お金稼ぎ
よろしくお願いいたします。
「主人、オフトゥンへ到着致しました。」
幽霊剣士の声が耳元で聞こえていつの間にか瞑っていた目を開くと、大きな門がある城壁の前に立っていた。没入型と言われるだけあって、耳から入ってくる喧騒や、日差しの眩しさ、土埃っぽい匂いとかかなりリアルだ。五感もしっかり実装されているタイプみたいだな。周りには頭の上に小さな文字を浮かべた、俺と同じ様な簡素な服装のプレイヤーらしき人?達がぞろぞろと門の検閲場へと向かっている。操作性の関係なのか人の形をした人が多くて、ファンタジーで定番のエルフっぽい長耳の人とか、半分の身長しかなさそうな人とか、逆に倍くらい大きい人とかもいる。俺みたいに羽が生えている人はいないな。獣系が多い。あ、羽が生えてる人を見つけ………いや、あれはちょっと嫌だな。雄の孔雀……尾羽めちゃくちゃ長くて踏まれそうだ。広げるにしても目立つし場所取るし。
「入る前にヘルプ見ようかな。あ、えっと……名前無いのか。」
「はい。無いですね。あと、自分は魂だけの存在ですので普通の周りの人間には見えません。傍目から見ると不自然になってしまいますから、お話は自分に向けて目を向けて頂ければ理解をする事が出来ます。その様にしていただければ。」
振り返って後ろにいる幽霊騎士に話しかけると、そう返ってきた。なるほど。じゃあ………ジョンな。ジョンって呼ぶことにする。
「ありがとうございます。」
その言葉に安心して道の角に寄り、メニューからヘルプを開く。
○チュートリアルのおさらい
○その他に気をつけること
○お問い合わせ(よくある質問集)
の3つに分かれていて、おさらいのボタンは特に目新しいものが無かったけれど、その下、その他に気をつけることにはたくさんの重要な事が書かれていた。
・空腹ゲージがあります。一定時間内に食事をしないとステータスが大幅に弱体化する"空腹"の異常にかかります。
・犯罪を犯した場合、街や国の牢屋に入れられ、罪に応じた冒険停止期間を過ごすことになります。更に検問等のブラックリストに名前が記入され、所謂カラーネームと呼ばれる、色でどの様な罪を犯したのか分かる仕様になっています。前科持ちですので、住人からの態度は悪くなり、信用されにくくなります。街中のクエストが受けづらくなりますので、お気をつけください。また、ユーザー間のトラブルや、ゲーム開始前の利用規約に反した行い等が起こった場合はアカウント削除も行われる可能性がございます。注意ください。
怖っ!?犯罪なんかする人いるの!?いや、アレか。海外旅行でのやらかし的な、文化の違いでなっちゃったってやつもあるか。……後で、役所みたいな所でやっちゃいけないこととか聞かないとな。
それと、空腹ゲージは気を付けないといけないな。確か料理スキルがあったから、それを使おう。便利なスキルがあって良かった。
「さて、そろそろ行くか。」
検問所への列が短くなって来たので、道端からそこに移動して並んで待っていると、メニューがチカチカと点滅し始めた。開いてみると、メールというフレーズに①の文字。タップ。
"from 勇
翔!お前の事だから多分チュートリアルやったんだろ?もし良かったら最初は俺と行動しないか?
街中に入ったら、このメール機能で連絡をくれ!機体に登録されてるメアドとかをそのまま使えるらしいからさ!
to 翔"
……ふむふむ。確か勇は体験版やってるらしいからな。少しは聞けば分かるか。
(ここに入ったら、まずは友達に会う。戦ったりするのはもう少し後になるけど、良いか?)
