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離宮

翌日、宿に迎えの馬車が来た。ここから王弟のいる離宮までは距離がある。

だが、庶民が暮らしている下町の宿屋に王家の紋章入りの馬車で迎えに来るとは驚いた。悪目立ちしているぞ、思いっきり。

とりあえず身一つで馬車に向かうと、従者が「お荷物も一緒に持って行かせていただきます」と言って後ろの馬車から二人の侍女が降りて行き宿屋へ入って行った。しばらくすると侍女が僕の荷物を持って出てきた。

「お荷物はこちらでお預かりしますのでご安心ください」

侍女はそう言ってペコリと頭を下げた。

あのね、勝手にやっているけれど僕は許可した覚えがないんだけどね。

あとアルフレッドは勝手に自分のいる城を王宮などと言っているが、まだ彼は王弟だからね。


何だかモヤモヤした気持ちを抱えたまま僕は馬車に乗り込んだ。

馬車はかなり豪華な内装だった。これは国賓レベルを乗せる馬車ではないだろうか。僕は国王でも王太子でもないんだけどね。まあクッションも良いし乗り心地は最高なので深くは考えない事にした。


離宮に着くと車寄せまでアビゲイルが迎えに来ていた。相変わらず華やかな装いだ。綺麗だし似合っている。だが、僕の好みではないな。もっとも向こうだって僕の好みなどどうでも良いのだろうが。


「ようこそお越しくださいました。パトリス殿下」

殿下付けか。幼馴染なんだから気安くパトリスでいいのに。アビゲイルがかしこまっている時は大抵ろくなことがない。

「お父様が待ってるわ。案内するわね」


この離宮はシャーロットと一緒に何度も来たことがある。王宮から行き来しやすい距離の割には自然が豊かなので王都に住む貴族達の別邸が多い。

アビゲイルに案内されながら僕はシャーロットと遊びに来た時の事を思い出していた。


正面に見える大きな絵、あれは二人で遊んでいた時勢い余って右下に大きな穴を開けてしまったんだ。修復してもらったと聞いたがどこに穴が空いていたか全くわからなくなっている。いい仕事をしてくれたな。

ああ、確かあそこには大きな花瓶があって、シャーロットが落としそうにしたのを僕が全身で支えて大事には至らなかったんだ。まあ僕の体には大きな痣が出来たけど。しばらく青かったな、アレ。

回廊から見える庭の奥に池がある。犬に追いかけられて池まで追い詰められた僕を近くにあった枝を振ってシャーロットが助けてくれたんだ。今思うとあの犬はかなりの小型犬で貴婦人が片手で抱えられるくらいだったのに、キャンキャン鳴く声が怖くて怯えていた僕をシャーロットは守るように立ちはだかってくれた。

こうして思い出してみると、シャーロットはお転婆というか勇ましかった。

そして何も出来なかった自分が情けなくてあれから剣や体術の稽古に励んだんだよな。


「思い出し笑い?」

アビゲイルに言われて思い出した。僕は王弟に呼び出されていたのだった。思わず現実逃避をしてしまっていたようだ。僕は笑っていたのか。

「私の言う事などまるで聞こえていないかのようだったので」

淑女と一緒にいるのに放ったらかしは良くない……のだろうな。謝るしか無かった。

「それは申し訳ない」

「いいえ、相変わらずだなと思っただけよ」

アビゲイルがそう笑って言った時、ある扉の前へと着いた。

「こちらです。どうぞ」


従者が、扉を開けると窓から差し込む日差しを背に受けた王弟アルフレッドがいた。

逆光のため顔に深い影を落としている。

ああ、物語の悪役ってきっとこんな顔なんだろうなと僕は思った。


アビゲイルと二人、部屋へ通される。

「よくいらしてくれた。パトリス殿下」

「ご無沙汰しております、アルフレッド殿下」

ごくごくありふれた挨拶から始まり、天気の話題、季節の食べ物の話などを交わす。僕の国は他国には「美食の国」として有名らしく、食べ物の話をされることが多い。こうして一連の挨拶が終わるとアルフレッドは本題に入った。


「シャーロット王女のことですが、あの茨の中に閉じ込められているとのことですが、どうお考えですか」

「どう、とは? 賢人達が生きていると言っていましたよね。お疑いなのですか?」

「もちろんそんな事はありません」

「茨に包まれてからまだ一カ月も経っていません。直ぐにでも目覚める可能性だってあります」

アルフレッドの顔は一瞬強張ったが直ぐに言葉を続けた。

「そうなる事を願うばかりです」


アルフレッドが考えている事はわかる。王不在は国際的にも危険なのでさっさと自分が即位したいのだろう。だが王も第一位王位継承者もまだ生きているのだ。

ただ、僕はこの国の政に口を出せる立場ではない。アルフレッドが即位したければ勝手に即位すればいいだけなのだ。今の状況なら他国も納得だろう。それなのに彼は一体僕に何をさせたいのだ。

「まあ、しばらくは成り行きを見守るつもりですよ」

そう言ってからアルフレッドは娘アビゲイルの顔を一瞬見た。


「ときにパトリス殿下は先日のシャーロットの誕生日に彼女と婚約をする予定でしたな」

「はい。その通りです」

「だがこのような状態になってしまい、とても婚約どころではなくなってしまった」

「その通りですが」

「ご存知の通り王族の婚姻は外交の手段の一つです。貴方の国とこの国の更なる友好のためにお二人は婚約されることとなったのでしょう」

いやいや。ただうちの両親と、シャーロットの両親が友達同士でとても仲が良かったからだろう。シャーロットと僕も気が合ってたのを見て、二人は結婚しちゃえば良いよね、ぐらいのノリだったと思うぞ。もちろん政略を考えていなかったとは思わない。だが、シャーロットが僕を嫌だと言えばそれまでの話だったはずだ。


「ですが、このまま」

アルフレッドが続ける。

「シャーロットが目覚めなかった場合、パトリス殿下はどうなさるおつもりですか?」

「特には何もしませんが。ご存知の通りあの城は近付く事すら出来ませんし、僕には魔力もないので様子を見守る以外は」

「ああ、そういう事ではなく、貴方の婚約をどうするかと言う意味ですよ」

僕の婚約?

なるほど、だからここにアビゲイルがいるのか。

「正式な婚約はしていませんが、僕の婚約者はシャーロットです。彼女が目覚めるのを待ちます」

「目覚めなかったらどうするのですか?」

しつこいなあ。

「何年も何年も目覚めなかったとしたら、その時に考えます。幸い僕は王位を継ぐわけではなく後継者の事など考えなくて済む身分なので。それに貴国と我が国の友好は王家同士の婚姻などなくても揺らぐものではないと認識しています」

つまり、将来王女となるアビゲイルと僕が結婚する必要は無いんだよ。

「僕の身の振り方までお気遣い頂き恐縮です。王弟殿下のお優しいお心、両親にも伝えておきます」

いろんな意味で国には報告させてもらうよ。

「さて、お忙しい王弟殿下のお時間をこれ以上邪魔をするのも失礼ですのでこれにて下がらせていただきます」

さっさと帰りたいからな。



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