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負け組夫婦の僻地ライフは意外にも快適です  作者: ゆあん
第一章 初めましての負け組夫婦編
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第4話 自己嫌悪と悪夢の夜

オラリオとすれ違い、寝室に戻るように言われてしまったエーリン。

就寝を整えながら彼の言葉を反芻(はんすう)するが、果たして気持ちの整理はできるのか……?

 寝室に戻ると、開いた窓から吹き込んだ風が室内を冷やしていた。


 外はもう暗く、窓の外から空を(あお)げば、満開の星。浅い夜だというのに、世界はまるで暗闇に包まれたようだった。


 思えば、実家の邸宅(ていたく)から見える景色は、たとえ夜とはいえど、人の営みがあり、いたるところで(ともしび)があった。こうして比べれば、ここがいかに田舎で、僻地(へきち)であるのかを思い知った。


 窓を閉め、ベッドに相対(あいたい)する。シーツに堆積(たいせき)した(ほこり)は風によって幾分(いくぶん)払われたが、それでも寝るには気が引ける。もちろん床は論外だ。逡巡(しゅんじゅん)したのち、シーツを端から半分めくって、ベッドに直接横になることにした。


 横になると、どっと疲れが襲ってきた。固いベッドにも関わらず、体がまるで地面に引きずられるかのように埋まっていくのだ。深く呼吸をすれば、すぐそこまで睡眠が迫っているのを感じた。


「こんな時でも、人は眠れるのね」


 天井を眺めながら、先ほどのことが頭にめぐる。


「夫婦喧嘩、というものでしょうか?」


 良かれと思ったことが裏目にでてしまった。言葉で伝えたけれど、想いを汲み取ってもらえなかった。


 役に立ちたかっただけなのに。


「まずったなぁ」


 とはいえ、オラリオのいうことも一理ある。


 どんな状況であろうと、私たちは貴族だ。領主たるもの、品位をかなぐり捨ててはいけない。でなければ、民に示しがつかない。


 アトラ領は辺境(へんきょう)にあり、そして貧しい地域であるとも聞く。下賜(かし)された服が金になれば、それだけで救われた命もあったかもしれない。そう言われれば、それを台無しにする私の行動は、短慮であったと指摘されても仕方のないことだろう。


 しかもオラリオは宰相(さいしょう)補佐だ。財政、経済などに詳しいだろう。私には到底(とうてい)及ばない知識があり、考えがあったのかも知れない。


 突然、父の言葉が脳裏に浮かんだ。


『でしゃばりな女など鉄鉱石(てっこうせき)にも劣る』


 女性を軽視するその言動に、腹を立てたりもした。


『自己満足に他者を巻き込むな。でなければいつかその身を亡ぼすことになる』


 しかし今になってわかる。

 父はこれでも、私の身を案じてくれていたのだ。


 現に、今私が置かれている状況こそが、その証左(しょうさ)だ。


 ――もっとちゃんと話を聞いておけばよかった。


「申し訳ございません。お父様」


 そうして冷静に考えると、オラリオの正しさが浮き彫りになってくる。


 荷馬車から荷物を持ってきてくれたのは誰だったか。


 馬の食事や活用方法を考え、必要な物を探し、そして水源の確保まで、この短時間でこなした。

 生き残ることを考えれば、最善手だったのではないだろうか。


『外の様子を見てくる。エーリン嬢はくつろいでいてくれ』


 それも、私を気遣いながら。


 その間、私は何をやっていた?


 荷物を確認すると言いながら、結局は感傷に浸っていただけではないのか?


