塔
シャーロットと二人でいるところに国王夫妻が現れた。
「シャーロット、明日で16歳ね。やっとこの日が来るのね。長かったわ」
王妃が涙ぐみながらシャーロットを抱きしめた。
「お父様、お母様、今までありがとうございます」
シャーロットが母親に抱きついた。それからスカートをつまみ上げ二人にカーテシーをした。
「立派な成人王族として振る舞えるよう精進いたします。明日からもよろしくお願いします」
それを国王は厳しい目で見つめている。
「あと1日だ」
かなり小さな声だったが国王が呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
シャーロットが成人になって自分の手から離れることが寂しいのだろうか。
その後4人でしばらくの間庭園の散策をしたが、終始王の表情は穏やかだった。
明日の婚約式の準備は全て済んだので、僕は部屋でのんびりしていた。
明日からはシャーロットの正式な婚約者として公式の場に出る機会も増える。
「これから大変になるな」
そう呟いてから、何気に薄暗くなりかけた庭を見ていたらシャーロットと思われる人影を発見した。人影は一つ。つまり彼女は護衛を連れていない。
「嘘だろう? もう暗くなるという時間に危険だ」
いや、正確には明るさに関係なく一人でいる事が危険なんだ。王宮は安全な場所とは言えない。親兄弟といえども敵になることもある。自分にその気がなくても周りの人間に勝手に敵を作られたりするのだ。むしろそちらの方が多いか?
地位が上がれば上がるほど敵も増える。暗殺や誘拐などに備えて護衛騎士の存在は欠かせない。護衛対象の意志に関係なく護り続けるのが護衛騎士だ。最低でも二人1組になって行動している。護衛対象を一人にするなどあり得ないのだ。
何かが起きている。
僕は上着を引っ掛け慌てて彼女を追う。ゆっくりと歩いているシャーロットに追いつくのは簡単な事だった。しかし彼女の様子が変だ。眠りから覚めていないような表情をしている。
「シャーロット!」
声をかけるが反応がない。明らかにおかしい。連れ戻さなければと思い彼女の肩を抱くと、何かの力で手を跳ね除けられたのだ。
「パトリス、邪魔しないで。私、行くところがあるの」
ぼんやりした顔で気だるそうに言いながらシャーロットは城の片隅にある塔の方へ向かっていく。
「行くってどこへ? 何をしに行くの?」
まるで僕の声が聞こえていないかのようにどんどん歩いていくシャーロット。僕は彼女の手を掴んで引っ張った。
「邪魔しないで」
再び何かの力に撥ねられ手が解ける。魔法? いや、彼女は魔法を使えない。そんな事を考えている間にシャーロットは塔の上へと続く階段を上り始めた。
「止めろ、こっちへ戻って来い」
その階段を上ってはいけない。何か嫌な予感がする。そもそも僕がこんなに大声をあげているのに兵士の一人も来ないのもおかしい。
先程から城全体がおかしな空気に包まれている気配がする。
それにどうして僕はさっきからシャーロットを止められないのだろう。気ばかり焦って何もできていない。
シャーロットはとうとう階段の一番上まで上り詰めた。目の前に木の扉がある。もう随分と使われていないのだろう。そこら中が埃だらけだ。扉の前には何センチもの埃が積もっている。彼女は気にする事なく扉を開けようと手を伸ばした。
「駄目だ、開けるんじゃない!」
僕の言葉が聞こえてないかのようにシャーロットは扉を開けた。
そこは小部屋で家具と言えるものは古い長椅子が二つと机だけだった。
だがこの国では見られない物があった。糸車だ。夕陽を受けてオレンジに光っている。
だがおかしい。国王が生糸の生産を禁止した時、糸車は相応の金額で買い取られ全て焼却処分になったのだ。糸車は徹底的に回収された。兵士が一軒ずつ全部の部屋を見回ったほどだ。そして隠し持っていた者には重い罰金が課せられたのだ。
「これは何?」
シャーロットが僕に尋ねる。
「糸車じゃよ」
糸車の向こうから答えが聞こえた。気付かなかったが糸車の向こうには椅子があり老婆が座っていたのだ。
「糸車って?」
隣国で育った僕は知っているが、シャーロットが生まれてからは国から糸車が全て消えたせいで彼女は糸車を見たことがない。
「くるくる回って楽しそうね」
呑気にシャーロットは言う。
「せっかくこんな所まで来たんだ。少しあたしの話を聞いてっておくれよ」
老婆の声を聞いたと同時に体が自分の思い通りに動かなくなった。
「ほら、二人ともそこの椅子にお座りな」
僕は言われた通りに椅子に座る。自分の意志に関係なく。
「お姫さん、あんたが生まれる前まではこの国でもそこにある糸車でみいんな糸を紡いでいたんだよ」
シャーロットを見ると老婆の声はちゃんと聞こえているようだった。相変わらずぼんやりとしているが。
そして老婆はそんな僕たちにはお構いなしに話を続ける。
「まずは遠い昔のお伽話を聞いておくれ」
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