外出準備
不定期更新です。
よろしくお願い致します。
ゆっくりですが、簡潔までは進めたいと思いますので、頑張って参ります。
店に着くと、思っていたよりも普通の店だった。外見は石と木で作られた路面店だ。薄汚くてなにやら怪しげなものが外にも溢れているイメージだったけど、これなら入りやすいな。
「「ごめんください」」
ベル付きの扉から入って声をかけると、奥から若い男性が顔を出した。店内も照明が明るくて清潔だ。濃い茶色の木目張りの床と、石積みの壁がシックな印象。商品棚も、量産物の手頃なものから順に整頓されて並んでいる。
「おや?お客さんかな?」
「はい。俺が魔法系スキルを持っていて、杖を探しに来ました。そろそろ本格的に冒険を始めようと思っています。ここは役所の人から教えていただきました。」
なんとも便利な地図だな。見せるだけで、なんとなくだけど分かってくれたみたいだ。わかったと言い、早速奥からいくつかの簡素な箱を取り出して来てくれた。初心者向けっぽい、大量生産の似た様な箱だ。
「杖ね。魔法系スキルは、なんの系統だい?」
「闇魔法です。」
「!?分かった。ちょっと待ってて。」
闇魔法と言うと、驚いた顔をした店員さんはまた店の奥に消えて行った。………バタバタとした足音の後、何かが落ちる音とか、頭に箱が降ってきて当たった小言とかが聞こえてきたけど、ユウシと顔を見合わせて聞こえなかった事にした。
「お待たせ!闇魔法スキルを持ってる人が多くないから、杖が奥にしまってあってね!…よいしょ。今うちに置いてある、闇魔法スキルを補正できる杖はこの一本だけ。あとは、普通のステータスアップ系になっちゃうかな。他の系統は持ってなさそうだしね。」
埃の被った30cmほどの長さの箱を開けて貰うと、焦がした木の真っ黒な指揮棒に、象牙の様なクリーム色の石でできた持ち手が付いている、シンプルな見た目の杖が入っている。手渡されて持ち手を握ると、少し太めになっているのかしっかりと握ることができた。振りやすい。
「かっこいいですね…これ、いくらですか?」
「そうだなぁ……倉庫の肥やしになってたし、多分君が買わないとあと何十年かはこのままだろうから、金貨1枚で良いよ。実はこれ、うちの先先代からここにあるらしくてね。」
「そんなに安くて良いんですか?」
「うん。良いよ。初心者向けでSPの消費が2抑えられるだけだから、雀の涙くらいしか役に立たないし。流石に100も200もSPある人なんて聖人君子くらいしかいないだろうしねぇ。」
「えっ?SPってそんなに少ないパラメータなんですか?もっと伸びると思ったんだけどなぁ……」
俺、この世界の闇魔法の取得方法や、条件がイマイチよく分かってないんだよな……ちょっと低めに見積もって、初心者丸出しって感じに店員さんに話すと、彼も少し苦笑した。
「SPはなかなか上がらない数値だからね。襲って来るドラゴンから単身で街を救ったとかじゃないとそんなにたくさん手に入らないよ。普段の生活とかだと、たまたま馬車に轢かれそうな子どもを飛び込んで救ったとかで0.5Pって感じかな。」
そうかー。とよく分かっていない俺がぼんやりと関心の相槌をしていると、少し焦り気味のユウシが店員さんに質問をしていた。
「あ、あの、SPって何ですか?俺、そのSPってやつ、聞いたこと無いんですけど。」
「ん?SPはね、闇魔法スキルが使える人しか見れないポイントなんだよ。これ以上は僕からは言えないなぁ。これ、魔法系スキルが使える人達でも、ギルドの上層部しか知らせちゃいけない決まりなんだよ。だから、君も知らせちゃいけないよ?もうギルドに登録したなら厳罰モノだからさ。」
うっすらと笑った店員さんは、なんだかちょっと不気味に見えてしまった。ヌルッとしたというか…ヘビ?外見は犬系のふわふわしたお兄さんなんだけど、視線が怖い。俺とユウシはビビって姿勢を正してしまう。
