異世界召喚された私は姫様の影武者として生かされ、そして復讐を誓う【4-2】
私はその涙を拭いてあげたかった。
けれどそれ以上に皇子顔を見る事は出来なかった。
暫くの沈黙の後第3皇子殿下はまた言葉を紡ぎ始めた。
その声と雰囲気からは「納得」したという事が伝わってくる。
少しの嬉しさとほっとした安堵感。
そして初めに感じた焦りは完全に消えていた。
「俺が…俺が戦った意味はあった。
命を掛けた意味はあったんだ。
よかった」
私はなるべく感情を出さない様にしながら、
言葉を待ち続ける事しか出来ない。
もう語らいは終わりで。
私にできる事もやれる役割も全て終わったのだから。
後は帝国がこの王国から送られて来た偽物を処分するだけ。
けれどその次の言葉は私を困惑させるに十分な事だった。
「黒薔薇姫は私が守るべき象徴だ。
守った物の象徴だ。
ありがとう私の下に来てくれて」
「わたし、わたしは、にせもの…」
「いいや。君は本物だ。俺が求めた本物だ。
俺には王国の本物以上の価値がある。
誰にも君を偽物とは言わせない。
俺が認めているから・・・
君は本物の黒薔薇姫なんだ」
その言葉はこの世界に来て初めて聞いた私を必要とする言葉だった。
偽物で身代わりではなくて…
私を認めてくれる本物の言葉だった。
「ああっあああああっ」
私は言葉にならない声を上げる。
嬉しかった。
目から涙がこぼれおちこの世界に来て感情のままに流した初めての涙だった。
それからも第3皇子の彼は私を離さなかった。
対面の儀は滞りなく行われ、私に第3皇子から魔術刻印が付けられる。
両手の甲にうっすらと映る第3皇子の持つ紋章が浮かび上がり、
帝国の王族として私「黒薔薇姫」が迎え入れられたという確かな証だった。
それは第3皇子の正妃として婚約したという証拠であり、
死なない限り帝国の法に則って準備が出来次第、
私は結婚するという事になったのだった。
第3皇子殿下は言うまでもなく前世持ちで…
色濃く覚えてしまっていた前世の記憶が付き纏い、
その後である戦後の事が気になって良く解らない行動しては、
前世を感じられる物を作らせていたらしい。
黒目黒髪は帝国においても若干の禁忌感はあれど、
王国ほどではないし、なにより傍に置くのであればどうしても、
前世の故郷の色を否定したくなかった。
第3皇子の意地と郷愁の結果が隣国の王家の姫をもらい受けるという、
行動へと駆り立てたのだった。
同時にその求婚の所為で本物の「姫」は逃げてしまったのだけれど、
今となっては私にとってはそれが良い方向に働いているのだった。
二つ用意していた婚礼衣装を選択させた事も、故郷の色を恋しがるかどうか、
反応を見ていたという。
デザイン性が最悪で婚礼衣装として相応しくないけれど、
それでもそれを選ぶのなら、故郷が同じ可能性も高いだろうとの考えだった。
私がその不思議な婚礼衣装を選んだから、1945と言う数字と帝国の滅びという、
謎かけをしたのだとも教えられたのだった。
私はギリギリ首の皮一枚で選択肢を間違えなかったって事らしい。
「私の事は後々知ってくれて愛してくれればいい。
今は、婚礼の準備だけに集中してくれ。
落ち着いたら、帝国を見て回って何処か気候の良い所を領地として、
もらい受けて暮らすのも良い」
私が影武者として生きて来た事も勿論承知だったのだ。
知っていながら、王国の「心優しい姫」は見逃された。
「召喚された」影武者と言う存在の方が第3皇子にとっては、
「戦後を聞ける」可能性が高かったからと言う意味でもあった。
別に帝国にとって血筋なんてどうでも良かったのだ。
必要なのは王国から嫁いだという実績だけ。
正式に嫁いだ姫が偽物だろうと本物だろうと嫁いだ姫が本物なのだから。
帝国に向かう馬車の中で、私は皇子から一秒たりとも離れられなかった。
皇子は王都に着くまで同じ馬車に乗り同じ食事を取り同じ場所で眠った。
皇子は私を目の届く範囲において、決して私を一人にしなかった。
着替える時でさえパーテーション越しに待っていて一人ぼっちの私が、
不安にならないように、できうる限り傍にいてくれたのだった。
この世界に落とされた時から感じていた王国のあの強烈な差別感と、
排他的な態度の数々。
本物の黒薔薇姫が幸せになる為に犠牲になれと強要してくる周囲。
そんな周りからの解放感と最後の自爆をする為に精神的に、
不安定になりながら自我を保ち続けた私が唯一と言い切ってしまえる、
私の元の世界の事を知る皇子に依存するのに時間はかからなかった。
もうこの人に裏切られるならその場で死んでも良い。
そう言いきれる程度には私の心は衰弱していたし、やっと私に灯った
希望の光だった。
この召喚された異世界でも生きていて良いと言ってくれて認めてくれた、
大切な人となった。
偽物であってもいいと。
私を本物の「黒薔薇姫」と認めて
「私」がこの場にいる事を許してくれたのだから。
もうそれだけで良い。
この人の為に生きてこの人の為に死のうと決断するのに、
そう時間はかからなかった。
そしてなにより、皇子にとっても私は「特別」となれたみたいだった。
戦後に日本が存在した生きた証。
それを失うのは前世の記憶を持つ皇子には耐えられなかったみたいで。
やっと見つけた「自身が命を掛けて戦った証」は皇子の魂に刻まれていた、
「違和感」を取り除いたみたいで皇子もまたこの世界で生きる事を、
「納得」して「許す事」が出来る理由として「私」は絶対に必要とされた。
私達は互いが互いの存在理由を肯定しているからこそ、
絶対に離れなれなくなってしまっていた。
必要とされる事の嬉しさといままで持ち続けていた孤独感があるからこそ、
私達は短期間に互いを求める様な形を取る事になっていた。
それは周囲から見れば仲睦まじく見えるらしく。
周囲も私達をなるべく一緒にいさせようと動いてくれているみたいだった。
周囲の従者達は何も言わなかった。
ただただ私達の状態に安堵して、
「黒薔薇姫」と「第三皇子殿下」との関係を良好な物として見守ってくれる。
主達の中が良い事は良い事だし。
その事で仕事に支障をきたしている訳ではなかったのだから。
私は第3皇子に出会っての数日間で、
急速に精神が安定し始めている事に気付いてしまった。
第3皇子と一緒にいれば落ち着いた気分でいられる私がいる。
けれど。
そうだったとしても。
私は…
王国への復讐を辞めるという選択肢は生まれてこなかった。
溜め込まれた不満が消え去る事は出来なかったのだった。
次回の更新は明日の20時です。
完結まで毎日更新します。