十三
十三
「かわいそうなことではあるが、あの娘たちが悪いんじゃない。昔からのしきたりで、自分たちの稼業を立派だ、偉いことなんだと思っているから、あんな姿を人目にさらすことを恥ずかしいとも思わないんだろう。ああいう場所に座らせられたら、東京の芸者はうつむきます。みんな、ちょっと気が引けるって思うもんです。今どきはどこの地方に行っても、芸者の仕事が恥ずかしいなんて自分から思う者もいないと思うが、それでも昔からの立場を引き継いで、誰に強いられることなく自然に卑下するのが奥ゆかしいのさ。世の中から槍衾を立てられているという気持ちになって、穂先を握って見得を切る思いでいてこそ、商売人は奮い立ち、身体もきりりと、気も意地を持って、張り合いが出るってものだ。
だが、京都の舞子や芸子にはその槍衾、つまり世間の非難というものがない。一見すればそれは、羽を広げて飛び回る自由を与えられているように見えるけれど……実際は、祇園なら祇園という大きな籠のなかに閉じこめられて、目には見えない鉄柵から出られないでいるんじゃないか。おまけに舞子ときたら、袖が長いうえに縫い上げをされているから、翼が重くって飛び立てないだろう。
飛べない翼を広げよう、籠を出ようと、悶え、焦る姿は、傍目から見れば残酷だが、それだって、外には広い世界と、自分が別の生活を送れる巣やねぐらがあることを知っているだけでも幸せで、機会があれば出られもしようし、脇から助け出す手段もある。
が、籠のなかで孵化ったカナリヤは、扉を開けても恐がるだろう。土の中で生まれたモグラが太陽を見て目を回すのと同じことだ。――舞子も同じように、籠のなかで一生を終えるんだね。……それを哀れだと言うどころか、みんながよってたかって綺麗だ、すばらしいと褒めたたえる。……ほら、扇がれてばかりいると、扇の風でも蝋燭の火は消えるんだって、気がつかなくちゃいけない。
つまらないことを言うのはよして、お桐さん、あなたも早く家庭に落ちつきなさい。そして、子どもを舞子にしようなどと思わないほうがいい。親は風船を持たせるけど、客は盃を持たせるんだ。……
いや、まあそうだよな、そうさ。可愛い我が子を舞子にしようなんて思うまい。――この土地じゃあ親子代々舞子になる女も多いそうだが、ね。それがいま言ったカナリヤの卵だよ。でもお前さんは、自分の子を売り物に出すような人とも思えない。ないのかはしれないが、この土地にいて、しかも親がこの商売なら、人の振りを見ていいことだと信じ切って、子どものほうもその気になってしまうかもしれない。そうなると、幕間にずらりと並ぶ、劇場の飾り物になってしまう。それもまたカナリヤの卵なんだよ。
とはいっても、まだ誕生日も迎えてないんだっけね、赤ちゃんは」
と気づいて、清之助は思わず笑った。
「でも、それならなおさら好都合だ。早くその赤ちゃんの父さんと相談して、芸者をやめたらいいじゃないか。それとも旦那がさせてくれないのかい」
「それはな、私が、望むなら、そうする言うて」
と、切れ切れのことばで答える。
「じゃあ何かい。旦那には正妻がいて、子どもの父親の家には、お前さん入れないのかい。奥さんにはなれないんだね……ちょっと待ってくれ、そうなるともうすこし思案が必要だ」
「おかみさんはいやはりませんのどす」
「じゃあ、なぜなんだ。迷う必要はないじゃないか」
と言いながら、ふと思いついた。
「ああ、旦那の親が同居しているのか。そうだよな、舅、姑と暮らすとなると、ちょっと難しいかもしれない」
「なんの、舅姑なんかあるのやおへん」
「小姑も?」
「はあ……」
「ふうむ。じゃあ、お前さんの両親が許さないとか」
「母さんもな、あんた」
と、継母を母さんと呼ぶことに戸惑いを感じさせた。……そんな様子も、清之助の胸に刺さる。
「お金をたんと貰えるよって、不承知なことはないのどす」
「よし、わかった」
と、わざと勢いよく、笑いを含ませた声で、
「お前さんには恋人がいるんだろう」
「え?」
「添い遂げるならこの人だと決めた恋人がいるんだろう」
「欲しいおすえ」
お桐は切々とした声で、驚くほどに語気を強めて、そう答えた。
「私、祇園の小鳥どす。知ってまっせ。――誰も籠の外を知りやはらん、カナリヤの卵どす。その親鳥どす。……真綿のなかにくるまって、ぬくぬくと気安うしていやはる。紗綾縮緬を着てな、西陣の帯しめてな、精一杯に飛びやはる、袂を広げて舞いやはるえ」