「もちろん。戦いの為の準備も色々必要ですから。装備などは自分にも聞いてくださいね。少しは良し悪しが分かります。」
うちの守護霊は万能だなぁ……流石SP100。
「次の者。来い。」
「あ、はい!」
身体の重要な所に金属の鎧を着けた普通の人間っぽい兵士さんらしき人に呼ばれて、カウンターの前に立たされた。自然とピシリと背を伸ばしてしまう。
「お前は最近御告げで現れる大勢の夢の騎士候補の1人という事で間違いないか?」
「はい!その様に言われています。」
「そうか。念の為に犯罪歴がないかなどを確認する。」
「はい。どうすれば良いですか?」
「この鏡を見て、名前、種族を言ってくれ。できれば何の種類かも教えて欲しい。」
「ショウと言います。有翼族、種類はキョクアジサシです。」
「………よし。御告げで来ている名簿に名前が有り、犯罪歴も無しだな。珍しい種類だ。有翼族の中でも長距離移動に長けてる。」
「そうなんですか……?まぁ、それは特に気になりませんし。」
「そうか。では、今回一度きりに限っては税を取らない様に言われている。次からは外から入って来る際に3枚の銅貨を税として徴収する。分かったか?」
「はい。分かりました。今、俺は何も持っていないんですが、お金はどうやって稼げば良いでしょうか?」
「そうだな…生産職のスキルがあるならその工房に弟子入りして、少しすればある程度稼げる様になるだろう。それか街の住人と仲良くなって、何か手伝いをさせてもらうかだな。何かスキルはあるのか?」
「料理と裁縫、細工を持っています。」
「なら料理の方だな。良いところに入れれば、賄いまでつく。」
「良い事を聞きました。ありがとうございます!」
「頑張れよ。」
「はい!」
門を潜ると広場があり、たくさんのプレイヤー達がいた。邪魔にならない様に隅に寄ると、メール欄から機体のメールボックスと連携して勇のアドレスを呼び出し、広場に到着した事と名前、簡単な見た目の説明を送る。
「すぐに来るのか。近くで待ってたな。これ。」
「あ!えーっと…ショウな!ショウ!お待たせ!」
本当に数分待っただけで聞き慣れた声を聞いた。振り向くと、金髪碧眼のとんがった犬耳?を生やした男がこっちに手を振りながら向かって来る。男のケモみみは勘弁かと思ってたけど、ゲーム的にバランスが良いのか特に違和感はない。頭上に黒縁に白字のカタカナでユウシと小さく浮かんでいて、それがユーザーネームだとわかった。
「ん?………いさ…いや、ユウシか。」
「そう。名前は流石にな。本名使うわけにはいかないし。」
「これ、お前もしかして勇者ってやろうとしたろ。」
「バレたか?勇者ってやろうと思ったら、禁止単語にされてた。やっぱり入れる人多いだろうし、ストーリー的にも紛らわしいんだろうな。」
「ふーん。んで?俺は今から役所に行って色々聞いてからバイト先を探そうと思ってたんだけど。」
「役所?分かった、付いてく。それから金稼ぐバイトな。装備は初期のが一応あるけど、ちゃんと準備して行きたいし。あー……ショウの生産スキルって何だった?俺は鍛治と錬金。」
「えーっと……料理と裁縫、細工。」
「っし!流石ショウだな!最高!」
「何だよ。抱きつくな。男に抱きつかれる趣味はないぞ。」
バタバタと尻尾を振りながら抱き着かれたので顔を押さえて離す様にすると、すんなり離れたユウシはにへらと笑いながら言った。
「このゲーム、空腹度があるって知ってるか?序盤に料理スキルを持ってる仲間がいると攻略がスムーズなんだ。料理のレベルを上げて欲しい。」
「まぁなぁ。ヘルプにも書かれてたし、俺も重要だと思った。門番さんにも勧められたからな。良いところだと賄いが付くらしいし。」
「なんだそれ!?知らなかった賄い良いなぁ……じゃあ、俺は鍛治のレベル上げてくる。冒険して街に入る時の銅貨3枚だけど…うーん…ひとまずこっちの時間で1週間様子を見よう。その時にまた、話し合うぞ。」
「ん。分かった。」
「じゃあ、先にパーティを組んどくか。申請するから、受けてくれ。」
メニュー欄の"パーティ"という表記に数字が出てきて、ユウシから申請が来ていた。受諾すると広めのウィンドウに変わり、俺とユウシの名前が記されている。どうやら、名前横のゲージでHPとMPの簡単な残量確認が出来るようだ。
「これで、パーティのメンバーがフィールドや街中のどの辺りにいるかとかがマップに追加されるし、パーティチャットとかもあるから、普段はこれで連絡とろうぜ。毎回メールは面倒だ。」
「それもそうだな。チャットなら楽か。やる事も終わったし、役所に行くぞ。」