「わ、分かりました!ギルドまだ登録していないので、気をつけます!あと、これから登録しようと思います。」
「うんうん。なら、このカードを持って行って。僕からの推薦状?みたいな感じ。普通は闇魔法スキルって言っても信じて貰えないだろうからね。係の人に見せれば良いよ。」
「ありがとうございます。」
名刺の様な、厚紙でできた小さなカードを渡されたのでそれを大事に仕舞い、金貨を1枚店員さんに渡す。すると、装備しますか?のウィンドウ。もちろん"はい"を押して、杖をポケットに刺した。
「じゃあ、頑張ってね。」
「はい!」
店から出て、おすすめの服屋に向かう間にユウシから質問責めにされたが、何を話して良いのか、何を話したらダメなのかが分からないので何も答えられなかった。拗ねてしまったユウシだが、服屋に近くなるにつれて、ワクワクが抑えられなくなって来たみたいだ。
「どんな服にしようかなー。鎧が銀色だから、青系とかで揃えると綺麗かな。」
「魔法系が伸びる奴が良い。」
「お前、絶対重たいの着れないもんなー。飛ぶのに重さ制限ありそう。」
「それな。軽くて良いやつにしないと。」
喧しく話しながら移動して店に入ると、ズラリと服が並んでいる棚がいくつもある様な広い店内で驚いた。それぞれ、手に取ると値段や簡単な性能のウィンドウが開いて分かるようになっているらしい。色々見てみるかな。
「ショウー!これどうだ!?」
「良いんじゃないか?青系が良いって言ってただろ。」
「だよなー。性能は弱めだけど、薄くて鎧の下に着やすそうだし、良いか。これにしよ。ショウは?」
「俺はなー………これかな。」
棚にいくつか畳んで置いてあった濃いベージュのマントと、初期の服よりいくらかマシになったクリーム色のチュニックとカーキのズボン、皮のブーツ、杖をしまうための輪っか付きベルト。マントにはINTが1上がる効果がある。羽に干渉するかと思ったけど、そういう風にならない様に羽を通せるスリットが入ってて驚いた。そういえばチュニックにも穴開いてるや。もらった調理服も穴開けてもらったし、獣人用なのか尻尾穴があるズボンも棚に並んでいる。さすが用意が良いな。
「この、いかにも魔法使い!みたいな帽子は要らないのか?」
「いらない。飛ぶ時にどうせ風圧でなくなるだけだと思うし、鳥の尾羽要素なのか髪も長い設定みたいだし。本格的に長髪が邪魔になるまでは、どちらかというとリボンとか紐とかで結ぶ方が良いかもしれない。」
「あー。風か。忘れてたな。リボンかぁ………あそこに行くのか?」
「うわ、あれは……ちょっと乙女的?というか…なんというか……フリフリだな?」
棚の向こう側で話していたユウシの視線に合わせて振り向くと、リボンの需要の偏りによるのか否か、どうもピンクやオレンジなどの明るい色が多い場所になっていた。そして、リアルでは挑戦する事のできない人が好んで使う為に、やけに刺繍やレースの飾りが多い。長さで料金が決まる方式らしいのが幸いか。
「腰の辺りまであるから、首元で一括りで良いんじゃないか?」
「そんなもんか。じゃあ、これで良いだろ。1番普通のやつ。」
「だな。うーん…髪の量も考えると、30cm買って、多めに巻けば良いか。」
ユウシが適当に手に持ったリボンが、少し細めの明るい青だった。レースなども付いていないので、他のものより少し安くて助かる。効果はMP+1。こっちもすずめの涙くらいの補助だな。
「これで装備は良いか。じゃあ、それぞれギルドに登録に行くぞ!」
「はいはい。」
ユウシと別れ、軽く歩くとギルドに着いた。外見は大きくて立派な建物で、中も見た目と相違ない、広々としたものだ。カウンターがいくつかあり、それぞれに札が付いている。"相談カウンター""依頼受注""素材買取"だ。あとは読めないから、これからアップデートなどで出来る事が増えていくのかもしれない。
「こんにちは。」
「こんにちは。こちらは魔法職ギルドです。何かご相談でしょうか?」
