3話 お隣さん
勇者ファルと魔王の娘ナミカは王都の郊外の住宅地に位置する庭付きの一軒家に住んでいる。
「ふぅ……」
ファルは近頃伸びてきていた庭の雑草取りを朝から行っていると。
「だからお願いってば……!!」
「イヤだもん!!」
隣の家前から懇願する声と反抗する子供の声が聞こえてきた。
「今のは……ユラサさん家で何かあったのかな」
三ヶ月ほど前に隣の家に引っ越してきたユラサさん、俺と同じくらいの年齢の女性だ。引っ越しの挨拶で少し話をしたが、ナミカと同い年くらいの息子と二人で暮らすと聞いた。
男手一つで育てる俺と女手一つで育てるユラサさん。似たような境遇だと少し盛り上がったがそれだけだ。後は家が隣なのでふとしたときに会ったに会釈をする程度の浅い関係。
困っているようだが無視しても助けてもおかしくない間柄、となれば勇者として人類を救った者がどちらの行動に出るかは想像に難くない。
雑草取りの道具を置いて家の敷地を出たファルは、自分の家の前でうなだれるユラサとそれにしがみついている息子を見つける。
「おはようございます」
ファルは声をかけた。
「あ、おはようございます」
「何やら困っているみたいですけど、どうされたんですか?」
「えっ、聞こえてたんですか!? すいません、家の前で見苦しいマネを……」
「いえいえちょうど庭いじりをしていたものですから。それより何があったんですか?」
「……その、今から仕事なんですが、マースの通っている日曜学校が臨時休校で預けられなくなって……」
ちらりと息子の方を見るユラサさん。マースとは息子の名前のようだ、そのマース君はというと。
「一人で留守番、やだ!!」
という主張のようだ。
(シングルマザーで日曜学校に預けられないのは死活問題だな……)
仕事と子育てを一人で両立させるのは不可能だ。外部の力を頼る必要がある。
日曜学校が臨時休校で子育てに行動を振らないといけないのに困っているということは、仕事も簡単に休むことが出来ないということだろう。
「うーん……ああ……しょうがないか。職場に休む連絡を……」
それでも子供のために断腸の思いで決断しようとしたユラサに。
「差し出がましいかもしれませんが、マース君、家で預かりましょうか?」
ファルは提案する。
「え……?」
「俺は一日中家にいますし、娘のついでにマース君の面倒もみますよ」
現状、ファルは無職だ。勇者として魔王を討伐するまでに稼いだ莫大な報酬を切り崩しながら生活している。5年経ったがまだまだ貯蓄に余裕はあるので、シングルファザーとして子育てに専念出来ている。
「で、ですが……そんな頼るわけには……」
「なあ、マース君。今日だけお兄さんの家で過ごさないかい?」
ファルは腰を落としてマースと同じ目線に立って提案する。
「………………分かった、おじさんで我慢する」
一人で留守番するのは嫌だが、自分の母が困っていることも理解していたのだろう。マース君は迷った様子だったが提案に乗ってくれた。
大人な子だな……わざわざおじさんと言い換えたことに納得は行かないが、子供に怒るほど大人げなくは無い。
「ということですので」
「本当に、本当にすいません!! ありがとうございます!!」
「いえいえ。お気になさらず。それより仕事の方は大丈夫ですか?」
「っ、もうこんな時間!? すいません、仕事が終わったら家に窺います! マース、良い子にするんだからね!!」
ユラサさんは最後に釘を刺すと慌てた様子でその場を去って行った。
「じゃあ家に入ろうか」
「……おじゃまします」
雑草取りの途中だったがマースに家の案内をした後で再開すれば良いだろうと、とりあえずマースを連れて家の中に入ったところで。
「……誰、その子?」
何故か玄関で仁王立ちして待っていたナミカがマースを指さして言ったのだった。