さな文芸誌に投稿してみようと思うの」


これも変化の結果だった。母は長年の夢に向かって一歩踏み出そうとしていた。


「頑張って、応援してるよ」美玲は返信した。


しかし、午後になると、美玲は激しい頭痛に襲われた。授業中、視界がぼやけ、集中できなくなった。


「大丈夫?顔色悪いよ」マリが心配そうに言った。


「ちょっと頭が…」美玲は額を押さえた。


「保健室行こうよ」


美玲は首を振った。「大丈夫、ありがとう」


しかし、頭痛は一日中続いた。さらに、なぜか左手の小指が痺れたような感覚があった。


「これが代償…?」美玲は考えた。


その夜、美玲は再び真夜中の図書館に向かった。入口に着くと、すでに老人が待っていた。


「お帰りなさい」老人は穏やかに迎えた。「変化は見られましたか?」


「ええ」美玲は頷いた。「健太郎さんと話せたし、母も小説を投稿しようとしています」


「素晴らしい」老人は微笑んだが、すぐに美玲の様子に気づいた。「しかし、あなたは具合が悪そうですね」


「頭痛と、左手の痺れがあります」美玲は正直に答えた。「これが代償ですか?」


「その通りです」老人は頷いた。「小さな変化でも、二人の人生に関わったので、代償も少し大きくなりました」


「どのくらい続くんですか?」


「一日か二日でしょう」老人は慰めるように言った。「心配しないでください」


美玲は安心した。一時的なものならば耐えられる。


「今夜は何をなさいますか?」老人が尋ねた。


「自分の本を読みたいです」美玲は決意を固めた。「自分の将来について知りたいんです」


老人は黙って中央のカウンターへと美玲を導いた。そこには「佐藤美玲の物語」が置かれていた。


美玲は本を開き、自分の過去を読んだ。幼少期の記憶、学校での出来事、そして大学に入ってからの日々。すべてが正確に記録されていた。


最新のページには、図書館での出来事と、今日の健太郎との会話、母との電話が書かれていた。しかし、その先のページは依然として白紙だった。


「やっぱり将来は書かれていないんですね」美玲は少し残念そうに言った。


「未来は選択によって形作られます」老人は哲学的に答えた。「しかし、可能性を垣間見ることはできます」


「どうやって?」


老人は本を指さした。「最後のページに質問を書いてみてください」


美玲はペンを取り、白紙のページに書いた。

『私は将来、幸せになれますか?』


文字が書かれると、不思議なことに、インクが広がり始め、様々な映像が浮かび上がった。美玲の笑顔、知らない男性との会話、海外の街並み、大きな本屋の中で本を手に取る美玲。そして、一人で部屋に座り、悲しげな表情を浮かべる姿も。


「これは…」


「可能性の断片です」老人は説明した。「あなたの選択次第で、どれも実現する可能性があります。しかし、確定したものではありません」


映像は徐々に消え、ページは再び白紙に戻った。


「もっと具体的なことは知れないんですか?」美玲は尋ねた。


「運命を先回りして知ることは危険です」老人は真剣な表情で言った。「それがこの図書館の掟です」


美玲は納得せざるを得なかった。そのとき、彼女は別の疑問を思いついた。


「他人の物語を変えると、自分の物語も変わりますか?」


「鋭い質問です」老人は感心したように頷いた。「はい、すべての物語は繋がっています。一つを変えれば、他にも波紋が広がります」


「じゃあ、こんなに多くの本を変える力があるなら、私は特別なんですか?」


老人は静かに微笑んだ。「あなたは選ばれた『読者』です。世界には数人しかいません」


「読者?」


「物語を読み、時に書き換える者です」老人は説明した。「しかし、すべての読者にはその人だけの理由があります」


「私の理由は?」


老人は首を横に振った。「それは自分で見つけることです」


美玲は考え込んだ。なぜ自分が選ばれたのか。そして、この力をどう使うべきか。


思考に耽っていると、ふと本棚の奥で動くものが見えた。人影だった。


「誰かいますか?」美玲は声をかけた。


老人は平然としていた。「ああ、もう一人の訪問者です」


「他にも来る人がいるんですか?」美玲は驚いた。


「時々です」老人は答えた。「夜が違えば、訪問者も違います」


美玲は好奇心に駆られて、その方向に歩き出した。本棚の間を進むと、一人の男性が本を読んでいるのが見えた。


年齢は30代半ばといったところだろうか。眼鏡をかけ、シャツにジーンズという普通の格好だが、どこか異国的な雰囲気を持っていた。


男性は美玲に気づくと、驚いたように本を閉じた。


「こんばんは」彼は日本語で挨拶した。少し訛りがある。


「こんばんは」美玲は返した。「あなたも…読者ですか?」


男性は微笑んだ。「ええ、そうです。私の名前はマイケルと言います」


「佐藤美玲です」


「日本人の読者に会えるとは思いませんでした」マイケルは興味深そうに言った。「私はアメリカから来ました。東京で英語を教えています」


「いつからここに来てるんですか?」美玲は尋ねた。


「三年ほど前からです」マイケルは答えた。「最初は混乱しましたが、今では使命だと思っています」


「使命…」美玲はその言葉を反芻した。


「あなたはまだ始まったばかりなんですね」マイケルは理解を示した。「最初は難しいですよ。どの物語を変えるべきか、どれほどの代償を払うべきか…」


「教えてください」美玲は切実に言った。「この力をどう使うべきなんでしょうか」


マイケルは少し考えた。「それは人それぞれです。私は人々を救うために使っています。病気の子どもたち、事故に遭いそうな人々…」


「病気も治せるんですか?」美玲は驚いた。


「限界はありますが、可能です」マイケルは慎重に言った。「しかし、代償は大きい。私の場合…」


彼は袖をまくり上げた。左腕に大きな傷痕があった。


「これは子どもの命を救った代償です」マイケルは静かに言った。「価値はありました」


美玲は息を呑んだ。「そんな大きな代償も…」


「すべては選択です」マイケルは優しく言った。「しかし、ひとつだけ警告します。読者には誘惑があります。自分の人生を完璧にしようとする誘惑です。それだけは避けてください」


「なぜですか?」


「自分の物語を直接変えると、最も大きな代償が求められます」マイケルは真剣な表情で言った。「自分を変えようとした読者たちは、悲惨な結末を迎えました」


美玲は驚いて老人を見た。老人は静かに頷いた。


「その通りです」老人は確認した。「自分の物語は自分の選択で変えるべきです。ペンではなく、行動で」


美玲は理解した。この力には責任が伴う。そして限界もある。


「もう時間です」老人が時計を指さした。午前4時45分を指していた。


「また会えますか?」美玲はマイケルに尋ねた。


「おそらく」マイケルは微笑んだ。「読者同士、いつか道は交わります」


美玲とマイケルは別れを告げ、美玲は出口へと向かった。振り返ると、図書館が徐々に元の廃墟に戻っていくのが見えた。


外の冷たい空気が美玲を包み込んだ。頭痛はまだあったが、なぜか気持ちは軽かった。


他の読者がいること、この力に目的があることを知って、美玲は少し安心した。しかし同時に、大きな責任も感じていた。


アパートに戻り、眠りにつく前に、美玲は決意した。この力を慎重に、しかし効果的に使おう。人々を助けるために。


しかし、マイケルの警告が頭から離れなかった。自分の物語を変えようとした読者たちは、どんな悲惨な結末を迎えたのだろうか。

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