「ギルド登録に来ました。このカウンターで合っていますか?」
「はい。こちらで承っています。登録に必要な情報の記入をお願いいたします。」
目の前に記入ウィンドウが開き、登録する名前、主に使用する魔法スキル名、現時点でのMPを記入した。
名前:ショウ
主に使用する魔法スキル:闇魔法
現時点でのMP:160
現時点でのSP:80
闇魔法と入力した瞬間、下に別ウィンドウが開いて、SPの入力をさせられた。低く見積っておいたけど、この数字でも多い気はする。特に突っ込まれたりはしないと思うんだけど……
「っ……闇魔法スキル……!?」
「はい。これ、ここに来る前に寄った魔法用品店の方がくださったカードなんですが……」
受付の方が驚いた時にこのカードを渡すと、更に驚いた様に奥へと駆け込んで行った。
「お、おまたせいたしました。闇魔法スキルについて、少しお話ししなくてはいけないもので……あちらの扉から中に入って、突き当たりの部屋へ入室をお願いします。担当者が向かいます。」
戻ってきた受付さんは大きく息を切らしてそれだけを言うと、ギルドの隅にある目立たない扉を指した。壁の木材と同じ木の扉は、入ってきた時には全く気付かなかったのでとても驚いてしまう。わざとそうしているみたいだ。
コンコン。
「はい、どうぞ。」
言われた部屋の扉をノックすると、渋い男の人の声で返事が返ってきた。中に入る。
「やあ、君が闇魔法スキルの持ち主かい?あの男からカードを貰う子は久々だな。」
ジャケットをカッコよく着こなした、見事な紳士がお出迎えしてくれた。シルバーの髪と、同色のしっかり整えた口髭、青い目が本当にカッコいい。こう言う上品な大人になりたい。
「こちらで闇魔法スキルについての説明を受けると伺ったんですが、合っていますか?」
「もちろんだとも。さあ、ここに座って。」
応接室の長いソファへ座らされた。もう既に紳士が対面の1人用のに座っていたし、話を聞くのに隣に座るのもおかしいので、なるべく出口の近くになる様には座る。ジョンも後ろに立つ様に止まった。まぁ……従者設定だからか?
「はは。そんなに緊張しなくて良いよ。後ろの彼も、そんなに警戒しないで。私も一応闇魔法スキルを持っていてね。SPが少なくて発動は出来ないけれど、彼らを見る事は出来るんだ。」
「!?」
闇魔法スキルを持ってる人、いた!!
「驚いたかい?彼を連れているところを見ると、この申請したSP、控えめに書いただろう?本当のSPを教えてごらん。怒ったりはしないし、もちろん資料を直したりもしないよ。話の参考にしようと思ってね。」
「…………ジョンを連れてたら、SPを偽ってるってなんで分かるんですか?」
「彼はジョンと言うのかい?守護霊…って言うのかな?形を持つ魂はね、SPをすごく使うんだよ。最低でも30は使うらしい。私のSPは10なんだ。闇魔法スキルはSPが20以上無いと使えないらしいし、一桁だと気配しか感じられない。私が見たのは手のひらサイズの小さなうさぎの守護霊でね。戦闘用のスキル持ちではなくて、耐久性も低い。それで消費が30なら、彼は身体も大きいし、見るからに戦闘用スキルを持っているしで少なくとも倍は持っていないとね。」
「そうですか……えっと……今のSPは、251です。」
しっかりと説明を聞いて、確かに比較した時の差が大きく違うと納得したので正しいSPを伝えたところ、紳士がソファから勢いよく立ち上がる。
「あ、握手をしてくれないかね!?」
「えっ!?は、はい……」
「すごい……SP200越えか……君は、どんな善行を神に報告したんだい?」
「善行?」
「あぁ。SPは神に報告した善行の内容から授けてくださるんだよ。人を3人くらい、命懸けで助けてSPが1増えるくらいなんだけど。逆に、それ目当てで善行をして増えない事だってある。下心もお見通しって事だね。それに、通常の人はどんなに善行をしても途中でSPにならなくなる時があるんだ。だから、自分がどのくらいSPを持っているか知らない人が大半だし、闇魔法も発現しない。まぁ、あまり知られてはいない要素だから実験する人も多くないのが実情なんだけれど。」
