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2話 5年後


 魔王討伐により人類が平和な世界を取り戻してから5年の月日が経った。


 その立役者である勇者、ファルは。




「ああもうちゃんとピーマン食べなさい!」


 王都の一角、閑静な住宅街にて子育てに奮闘中であった。




「イヤ! 絶対食べないもん!!」


 口をとがらせて徹底抗戦の構えを取る娘、ナミカ。




 ファルとナミカは血が繋がっていない。


 それどころかナミカは宿敵で討伐した魔王、その実の娘だった。




「うーんどうしても好き嫌いが減らないな……ちゃんと栄養を取って欲しいのに。どうしたらいいんだ?」


 ナミカは自分の部屋へと逃げてドアの前にイスを置いて立てこもった。勇者の力ならその程度障害にもならないのだが、衝撃で中にいるナミカが怪我してしまっては大変だ。

 ということで諦めたファルはいそいそと残されたピーマンを自分の口に放り込んで皿を洗い始める。


「………………」


 この五年で慣れてきた家事作業に手はオートで動き続ける。余裕の出来た思考が勝手に過去を振り返っていく。








 魔王を倒しその娘を抱いて帰還したファル。


 ファルはパーティーの仲間たちにこの娘を育てると宣言した。


 当然最初は受け入れられなかった。一体魔王との決戦で何があったのかと仲間に追及されたが、ファルは内容を一切語らなかった。


 ファルにしゃべる気が無いと判断した仲間は分かっていることだけを整理し始めた。




 つまりは勇者が魔王の娘を育てるという宣言についてである。


 これについては三人とも意見が割れた。




 この世界には勇者の因子、魔王の因子というものが存在する。


 善なる感情や意思で覚醒し力をもたらす勇者の因子、反対に悪なる感情や意思で覚醒し力をもたらす魔王の因子。


 その覚醒者同士の戦いが先ほどの最終決戦であり魔王は敗れた。つまり魔王の因子は滅びたのか、というとNOである。


 因子は世界を巡る。覚醒者が死亡したときに子孫がいればその者に継承され、いなければ世界のどこかに、誰かに発現する。


 勇者が抱える魔王の娘が本物であるなら、魔王が死んだ今、その因子は継承されていることになる。


 ただし継承したばかり、そして赤ん坊のためまだ魔王の因子は覚醒していないだろう。






 だったら魔王になる前にそいつを殺せば良いじゃねえか、短気な女戦士がまず言った。


 そうなったら結局また別人に魔王の因子が発現するだけ……だったら俺たちで悪なる感情で覚醒しないように管理する。勇者の言う真人間に育てるって案も一理あるな、と賢者は面白そうにしている。


 魔王の娘を私たちが育てるということですか、そのようなこと女神が許すのでしょうか、聖女が悩ましげに呟く。




 結局その場で決着は付かず、勇者たちは魔王討伐の凱旋も兼ねて魔王の娘を連れ王国へと帰った。


 そこでも当然反発した国の中枢に属するお偉いさんたちとの激しい協議の結果、勇者は魔王の娘を育てる許可をぶん取った代わりに勇者としての、英雄としての立場から追放された。




 そうしてファルは一般人と変わらない立場となり魔王の娘、ナミカを育て始めることになった。


 だが剣と魔法は百戦錬磨の勇者も子育ては初めてだった。


 元パーティメンバーの3人の助けが無かったら早急に立ち行かなくなっていただろう。


 賢者には一般人となったファルに住居を斡旋してくれた。

 引っ越し作業など体を使うことは女戦士が手伝ってくれた。

 赤ん坊でも大丈夫な食事、おむつの替え方、夜泣きの対処。子育ての様々な知識は教会勤めの聖女が教えてくれた。


 追放されたが元パーティーメンバーの3人がファルの味方となってくれたことは本当にありがたかった。




 それでも家の中ではまだ赤ん坊のナミカと二人きり、敵を倒せば終わりのこれまでとは違い、誰かに守られていないと容易く壊れてしまう命を守ることに終わりは無い。


 睡眠不足やノイローゼになりながらもナミカの成長を見守る内に、ファルの心境も義務感から親子の情へと変化していった。


 幸いにも特に大きな出来事……いや子育ては毎日がハプニングだが、それ以外においては大きな出来事もなく平穏に過ぎていき、5年経過して今に至る。








「………………」


 現状に不満は無い。

 ……いやナミカにピーマンは食べて欲しいが、強いて言うならその程度だろう。ナミカを育てるために英雄の立場を追放されたことも、静かに子育て出来てむしろ良いくらいだ。


 未来についても不安は無い。

 ナミカはすくすくと健康に育っている。聡明で宇宙一かわいい(若干親馬鹿の入っているファル談)自慢の娘だ。

 継承している魔王の因子は悪の感情、意思を抱かなければ覚醒しない。このままそのようなものとは無縁に過ごし……いやもしあったとしても問答無用の勇者パワーで排除する所存だ。




 だから不服があるとすれば……過去くらいだろうか。




『その娘を……頼みます……』


 フラッシュバックする最期の言葉。


「俺にもっと力があれば…………違う結末が…………」


 現在、未来と違って過去を変えることは出来ない。








「……よーし終わりっと」


 ナミカは部屋に引きこもっているが、おやつの時間になったら出てくるだろう。皿を洗い終えたファルは家の掃除に取り掛かるのだった。

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