第25話 倉庫の中身
ラルに引き連れられ、ダン宅の倉庫へ案内されたオラリオ。
そこで目にした光景に思わずオラリオは感嘆する。
果たして十分な量の食料を手に入れることが出来るのか――
奥に通されると、最初に現れたのは大きな倉庫だった。
建物のおよそ半分以上の面積を占めるそこは、両壁面に沿って高く造られた棚が設けられており、それは間仕切りのようになって奥まで続いている。棚には均等な大きさの草の葉で作られた籠が並べられている。倉庫の床は踏み固められた土仕上げで、幾重にも走った轍を追ってみれば、最奥に厳重な扉があり、外の厩と繋がっていることが伺い知れた。食料の管理を任されているという話から考えると、それら食料を保管するこの倉庫へ荷馬車がアクセスしやすいように配慮された造りなのだろう。
ラルは奥まった場所から木製の脚立を持ち出すと、メインの棚の前にそれを置き、身軽によじ登ぼり、籠の中身を見渡している。
「――どんなものがいいですか? こちらもなんでもある、という訳ではないのですが」
ラルは謙虚にさりげなくオラリオをけん制した。度が過ぎた要求をされる可能性を考慮したのだろう。貴族によってはやりかねない。
「そうだな。こちらには向こう数日分のライ麦パンとジャム、それと燻製肉がある。他に何か栄養を補えるものがあると良いのだが」
オラリオが即答すると、ラルは顎を触りながらうーんと唸った。
「であれば、野菜や果物、新鮮な肉、魚あたりですか。いったん、野菜と果物でいいですかね」
「構わない」
「じゃあ、これはどうでしょうか」
ラルはカゴから出したそれを得意げにかざしている。
「じゃがいもです。都市部で流通している物とは種が異なるのですが、甘みが強くて食べ応えがあります。蒸かして塩胡椒をすれば、これ一つで一食分にはなりますよ。日持ちもいいのでうってつけかと」
ラルは手にしたそれをひょいとオラリオに向かって投げつける。受け取れば、それは確かに見慣れたジャガイモよりも一回り大きく、ずしりと重い。
「あとはこれです。この地方で自生する葉野菜でして、張りのある歯ごたえがなかなか癖になります。燻製肉を包めば酒が進むこと請け合い……らしいですよ」
らしい、という末尾はあまり商人からは聞かない。酒を飲んだことがないか、あるいは得意ではないからか。食したことのない物に断言をしないラルの真摯な姿勢に、オラリオは好感をもった。
「さすが、紹介が上手いな」
「一応、商人の付き人でしたからね」
ラルは頬を人差し指で掻きながら笑った。
商人とは、言ってしまえば「物に値段をつける専門家」だ。魅力の伝え方次第で売れ行きが天と地ほどの差になると知れば、商材の特性をよく把握しておくことは良い商人の必須スキルだ。
「――そうだったな。じゃあ、それをお願いできるか」
「わかりました」
ラルは返事をすると、上着の裾を片手で広げて風呂敷のようにし、そこに野菜を数個取り置くと、器用にもそれらを落とさずに脚立を降りた。そして棚から取り出した麻袋にそれを詰めている。
オラリオが視線を流せば、先ほどラルがよじ登っていた棚の裏側にも空間があった。日が差し込まず薄暗いが、そこにも棚が同じように備え付けられている。
「こちらにも備蓄があるのだな」
オラリオはその空間の入り口に立ち、軽く奥を覗く。壁一面にカゴが敷き詰められている様子はなかなかに壮観で、オラリオは興味深そうにそれを眺めている。ラルは麻袋の袋を締めながら、「ああ、それは」と返答した。
「奥は全部小麦粉ですね。全てこの村で採れたものを、総出で製粉しています」
「すごい量だな」
実際に物量を見ると迫力がある。オラリオが日頃扱っていた流通の数字からは、この質量感はなかなか得られない。同時にオラリオはこうも思った。目の前にある光景が扱いなれた数字に変換されれば、どれほどの物か直観的に理解できるというのに、と。
「そうですか? 村全体を考えるとこんなもんですよ。何にでも使えますし」
「ふむ、村人の数は?」
「一〇七人です。もう少し増えるといいのですが――はい、これ、どうぞ」
ラルが渡した麻袋は、受け取ったオラリオの腕にずしりと沈みこんだ。確かに腹を満たしてくれそうな質量感に、オラリオは思わず唸った。そしてラルは続けた。
「水は必要になったら井戸に汲みに来てください。水量は十分ですから心配はいりません。朝は混みますが、日が昇る前なら空いています。汲みに来るのはたいてい女性ですから、オラリオさんが来ていただく分には問題ないと思います。僕からもみんなには説明しておきますから」
「何から何まですまない」
「いえ。僕にはこんなことしかできませんから」
そう謙遜するラルに対し、オラリオは異なる印象を持っていた。
「君はすごいな」
まずは食料に関する知識。こちらが不足しているものを伝えるだけで、最適なものを塩梅した。そして二つ目は、村の状況をよく把握していることだ。
人間は己が思っているほどは視野が広くない。貧困になればなるほど、己の存命に躍起になり、認識できる世界は狭窄していく。そんな状況下で、他人の行動を把握することは存外に難しいはずだ。しかも、配慮までして。
それを「こんなこと」と形容することは、オラリオにはできない。
「――私は俄然、君に興味が湧いてきたよ」
その瞬間、オラリオの脳内ではあるプランが瞬時に出来上がった。湧き上がる興奮を抑え、ラルににじり寄っていく。
「え、それは、え、どういう――?」
――オラリオには感情を御する術を身に着けている自負があった。
宰相補佐として行政に加担すれば、耐えがたい理不尽などごまんとある。事ある毎に感情を波立てていては、冷静かつ公平など裁量などありえない。それを身に着けることは必須であり、また必至でもあった。
しかしこの状況とこの展開。抑えきるのは到底人間にこなせる業ではない。彼が穏やかな笑みを作るよう顔面に意識する中で、実際にどのような表情になっていたのかは、思わず後ずさりするラルの様子を見れば伺い知れるだろう。しかし当のオラリオにそれを伺い知る余裕はない。
「君は住人の数を正確に答えた。そしてその前は、食料がどの程度余裕があるかも答えていた。たしか、『二、三バスケット』、だったか」
無意識下で行われた威圧は、ラルを壁際に容易に追いやった。
「それはつまり、この村の人数や年齢性別の分布、食料消費量、農作物の収穫量を正確に把握している、ということだ」
すでにラルに退路はない。気が付けば、ラルの目前にはオラリオの胸板があり、その息がかかりそうな距離である。まるで獲物が狩人に見つかってしまった、その時のように、ラルは身動きができない。
「そして君は、それをコントロールしている」
そしてオラリオは麻袋を握った拳で壁を突き、言った。
「――取引、しないか」
その言葉を聞いた時、ラルは自身の迂闊な発言を後悔したのだった。
優秀なラルに対し、オラリオが持ちかけた取引とは――?
次回もお楽しみに!




