百味国の美魔女
「お前か、私の大切なアマイーナを虐める義姉というのは!」
「……は?」
往来のど真ん中で、突然見知らぬ男に怒鳴りつけられ、私は瞬きを繰り返すしかなかった。
「たった今、ショッパーイー家の馬車から降りてきたのを見ていたぞ!お前の義妹のアマイーナ・ショッパーイーから聞いている!彼女の父親が、どこの者ともしれん女と子供を連れ込んで以来、アマイーナと彼女の母親は、虐め抜かれた上に本家から追い出されたとな!後妻と連れ子が大きな顔をして本家でのさばっている、と。可哀想にアマイーナは、泣き暮らしているのだぞ!」
……えーと。
「まずは、どちら様ですか?」
私の返答に、相手はかえって激昂した。
「俺を知らんとは!ニガリンガ・マズイーノーだ、貴様のような悪女でも知っているだろう!」
いや、知らんなぁ。全く。
「存じ上げずに申し訳ございませんが、アマイーナさんとのご関係は?」
「かっ、関係!?俺は、かっ彼女の、こっこっこっ、恋人だっ!」
「……婚約者様ではなく?」
「……すっ、すぐにそうなる!とにかく!俺の忠告をしっかり聞いて、すぐにショッパーイー家を出て行くんだ、いいな!」
……うん。私がショッパーイー家の者と分かった上で怒鳴りつけてくるということは、家格が上のお坊ちゃんだろうと踏んで丁寧に対応していたけど、この感じならやっちまおうと思います。
「あのですね。まずは、アマイーナさんは私の義妹ではありません」
「またそのようにアマイーナの優しい心を踏み躙るようなことを……」
言い募る彼を私はさえぎった。付き合ってらんないのだ。
「言うなれば私は、義姉ではなくアマイーナさんの母親といったところでしょうか」
そう言った時のニガリンガくんの顔は、ちょっとした見ものだった。
「とは言ってもですね。義理の娘と言えなくはないですが、アマイーナさんのお母さまと私の夫のショッパルーパは随分昔に離婚してますし、私がショッパルーパと再婚したのは最近のことですから、アマイーナさんのことは名前を知っている程度なのです」
「は、ははは、母親!?」
人の話は聞けや。
「ですから会ったこともないアマイーナさんを、虐めるだの追い出すだのはできないんですよ。改めて名乗らせていただきます、私、ショッパルーパの妻の、スッパイーチェ・ショッパーイーでございます」
聞こえてるかな?私の顔を呆然と見てるけど。
「もしもし?大丈夫ですか?一応お断りしておきますが、私の実の娘のウマミリニャも私の再婚前に他国へ嫁に行きましたので、そちらも人違いです」
ダメだ、完全に魂が抜けた顔してる。
「いったい何事かな?」
「あら、あなた」
待ち合わせをしていたレストランから、夫のショッパルーパが姿を見せた。今日もステキ。好き。
「君が馬車から降りてきたのが見えたのに、ちっとも店に入ってこないから待ちきれずに出てきてしまったよ」
「それが……、実はかくかくしかじかで……」
事情を聞いた夫は、複雑な表情でニガミンガ坊やを見下ろした。怒っているのが半分、面白がっているのが半分といったところだ。
「ニガリンガ・マズイーノーくんですかな。君のおウワサは、かねがね。ところでこちらの女性、スッパイーチェは確かに私の妻でしてね。お父上のマズイーノー氏には正式に抗議させていただきますよ。大切な妻がこんな街中で侮辱されたってね。それと」
夫は口もきけない様子のニガリンガくんに歩み寄り、耳元で囁いた。
「私の元妻のフーミラには気に入りの役者がいて、不貞を働いたので離婚したのですよ。アマイーナはフーミラとその役者との子だ。アレらにはショッパーイーの名を名乗ることも許してはいない。少しでも調べればすぐにわかることだ」
地面に崩れ落ちたニガリンガくんを、夫は冷ややかに見下ろしていたが、後ろに控えていた執事のショッカンを振り返ると、「お宅まで送って差し上げろ、あちらには事情をしっかり伝えてくれ。後ほど私から書状を差し上げるというのも忘れずに」と命じた。ショッカンはうやうやしく頷くとニガミンガくんを抱えて我が家の馬車に押し込んだ。
「さて、我々はゆっくりと食事を楽しもうじゃないか」
私の肩を抱くと、夫はとびきりの笑顔で言った。眩しい。好き。
私は娘を嫁にやった現在でも童顔だ。夫は私のことを「愛らしくていいではないか」と言って愛でてくれるけれども、私は年相応の装いをしてるし、既婚者の印の指輪だってしている。ニガミンガ坊やは、童顔とはいえ私をアマイーナさんの義姉だと思い込むなんて、目が悪いのかな?頭かな?
若い娘と間違えられれば悪い気はしないけど、よくない噂のあるアマイーナさんの言うことを、調べもせず盲信するような坊やの思い込みだ。素直に喜べるはずもない。
あの後、アマイーナさんは「私はそんなこと言っていない、全てニガミンガが妄想して暴走したのだ」と主張したそうだが、誰も信じなかった。
だがなんと、彼女は詐欺容疑で逮捕された後、罰として社会奉仕を言い渡されたのだが、その一環として慰問が専門の劇団で出演しているらしいのだ。取調官やニガミンガ坊やに対する演技力を買われたんだとか。本人の顛末を劇にしているのに、彼女は醜聞もどこ吹く風、平然と本人役をしているそうだ。人気が出て一般公開されたら、その皮の厚い面を見に行ってやろうと思う。
二ガミンガ坊やはあの後、父親のマズイーノー氏に殴られて顔を腫らした結果、「街中で自分の親の歳ほどのスッパイーチェ様に言い寄り、夫のショッパルーパ・ショッパーイー様にボコられたらしい」「マザコンが高じて自分の倍以上の年齢の女性しか愛せないらしい」などの噂をたてられ、次々と熟女からのお誘いを受け逃げ回っているとか。人生経験を積んでもらいたいものだ。全ては、私を娘と間違えたところから始まったのだから。
「女を見る目がまだまだですわね、おぼっちゃま」
私はゴシップ紙を置くと呟いた。そんなこと、アマイーナさんに引っかかっている時点で明白だったか。
お粗末様でした。この後、スッパイーチェとショッパルーパーの間には、ミライとカラミという双子が生まれる、かもしれない。最後までお読みいただき、ありがとうございました。