8話 賢者
後片付けを終えた後、ユラサはマース君を起こして家に帰っていった。
ファルもリビングで寝ていたナミカを起こし、歯を磨いてから自分の部屋で寝させる。
そして一人リビングに残ったファルは。
「…………」
ソファにもたれかかりぼーっと天井を眺めていた。
今日は朝から本当に色んなことがあった。
結果としてナミカにマース君という友達が出来たのは本当に良かったことだろう。
魔王の因子を覚醒させないためにも、ナミカには普通の青春の日々を送らせる。その一歩がこんなところから踏み出せるとは。
二人は相性も良さそうだったしこのまま仲良くなってもらえれば……あっ、でも彼氏彼女とか付き合うのは無しだぞ。まだ早すぎるしそれにウチのナミカはやらんからな。
俺自身もユラサさんという同じく子育てを頑張る同志を得られた。
……というか初対面なのにあんなことこぼすのは良くなかったな。ユラサさんが返してくれたから助かったけど、重くて引かれていた可能性もあった。
結果的に俺だけがすごい得をしている。
「……借りっぱなしってのも癪に合わないな。気にもなるしちょっと動いてみるか」
むずむずしてきたファルは通信魔法を発動。
通話相手は魔王討伐の勇者パーティの元メンバーの一員、賢者のケレンである。
『何だ? こんな夜中におまえからなんて珍しいな』
「今大丈夫か?」
『残業中の片手間で良いなら応じられるぜ』
魔王討伐の功績を引っさげて凱旋したケレンは現在王国の政務部で働いている。国家の運営に携わるほど偉く権力もあり、またそれ相応に能力も高い青年である。
ファルとケレンはパーティーにいたときから気が合っていた。魔王を討伐した後も王国の動向を探るときやただ単に雑談するなどして連絡を取り合っている仲である。
「日曜学校の話なんだが……」
『ああ、ナミカちゃんのか? それならすまんって言っただろ。ジジイどもが堅物なのは確かだが、現実として危機が存在する以上、防犯が追いつくか……おまえ一人で全部をカバーできる訳でも――』
「ああいやその話題じゃない。それなら交換で初等部からは学校に通ってもいい許可をもぎ取ったおまえには感謝しているんだ」
『まあそれくらいはな。……ってじゃあ何の話なんだ?』
「近所の日曜学校が今日臨時休校だったんだ。何やら良くない噂も出回っていてるんだが、おまえのところに何か情報があるか?」
『おまえの近所っていうと……そういや報告があったな』
「さすがの情報網だな。それでどうなんだ?」
『何てことない事件だ。この国の歪みが顕在化しただけの……よくあるよくあってはならない事件だな。ただ騎士団も人手不足で対応は遅れそうだけどな』
「その犯人の情報を貰うことは出来るか?」
『ん、どうした? 久しぶりな正義感だな。子育てに専念するためにそういうのは控えるって言ってたのに。
別に情報を回すのもわけないし、解決してくれるならありがたいが……どういう風の吹き回しだ?』
「近所だからな。ナミカを物騒な目に合わせないためにも、掃除しておこうってだけだ」
『いやだからナミカちゃんは日曜学校に通っていないんだから、今回珍しく勇者をやろうとしている理由になっていないだろ』
「……別にいいだろうが」
『何か言い辛い理由……問題解決、かっこつける…………女のためか?』
「っ!?」
『ははっ、そうか、そうか。勇者様も片隅におけないですねえ』
通信魔法で相手の姿は見えないが、声だけでケレンのニヤニヤとした表情が見えるかのようだ。
「おまえに相談したのが悪かった、自力で探す。切るぞ」
『いやいや、からかって悪かったって! そんなもったいぶるような情報でもないんだ、資料も見つけたから読むぞ。ええと犯人たちのアジトは……』
話しながら資料を探していたのだろう、口頭で事件の情報を告げられる。
『と、こんなところだ。ところでいつ取りかかるんだ』
「今からだな」
『もう夜中だぞ?』
「早めに解決したいからな」
ユラサさんは明日マース君が日曜学校に預けられるか気にしていた。早ければ早い方がいいだろう。
『分かった、騒ぎにならないように騎士団には話を付けておく。それと……』
「それと?」
『今度、その相手の情報とどこまで進んだのか情報を――――』
ブチッ、ファルは一方的に通信魔法を切断した。
「全く、あいつは。俺とユラサさんはそんな関係じゃ無いってのに」
そんな目線で見たらユラサさんに失礼だろう。
「まあいい……とにかく情報は手に入った」
ファルは深夜のためそっと玄関から外に出ると、両足に魔力を流し脚力を強化。
「さっさと取りかかるか」
一足飛びで向かいの家に飛び移ると最短、最速のルートでそのポイントに向かうのだった。