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エピローグ

 私達は本を置く。そろそろベッドに向かう時間だ。恋人ちゃんは読書で感傷的になったのか、心配そうな表情で私に話しかけてくる。


「ねぇ。私と一緒に居続けて、本当に後悔しない? 例えば……子供の事とか」


 やはり彼女は大人だなぁと私は思う。先の事を真剣に考えて、私の分まで悩んでくれている。


「子供ねぇ……いつか、持てるといいとは思うけど。もちろん、貴女と一緒に。どんな形でも()いから」


 ある政治家は、同性愛者には生産性が無いと言う。「父親や母親が居ない家庭は(この)ましくない」と、そういう主張もあるのだろう。私は、こう思う。大切なのは、そこに愛があるかどうかだ。


 世の中には形だけが正しくて、それなのに愛が欠けている家庭が(めずら)しくも無い。父親と母親が居る、形の上で「正しい」家庭で虐待が起こるのは何故だろうか。断言するが、私と恋人は、子供を持てば人並(ひとな)み以上に愛情を持って育ててみせる。


「フランケンシュタイン博士が作った人造人間もさ。私達が、育ててあげたかったね。きっと良い子に育ったと思うわ」


 そう私が言って。その言葉を()みしめるかのような表情で受け止めてから、「……そうね」と恋人ちゃんは言った。私から見れば彼女は不安症(ふあんしょう)で、むしろ私の方が(かんが)()しなのかも知れない。人生を真剣に検討し心配するのは、いつも大人だ。そして私には大した不安は無い。その理由は、私が恋人ちゃんの子供のような立ち位置だからなのだと思う。


 彼女が私を愛している。その事実が、大地のように安定して私を(ささ)えてくれている。子供というのは、そういうものなんじゃないだろうか。親が愛してくれれば、その愛を太陽の光のように()びて、すくすくと育っていく。基本的には、そういうものではないか。


 少なくとも私に関して言えば、恋人ちゃんが愛してくれれば何の問題も無い。シンプルな生物で申し訳ない。もちろん世間の皆様が愛してくれれば、それに()した事は無いので(よろ)しくお願い(いた)します。


「ねぇ、ところで、お菓子は持ってる?」


 そう私が彼女に言う。不思議そうな表情で、「(なに)? 食べたいの? 寝る前に食べるのは良くないわよ」と恋人ちゃんが言ってくる。いやいや、私が言いたいのは、そういう事じゃないんだなぁ。


「そうじゃなくてさ。ほら、私も、お菓子は持ってないの」


 そう言って、私は魔女(まじょ)姿(すがた)のケープの、前をはだけて見せる。そこには下着だけを()けた私の体があって、私の肌に恋人の視線が吸い込まれていくのを感じた。


「だから、ね。早く私に、悪戯(いたずら)をして」


 子供というものは、大人よりも(ずる)い存在じゃないかと私は思う。社会的責任を大人に押し付けて、遊び(まわ)不埒(ふらち)()(もの)だ。そして大人を誘惑する、けしからん子供は昔から居たのだろう。


「……知らないわよ。本当に、(こわ)しちゃっても」


 恋人ちゃんが部屋を暗くする。今の照明(しょうめい)はベッドランプだけで、室内が紫色(むらさきいろ)になる。ハロウィンに向けて彼女が用意してくれた照明で、だったら私は、彼女を喜ばせてあげたい。その結果として私が壊れるのなら、それは私の本望(ほんもう)だ。


 私はハロウィンのお化けの事を(おも)う。お菓子を欲しがる子供達。実際に子供達が欲しがるものは、親や大人からの愛情なのだろう。その愛を受けられなくて世を去った子供達の、魂を(なぐさ)める意味もあるのかと、私はハロウィン行事(ぎょうじ)に付いて想像した。


 私は『フランケンシュタイン』と『マチルダ』を思い起こす。健全な愛を与えられなかった人造人間とヒロイン。もっと誰かが手を()()べれば、幸せになれたのかも知れない者達。死者のための典礼曲(レクイエム)が私の中で流れる。どうか(たましい)安息(あんそく)があらん事を。




 紫色の濃密な時間が流れて、私達は一息を入れる。性的(マイノ)少数者(リティー)は社会に()()が無くて、だからなのか、孤独をパートナーと()()いがちだ。恋人同士で愛を確認し合わないと、精神的な(やす)らぎを()られにくい傾向があると、私は勝手に思っている。


 夜の愛情確認は、つい濃厚(のうこう)になってしまう。これでは「同性愛者には生産性が無い」という発言を否定しにくくなりそうで(こま)ったものだ。私達の生産性を上げるためにも、どうか政治家の方々には、同性愛者に社会的な居場所を確保して(いただ)きたい。


「本当にいいの?……()()()()までして……」


 恋人ちゃんが、心配そうに言葉を()けてくる。私は(うなず)いて意思を伝える。今の私は、(わけ)あって言葉で伝えられないので。私は恋人ちゃんの家に来る時に、ちょっとした()()()(いく)つか用意して、バッグに入れて持参してきた。その小道具によって、今の私は身動きもできない状態となっている。


 目隠しまでされた私は、まるで無力な子供のよう。大人が見れば虐待としか(うつ)らない光景だろう。でも私達の間には合意(ごうい)がある。ハロウィンの時期だもの、これはコスプレの一種のようなものだと思って欲しい。


 結局、私は悪い子供なのだろう。だから恋人ちゃんを誘惑して、私以外の子には見向(みむ)きもしないように誘導しているのだ。いつか本当に、私は彼女に壊されるのかも。それでもいいから、ずっと私を離さないでね。

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