マップを読みながら役所に到着すると、入ってすぐの所にある受付の人に声をかけ、どの窓口で質問をすれば良いかを事情を交えて聞いた。
「夢の騎士様の候補の方達ですね。この世界の詳しい事情などについては、4番窓口で質問をしてください。係の者が説明させていただきます。」
「ありがとうございます。」
そのまま4番窓口に移動し、2人でこの世界の法律やルールなどについて質問する。係の人は猫系っぽい獣人の人だった。二足歩行の猫タイプ。
○この世界でも殺人は犯罪となる。候補者同士の戦闘では、"決闘"という、双方了承済みの決着を決める方法があり、それ以外での戦闘や殺人は、戦闘フィールド(主に防護壁の外)以外は禁止されている。
○また、滅多にない事ではあるが正当防衛は認められている。但し、周りにいる仲間(パーティメンバー等)以外の複数の証言、証拠がない限りは殺人や傷害の罪科として適用される。
○盗みや詐欺、偽造なども罪となる。特に金貨や銀貨などの貨幣に対する偽造には非常に重い罪が適用される。
○検問所で対価を払わずに入場する事は基本的にできない。その国の騎士や住人など、確固たる証がない限りは不可能。こちらも関所破りやなりすましは罪。
○貨幣経済はある。基本的には銀貨や銅貨が○枚という表現で表示される為、特に単位などは決まっていない。ほとんどが10枚で次の硬貨に両替が可能で、金貨、銀貨、銅貨のみ。それ以上やそれ以下のやり取りは現物交換などで対応される。
○貯金をする場合は、各国や街にある"ギルド"で対応している。職業毎に分かれている場合が多く、一職業の登録をするために、約銀貨3枚を契約金とされている。これは、神が用意した情報を転写するのに必要な経費であり、どの街のギルドでも、職業が同じならその身分証で出し入れが可能。自分の目指す職業のギルドに登録する事をオススメする。
○"ギルド"とは、その職業の仕事を斡旋する場合が大半である。登録すると依頼を受ける事が出来るようになり、身分証も発行される。仲介手数料などが発生するものの、職員により吟味された安全な仕事が出来ることから、利用する者が大半である。ギルドを仲介しないで依頼などを受ける事は可能であるが、キチンとした契約が結ばれていない場合が多く、また犯罪に抵触する事もある。調査などで関わっていたと判明した場合、無知であっても逮捕される。
「こんな感じだな?何か他に聞いておく事はあるか?」
「俺は大丈夫だ。ギルドも登録料かかるとなると、どうやって働く店を探すか……」
2人でバイト先について悩んでいると、説明をしてくれた人が声をかけてくれた。
「働き先を探しているんですか?」
「はい。俺たち、銅貨1枚すら持ってなくて……ギルドに登録するのにも金が必要だから、どうしようかと思っていて。元々どこかでスキルレベルを上げるために働こうとしていたんですが。」
会話が比較的得意なユウシが話をしてくれると、係の人が少し考えてから俺たちが伸ばそうとしているスキルを聞いてきた。それにそれぞれが答えると、裏にいた人達に話して地図を2枚用意してくれた。
「これ、もし良かったら。1枚目が鍛治、2枚目が料理のスキルが上げられると思います。私達のサインも入れているので、見せれば証明になると思います。」
「えっ!?そんな貴重な物……俺達、まだ騎士様じゃないですよ!?」
「いえ、私達のいきつけで、新しい人を探していたお店なんです。最近、候補者達が来るってお告げがあってからも、新人さんが入らなくって。」
「なるほど……初心者でも雇っていただけるなら、これほど嬉しいことはないです。ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「いえ、困っている方にアドバイスをするのも私達の役目ですから。」
後ろでデスクワークをしていた人達にもお礼を言って地図をもらい、その後はチャットで連絡を取り合いながらその店に向かうことにした。
向かった先は、お昼時のラッシュが終わった直後の様で、たくさんのテーブルに皿が置かれたままの状態だった。中には、硬貨が置かれたままの所まである。ちょっと無用心だな。
「すみませーん。」
「はいよぉー。なんだい?もう昼の営業は終わったよ。」
「えっと、ここで働き手を募集しているって聞きまして…役所の人に、これをと。」
恰幅の良い女将さんらしき人が、店の奥からのしのしとやってきたので、サインを頂いた地図を見せる。
「ん…?役所の。なるほどねぇ……あんた、料理スキルのレベルは?」
「さ、3です!」
「なら、厨房を少し貸すから、私たちに何か作ってみな。材料は今日の賄いにする予定だった食材でね。」
「……よろしくお願いします!」
