五
五
サッと音を立てると、風は二手に分かれて、砂煙を巻いて、大地を舞って、真っ赤なひざ掛けに吹きつける。ざらつく霧をくぐり抜けて宙を舞うように、疾走する人力車が停留所に乗りつけた。座席でひざ掛けに包まれた女は、深くうつむいている。
もうひと筋の風は、ガラガラと小石を崩す急流のように、お桐の裾を吹き払ってぶるぶると震わせ、たおやかな姿態にまといつくと、生え際を乱して、眉をかすめたおくれ毛が、今度はしなって意地悪く耳たぶにかかる。ぎゅっと袖を引き合わせながら、吹きつける風のほうに顔を向けて、凜と見開いた瞳は、そのときひときわ清々しかった。
袖も裾も、その身体にぴったりと張りついて、身八ツ口からは白い襦袢が覗き、友禅染の絵柄も切り裂かれたかのように見える。そんな風に吹かれながら、
「ちょっと……」
と清之助に呼びかける。……向こう風のなかで声をかすらせながら、じりじりと彼に肩を寄せた。
京都では以前から、星のしずくが霙になるような厳しい冷え込みはあるにせよ、こんな突風が吹くことはなかったはず。しかも今日の日中は、四条も三条も電車道もすっかり凪いでいて、天守から鶴が飛び立つ瑞兆が見られそうな空模様だったのに。――
清之助は、あらゆるものが強風にさらされたこの光景を見るにつけ、心が痛むばかりだった。というのも、江戸の名物のからっ風を自分が連れてきて、この地にぶちまけて迷惑をかけているのではないかという気がしたからである。そんななかで呼びかけられて、これはおそらく苦痛を訴えられるのだろうとぎょっとしていると、お桐は彼の耳もとに口を近づけて、
「言うてみましょかな、ほほほ」
と、にっこりする。埃にめげることなくほころびた唇は、焼け野原に咲く一輪の紅梅である。
「今の、フナ売りな」
「ああ」
「鬼……にそっくりえ」
「まったく」
向かい風に逆らってぐいっと前に進むために、身体に力を込めていた清之助は、そう言われてお桐の顔を見た。先ほどふと気づいた彼女の目もとの翳りは、どうやらよりいっそう濃くなった気がする。
「私な、恥ずかしおしたえ」
と言いながら、堪えられないといったふうに上まぶたを伏せて、
「あなたはん、強うご迷惑どすな、私のようなもんといしょに歩かはって」
と、真っ白な指の先で、襟巻の襟もとを寄せ合わせた。
「とんでもないことを言うね」
と言ったきり、目や口にぶつかる砂のせいで、清之助はろくに口もきけないでいる。それからしばらくの間は、二人はただ広野のなかを歩いているかのようで、往き交う人々の姿も目に入らなかった。青い空が動かないのと同じように、風が吹いてもびくともしない青い停車場が左手に見えたときは、京都とはいえど、やはり同じ人間の暮らす街だなと感じられた。けれどもこの風が吹いていく先には、きれいな水が流れる、寂と静まりかえっているのだろう、神秘的な嵯峨野の風景があるのである。……
しばらく歩くと、片方だけに家並みが並ぶ、いわゆる片側町の通りにさしかかる。もう片方は寺の墓地で、まばらな垣根は風を吹き抜けさせるばかりだが、向こうに見える一軒の石屋が、その風を受けとめていそうで頼もしく思える。
ここまで来ると、ぞろぞろと人が湧いて、頭も足もくらくらする。……襟もとに手拭いをひっかけて、酔っているのか寒いのか、赤い顔をして、白木綿の着物を尻ばしょりして行く婆さんの姿が、まるで野遊びの行楽に出かけるようで、のどかに見える。
「くたびれはしないかい」
「私のことだっか」
「ちょっと足もともふらついているようだし」
「あんたもな。私やかて、そない弱虫やおへんえ。あのな、箱根のな、坂を登ったこともありましたえ」
「ああ、箱根に行ったのか。それは初耳だ」
「東京へ行く言うて、お客はんに連れられて行ったえ。汽車が長う長うおすやろ。よう寝られしいへん。具合が悪うなったよって、途中で下りて。そのときだっせ……箱根に着くと、すぐな、その夜から患ろうてな、起きることもどうすることもなりへんやろ。連れのお客はんはな、東京に用があるのどす。私ひとり置いて、さっさと去なはった。
京都へ電報を打て言やはったけれど、私な、一人でいるほうが気安いよって」
と、ちょっと軽い咳をする。……持ち上げた袖の振りから覗いた襦袢の白さが寂しかった。