5話目
朝のシリアスを吹き飛ばすように、きゃっきゃっと笑いながら、バトミントンをする。楽しそうにしているのが一番かわいいわ、やっぱり。
泣いたことで体力は奪われたのか、図書館に行きたがらなかったが、動きたい気分だとのことで、道路でバトミントン中だ。まおの家の隣が病院なので、患者さんに声を掛けられながら遊んでいる。
「あー、はねがやねにのっちゃったのだ」
「あらら、あれが最後のはねだったのに、残念だね。こんなにヒットするなら、はねもっと買っておけばよかったね。次、買い出し行ったときに買い足すか」
「そうするのだ」
うーん、今日は外遊びの気分なようだし、動きたい欲が消化不良を起こしているような顔をしているな。家から、ボールを取りに行って、ボール遊びでもするかなとまおに声をかけようとした。
ちょうど、散歩している犬が通りかかって、まおが、
「けるべろす……」
そう寂しそうに呟いたのを聞いてしまった。
前世で、犬に似た生物を飼っていたのか。似た生き物を見かけたから、懐かしくなって、寂しくなっちゃったんだろうか。生き物を飼った経験があるなら、家族にして最後まで見る責任を理解しているだろうし、まおが寂しくないように家族を増やしてあげるのはいいかもしれない。
まあ、お金を出すのは義兄さんだし、最終的な判断は義兄さんだけども。
「まーお、どうしたの?」
「このせかいにも、けるべろすににたいきものもいるんだな。まあ、このせかいのけるべろすは、かりはできなさそうだ」
うーん。飼うなら、保護犬の方がいいけど、ペットがどんな生活をしているのか理解するためにペットショップにいくかな。それとも、保護犬カフェでもいってみるか? ここらへんに幼児も入れる保護犬カフェなんてあったかな。
「この世界のケルベロスのこと、知りたい?」
そう聞くと、大きな目が輝いた。
「しりたいのだ! このせかいでは、けろべろすをかうのにしかくはいらんのか?」
「中には勉強や、団体との約束事があるケルベロスもいるけど、基本はね。まおの知っているケルベロスは違ったの?」
「テイマーのしけんにごうかくしなければならんのだ。まおのけろべろすはつよかったからな、じょうきゅうまでしかくをとるはめになった。ぶかはわれわれのだれかにとらせればいいといっていたのだが、まおがほごしたのだ。せきにんはまおにあるしな、がんばった」
よっぽど大変だったんだろうな、どや顔している。……かわいい。責任をもって、家族にしていたのはえらいので、「えらいえらい」と頭を撫でれば、満面の笑みを浮かべていた。
基本大人びているので、ここまで子どもらしい反応は珍しい。叔父バカといわれるかもしないが、興味を示したことを大人の都合で諦めてほしくない。
「図書館とケルベロス、どっちがいい?」
「けるべろす!」
うーん、これは本格的に義兄さんに交渉が必要か? 保護したケルベロスのために、責任をもって、自分で資格をとって飼っていたらしいし、お世話を放置することはないだろう。できないことは僕が協力すればいいし。
まおには、ケルベロスが必要な存在なのかもしれない。
「ケルベロスについて知れる方法を考えてみるよ」
この後、一緒にボールを取りに戻って、全力でボール遊びをした。疲れたからか、本日2回目のお昼寝をして、義兄さんの迎えがきた。……今日、まおが眠れなかったらごめんなさい。
「義兄さん、2人で話したいのですが」
「いいよ。まおを響さんに頼んで、戻ってくるよ」
疲れているのにすいません、と内心謝っておいた。
「で、どうしたの?」
「まお、犬がとても好きみたいなんですよ。前世で、魔王様の時に似た生き物を飼っていたらしくて、この世界の犬にも興味持ったみたいです。遠慮して言わないだけで、本当は飼いたいのかもしれないです。一応、犬について教えるためにペットショップや保護犬カフェに連れていく予定ではあるんですけど」
「僕はいいよ、犬も猫も飼ったことあるし。親も見栄でペット飼って、お世話は僕にやらせるような人だったから、お世話のやり方はわかっているよ。生き物を飼う大変さもね。それでも、あの子の望むようにしてあげたいと思ってる。日中の世話をアキトくんが手伝ってくれるということと、夜のお世話は僕が監督するという条件付きでね。普段、態度は偉そうだけど、無茶なわがままは言わない子だし、何よりもあの子の責任感の強さを信頼している。自分の都合で、お世話を投げ出す子ではないから」
にっこりと爽やかに笑っていう。……疲れているだろうに爽やかだなぁ。
飼っていい方針なら、責任をもってできる限り面倒をみないとだめと約束させないとね。まあ、一つ問題があるとするなら、飼っていたのがケルベロスということだ。
「問題は飼っていたのはケルベロスということなんですよ。この世界ではほら、三つ頭のついた生き物じゃないですか」
「三匹一気に来る可能性があると? あの子が望むなら構わないけど、犬三匹増えて家庭が傾く稼ぎじゃないからね。僕の両親は動物を買うのが好きでね、多頭飼いのお世話は慣れているから大丈夫。むしろ、アキトくんが心配かな。相変わらず、夜が調子悪いんでしょ? お世話する対象が増えることで、君に増える負担の方が心配だよ。本当ならあの子の面倒は響さんと僕で見れたらよかったんだけどね」
生真面目な姉さんには、まおの口調は受け入れられても、まおがしたいといったファンタジーな事実は受け入れられなかっただろうから、お互いにストレスになるような気がする。僕はむしろまおと相性がいいし、一人でいるより、体調が安定している。むしろ、手助け要請が来てくれてよかったとすら思っている。
「まおといる方が調子がいいので、気にしないでください」
「うん、確かに前に診察に来てくれた時より顔色がいいね。響さんのことは任せて、まおに必要なことなら僕が説得するから。他にまおのために、してほしいことはある?」
あ、まおの魔力回収のための計画も、伝えておかないと。
「食にも興味があるみたいです。料理は嫌いじゃないみたいで、今日、殻は入りましたが、上手に卵を割ったんですよ。そういう経験を伸ばしてあげたくて、この街の生産者さんと交流の機会をもらえればな……と。最終的にはうちの庭で家庭菜園しようと考えていて」
「料理が上手なんてつくづく、まおはアキトくんに似ている。それはいいね、連絡しておくよ」
義兄さんは否定することなく、爽やかに笑って受け入れてくれる。
……そういえば、義兄さんもまおって呼んでいるのはなんでなんだろう? さっきからずっと、本名で呼ばれてない。
「なんで、僕もまおって呼んでいるのか不思議そうだね。まおはね、僕らがつけた名前で呼ぶと、ああそういえば自分はそんな名前だったな、みたいな反応をするんだ。その反応で、響さんもイラついてね、育児ノイローゼみたいになっていたんだよ。でも、まおって呼んであげると名前の戸惑いがないみたいで、前よりも会話が弾むようになってきたんだよ。響さんもまおって呼んでいてね、だからタイミングを見て、名前をまおに改名しようと思っているんだ」
だから、まおって呼んでいるんだよとにっこりと笑った。
「本人が納得した名前が一番だと意見が一致したんだ、小学生になる前に改名する予定なんだよ。響さんのストレスも少なくなるしね。今後の方針はわかったし、明日も仕事だからもういくよ」
疲れを感じさせない爽やかな笑顔で、義兄さんは帰っていった。