奥に通される。旦那さんなのかマッチョなおじさんと、少し若いお兄さん1人、息子さんらしき少年が1人、小さめの丸テーブルにいた。女将さんを含めて4人分が課題みたいだ。
「今からテストをするからね。この子が調理に入ってくれれば楽になる。材料はここさ。」
置いてある材料は、スパゲッティの様な乾麺とトマト、玉ねぎ、にんにくにオレガノらしきつぶつぶのハーブ。調理中に出たっぽい肉の切れ端だった。これ、すでにメニュー決まってるじゃん。
「塩と胡椒、油は使っても大丈夫でしょうか?」
「良いよ。塩胡椒はそこの蓋つきの小箱に入ってる、油はそこの陶器の瓶から好きに使いな。」
「はい。」
材料を前にして、料理スキルを使うイメージをすると手が勝手に動いていく。トマトも玉ねぎも肉の切れ端も細かく切って、にんにくは潰して刻む。既にグラグラ茹っていたお湯を確認すると、少し塩味が濃い。スキルではそのまま進もうとしていたけれど、それを無理矢理止めて、開店前の鍋の水量を考えてから、水を少し加えて再沸騰を待つ。
その間に肉を先に少し炒めて香りを出したにんにくと玉ねぎ、オレガノで炒め、沸騰し始めた湯にスパゲッティを投下。ちゃんと湯切り籠があるから、ここはパスタを日替わりランチとかにしているんだと思う。茹で湯を使いながら具材の味を調えて、良い感じの茹で加減になったスパゲッティを炒めていたフライパンに投下。さらに味を見ながらトマトも入れて、ササっと絡めたら完成。
「完成しました。」
「見た目は及第点。アラン、アンタは?」
「まあまあ。盛り方も慣れてる。4人分が具材も含めて比較的等分。」
女将さんとアランと呼ばれた若いお兄さんがそう言いつつフォークを取るのを見ると、その前に座っていた少年も嬉しそうに食べ始めた。
「一回、鍋の前で止まったな。あれはスキルを無理矢理止めたんだろう。何故だ?」
「はいっ!少し塩が強かったので、鍋の周りに付いていた水の跡を見ながら足す水を計算してました!スキルはそのままスルーしようとしていたので。」
「ふぅん。」
強面のマッチョなおじさんに質問を投げられ、ガクブルな俺を傍目に、全員が黙々とスパゲッティを平らげていく。緊張している俺を見て、ジョンも少し心配そうな顔をし始めた。脂汗と手の震えがすごい俺を見たからかもしれないけれど、おじさんが頷いた。
「良いだろう。最初は皿洗いか冷菜だけだが、これならウチの味を覚えれば店に出しても良い。」
それを見た女将さんが、今度は優しく微笑みながら話しかけてくれる。
「アンタ、住むところは決めたのかい?見たところ夢の騎士様の候補者だろう?」
「まだです。本当に銅貨1枚すら持っていなかったので、先にお金稼ぎだと思って。」
「なら、ウチに住みな。この前嫁に行っちまった子の部屋が空いてるから、そこ使って。明日からは忙しく働いてもらうからね!」
「はい!よろしくお願いします!俺の名前はショウと言います。」
嬉しくて笑顔になりながら頭を下げ、名前を名乗る。まさか、住み込みまでさせてくれるなんて!
「ショウだね!私はアンナだ。旦那のペーターに、息子のアランとユアン。私と2人は接客をやってる。ペーター以外、見事に料理スキルが身に付かなくてね。困ってたところだ。」
「じゃあ、一応料理する時の服は綺麗なのが良いから、俺についてきて。見繕うから。」
「その後は、僕が部屋まで案内するね!美味しかった。ありがとう!」
アランに連れられて、今着ている"初心者用の布の服"から白を基調とした"見習い調理服"に変える。トマトの跡とかが付いているのがそれっぽい。髪をしまうキャスケットと、翼に被せる用のカバーみたいなマントみたいなやつ。これは新品だ。
「俺が昔に料理の練習してた時のやつ。袖は捲れば問題無し。……腰はちょっと緩いな。魔法スキル持ちか?」
「はい、まぁ……大分魔法スキルに偏ってます。」
「そうか。ならベルトも使え。エプロンはこの臙脂色のやつ。働いたらそこの箱に入れてくれ。朝までには綺麗になってる筈だ。ただし、トマトの汁とか、ターメリックの黄色とかの強い色素は落ちないから気をつけろよ。」
「はい。」
「ショウ!部屋はこっち!早く早く!」
楽しそうなユアンに連れられて部屋を案内された後は昼に大量に出た皿を片付け、夜の営業は言われた通りに野菜をひたすら切りまくった。生用、煮る用、炒める用…大体の用途を考えながら隣で鍋を振るペーターさんを盗み見し、物凄い速度で仕上がっていく料理に目を回しそうになる。それからは本当に一心不乱に野菜を切ったけれど、たまに隣でペーターさんが手を止めて何かしていたのは知ってる。とても悔しい。明日はそんな暇作らせないからな!!!