9話 制圧
「しかしあいつが王国の歪みって言ってたな……ってなると……はぁ、気が重い」
夜の街を駆けるファルがため息を吐く。
5年前、魔王の脅威に晒されていた王国。勇者ファルによって魔王が討伐されて王国に平和がもたらされた。
こうして人々は永遠に穏やかに過ごしたのでした、めでたしめでたし――とおとぎ話のようにはなっていない。
一応、王国は現在も平和ではある。だが平穏では無く、多くの問題が噴出している。
魔王城との最前線基地だった北の国への復興資金援助打ち切り問題、魔王との戦いで一致団結している間はある程度無視できていたが再燃し始めた格差問題、魔王討伐を主導した組織の一つ、教会による汚職問題。
明確な外敵や内戦が起きていないため平和ではあるものの、火種は各所で燻っている。
「みんないつも愚痴ってるもんなあ」
元パーティーメンバー、賢者、女戦士、聖女ともに問題の対処に追われている毎日のようだ。魔王を倒し英雄として凱旋したはずなのにこんな現状だとは世知辛い。
「あいつは……魔王はそういう点では楽だったのかもな。ぶっ倒せば終わりだったし」
どの問題も色んな要素が結びついて複雑になっている。分かりやすい悪者がいて、それを排除すればいいという単純な問題ではない。
「まあだからこそ勇者が忙しくなかったんだし……今回みたいな単純な問題は勇者にぴったりだな」
そうしている内に、ファルは目的地の王都外れの廃墟にたどり着く。
賢者ケレンから知らされた今回の問題の概要。
昨日の夜、日曜学校が行われている教会が何者かの集団に襲撃された。子供達を預かっているときにまた襲撃が起こったら対応しきれないということで臨時休校となった。
その後に行われた調査で犯行がこの廃墟を根城にしている不良グループによるものと判明したらしい。学校に通っていない10台後半くらいの若者たちが集まった不良集団。
近隣住民に迷惑をかけてはいるが、魔王軍なんかとは比べものにもならないくらい小物で、教会を襲ったのも愉快犯らしい。
襲撃集団の会話や、実際に金品が奪われてなく、被害もそこまで大きくないこともそれを示している。
だからといって許されるわけでは無い。そのため俺がやるべきことはとっちめて再犯を起こさせないようにすること。
構成員は30人以上いるらしいが特に鍛えているわけではないらしい。
「それなら剣も盾も必要ないか。……あ、でも」
正面から廃墟に乗り込もうとしてファルは気付いた。
顔を見られて近所で噂でもされたら色々面倒だよな……よし。
「これでいいか……ふんっ!! 『風』」
落ちていたガレキを魔力を集中させた指で盾に二つの視界用の穴を開けそれを自身の顔に当てて風魔法で落ちないように固定する。
即席の仮面というわけだ。
「よし、行くか」
意気揚々とファルが廃墟に乗り込むと入り口すぐ横の広間に不良が4人ほどたむろしていた。
「あん? って何だ、この化け物!?」
「化け物とは酷いな」
「ぐはっ……!」
顔をガレキで隠した化け物としか形容できない見た目のファルが急接近して蹴りを叩き込む。魔力によって身体能力を強化した一撃は相手の意識を奪い取る。
「っ……!!」
「野郎!!」
「何が目的だ!!」
瞬間、残った三人が騒ぎ始めるが。
「明確に攻撃されてるんだぞ。そこは反撃しないと」
ぐえっ、ぐっ、うわっ、続いてファルは3人とも落とす。
「っ、何だ!」
「襲撃か!?」
巣を突いたハチのようにわらわらと出てくる不良たち。
「そこは足並み揃えないと各個撃破されるだけだぞ」
ファルは魔力による脚力強化だけで次々と破壊していく。
「『炎』!!」
「……っと、魔法で反撃する余裕のあるやつも現れ始めたか」
遠距離から放たれた魔法もひょいとかわし、距離を詰めて倒す。
「くそっ……一体何者だ、おまえ!!」
脇に四人従えた、このグループのボスらしい男が問いかける。ファルの強さを見て迂闊に飛び込もうとしないくらいの判断は出来るようだ。
「何者、か。そう言われると返す言葉に迷うな」
勇者であることは秘匿事項、名前を明かすのも何のために仮面をしたのかということになる。
「そうだな……強いて言うならどこにでもいる父親だ」
「父親……?」
「『風』」
「なっ……!?」
ファルを待ち構えて固まっていたボスたち。だがファルは必要ないから使ってなかっただけで、縛りプレイをしていたわけではない。
普通に突っ込んでは面倒だと判断したファルは、風魔法で5人とも足を刈り取り、体勢を崩したところに接近して拳を叩き込む。
こうして不良グループはファル一人に制圧されたのだった。