「うーん……記憶に無いですね……かなり昔の事だったのかもしれません。」
「そんなに幼い頃に善行を。素晴らしい。嗚呼、なんとも素晴らしい。」
「あの……お店の方は、子どもを馬車から救ったら0.5Pって言ってました。何か違いがあるのですか?」
感激してトリップしていた彼に話を振ると、案外すぐに反応が返ってきた。どうやらこちらを著名人か何かと勘違いしているみたいな反応だ。ちょっと困るな。
「多分、咄嗟の出来事か、助けるという意識があるかどうかが重要なのでは、と界隈では言われているよ。意識をして人助けをするよりも、確かにSPがもらえる事が多いみたいだね。」
「そうなんですね。……えっと、そう言えば説明って今ので大丈夫でしょうか?」
闇魔法について話すって事だったけど、ただ話をするだけならこんな所まで呼ばれる事は無さそうだけれど。
「あぁ、そうだった。少し注意点をね、言わなくちゃいけないんだよ。闇魔法はね、当てた相手のHPだけではなくて、魂をも傷つけてしまう恐ろしい魔法だ。魂を傷つけ過ぎると、その人の人格が破綻してしまう。」
ふと、真面目な顔をした紳士は、顔の前で手を組んで口元を隠しながらこちらを見た。
「魂とは、その人の人生だ。肉体と言う器に入った中身。記憶、性格、心情……目には見えない情報の総称と言っても過言ではないかな。闇魔法は、それを壊す事ができる。そして、回復は人の手での非常に難しい。初めのダークボールくらいなら昨日の晩ご飯を忘れるくらいで済むけれど、しかし、上位の魔法になるほど魂への威力が跳ね上がる。掠っただけで自分が誰か分からなくなるって魔法も言い伝えにあるくらいだ。だから、どうか……君が、善人である事を祈るよ。何かあった時、1番に疑われるのが君じゃない様にね。」
目元だけでうっそりと笑いながら、少しだけ、頭を横に倒した。要するに、プレイヤーやこの世界の"普通の"住人に闇魔法を使うなって事だな。理解した。
「アドバイスありがとうございます。気をつけます。でも、こちらに対して使われたら対抗策として使ってしまうかもしれません。」
「それは仕方ないって事で。君はこのギルドで闇魔法しか使えない事を明かし、登録しているから、闇魔法を使う事は特に問題無いよ。ただ、その魔法が対抗策として使うには強すぎる効果があった場合は、色々言われるかもしれないけれど。」
「基本的に降霊術や憑依しかする予定は無いので、その時に借りてた霊の感じにもよるかもしれないです。戦闘用の霊を借りたりとか。」
「ふむ。それもギルド上層部では周知しておこう。もちろん、守秘義務もあるからね。君が噂になる様な事は避けられるよ。」
「感謝します。あー……そろそろ良いですか?相方も待ってるみたいですし。」
ユウシからチャットが届いたと、視界の端にポップアップが出る。内容は"まだか?"の一言で、店での様子から少し待っていてくれたらしい。それに気付いて時計を見ると、登録をしに行く為に別れた時間から1時間も経っていた。そんなに長話をした記憶は無いんだが。
「パーティを組んでいるのか。それは悪い事をしたね。じゃあ、君の夢に幸あれ。カードは出来ているから、受付でもらって帰っておくれ。」
ヒラヒラと手を振りながらこちらを見遣る彼は、やはり人を纏める立場の人間らしいどこか割り切った性格が感じられる。これからあまり関わる事がない事を祈ろう。はじめはこういう人になりたいと思ったけど、撤回もしておく。受け取ったカードを確認したらMPもSPも表示はなく、名前と闇魔法を使える旨が小さく買いてあるだけだった。使用可能魔法はギルドで隠す事もできるし、一言コメントも加えることが出来るらしい。ソシャゲのプロフィール欄みたいなものだな。