『エーリン・マクワイヤです。よき妻としておそばに』


 自分で発した言葉が、リフレインする。


「――失格ですね、私は」


 ため息とともに、睡魔が一層せりあがってくる。


「謝らなくては」


 最初の一言は、私から。 

 もっと彼を信じなくては。

 まどろみの中で、心に誓った。



■■■


 その晩、夢を見た。


 気が付くと暗闇にいて、手足はきつく縛られていた。幼い私はそれを振りほどくことが出来ない。辺りは嗅いだことのないひどい臭いがたちこめていて、息をするだけでも吐きそうになった。

 助けを求めて声を出すと、扉が開き、入ってきた大きくて汚い男に首を絞められた。死にたくなければ黙っていろというので、声を押し殺して泣いた。


 それから随分(ずいぶん)と経って、今度は別の男が来て、私の髪の毛をナイフで切った。男は切り離した毛束を握りしめて、鈍色(にびいろ)の切っ先を私に向けながら言った。


『おとなしくしていれば、殺しはしない。俺も殺しをしたいわけじゃない』


 この時の私には、その意味が解らなかった。


 夢は次の場面に移る。


 そこは蝋燭(ろうそく)数本で照らされた薄暗い小屋の中で、椅子の上に座らされた私は、後ろ手で腕を縛られ、口を封じられていた。薄汚れた格好の男たちが数名うろつき、私の髪を切った男が落ち着かない様子で机の上に腰かけている。


 部屋にノック音がする。男の一人が扉を開けると、何かを言って倒れた。同時に、鎧の男達がなだれこみ、残る男たちを次々と切り伏せていった。

 机の男が「裏切ったな」と叫び、私に覆いかぶさろうとしたその刹那、男の胸は背後から剣で貫かれた。切っ先は私の目前で止まり、男の血肉を滴り落としていた。剣が引き抜かれると、流血の花火が私の顔面にはじけ、男は吐血しながら私の膝上に崩れ落ちた。


『――すまなかった――』


 やがて力なく床に転がる男の体から流れ出た血が、私の足の爪を赤く染めていった。 


 男が最後に口にしたのは、私の名前ではなかった。



■■■



「――!!!」


 目が覚めると、見慣れぬ天井があった。呼吸を整えていくうち、それが昨晩見たばかりの天井であることに気が付く。


「また、あの夢を……」


 呼吸が完全に整えば、聴覚が戻ってくる。窓からは陽光が差し込み、鳥たちのさえずりが朝の訪れを告げていた。


 窓を開けると、早朝の爽やかな風が室内に入り込んでくる。まるで今初めて呼吸をしたかのような爽快感。悪夢に(にじ)んだ汗も、風がどこかに運んでくれるだろう。


 天候は快晴。遠方の山々の緑が陽光に眩しい。見下ろせば、この建物から少し先までは開けた下り坂になっており、丘の上に立っているような感覚になった。


「あれは?」


 下り坂の先には、山々を()うようにして畑が広がっており、ぽつぽつと質素な民家が見える。そしてその先には、集落があった。


「村があるのね」


 人がいる、という事実が、心の奥に潜んでいた孤独感を解消していく。


 昨日のオラリオの言葉を思い出してみる。


『ここはその領主館近くの、庭師の仮住まいらしい』  


 その言葉から察するに、領主館はこの窓とは異なる方角にあり、今見えている集落が一番領主館に近い村なのだろう。


 畑が広がり、山は青々しく、自然は豊かに見える。しかし遠景が豊かだからと言って、人々の暮らしも同じく豊かであるとは限らない。


 少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 オラリオが領主となる以上、この村人達との良好な関係の構築は最優先事項となるだろう。


「頑張らないと」


 夫となったオラリオに待ち受ける課題は容易なものではない。彼が任務を(まっと)うできるように、妻である私が支えなければ。


 ――最初の一言はわたしから。


 昨晩、謝ると決めたのだ。



「――よし!」



 軽く(ほお)を叩き、自分に気合いを入れる。

 カバンを開けると、自分一人でも着られる動きやすい服を取り出した。崩れた髪の毛をほどき、(くし)を通し、簡単に縛る。


「すぅー……はぁー……」


 扉の前で、深呼吸する。


 良き妻となるための一歩は、「おはようございます」から始めることにした。



悪夢を乗り越え、気持ちを新たにするエーリン。

そんなエーリンを彼はどう出迎えるのか。


引き続きお楽しみ頂けますと幸いです!!!!

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