プロローグ
いつか絶対かっこいいタイトル変えてやる
Enterキーを押す。
一文の下に表示されていたアンダーバーが消え、文章の完成を知らせた。
「よし、できた。できたぁぁぁ!!」
両手を挙げガッツポーズを決める男。
木崎慧、若干かっこいい名前とか打って変わってモブのような人生を歩んでいる21歳(以下お察し)である。
そんな彼が完成させたのは3年前から続けている執筆活動の最終話、全250話を越えるネット連載活動を成し遂げたのだ。
「あー自分でもよく成し遂げたと思うよ。あ、涙出てきた」
先程も言った事だがケイはモブのような人生を歩んでいる人であるため、当然のようにこの小説投稿サイトでのブックマーク数は3桁いかない。
1話を投稿するのに最低でも8時間は費やし悩みに悩み抜いて投稿していったのに現在のブクマ数は37。
逆に凄いと思えるほどの低評価ぶりである。
普通なら自分がどれほど文才が無いのかと痛感し最終話の前に挫折するはずなのであるがケイは続けた。
評価されないのに続けるというつらさをケイは知り、打ち勝った。
その努力の涙なのである。誰かに聞かせればきっと一緒に泣いてくれるだろう。
そんな感動の余韻が抜けないうちにケイはマウスを握り作業に戻った。
まだ書き終わっただけなのでケイの最終話は世の中に発表されていない。
後書き欄に「長い間読んでいただきありがとうございました」を書き込み、カーソルを『次話投稿』のボタンへとあわせクリックする。
投稿確認画面が表示された。
「うわ、緊張するなぁ。誰も見ていないけど」
辛かったが楽しかった趣味だ。
楽しくなかったら続けているなどありえないだろう。
しかし、そんな趣味ももう終わり。
この話を越える作品などもう書けないとケイは感じていた。
先程の感動とは変わり緊張によってマウスを握る手が震え始める。
手に汗をかきながら『次話投稿実行』ボタンへをカーソルをあわせた。
「よし、やるぞ」
誰もいない、照明もつけていない夜の借家の中で一人そう呟いた。
カチッという静かな音が部屋の中に鳴り響き、スクリーンに映されている画面が『投稿完了』へと切り替わる…はずだった……
画面は読み込みの…あのくるくる回ってるやつを表示したまま止まってしまったのである。
「まてまてまてまて、ばばば…バックアップなんて取ってないんだからっ!3年間付き合ってきてくれた相棒だろ?頑張れっ!死ぬな!俺のPC!!」
必死に叫ぶもそんな嘆願が感情も持っていない機械に届くはずもなく事態は好転などしない。
両手を合わせて全力の祈りのポーズを決めているケイの目の前でウィンドウが落ちた。
「ああ……俺の……」
かすれる声は現在起きた状況を物語っているかのようであった。
希望など無いに等しいのだがこのようなケースは現状確認をしなくてはならない。
絶望した重い気持ちの中、一縷の望みを持ってデスクトップトップ上にあるブラウザのアイコンをダブルクリックする。
表示されたのはホームページに設定してあるGoogleだけで、ほか全てのタブは閉じられてしまった。
絶望感が更に強くなる。
最後に下書きを保存したのは何時だっけなっという諦めの中、お気に入りにある小説投稿サイトを表示しようとした。
「なんでだ?」
さっきまでログインしていたはずなのにサイトはIDとパスワードを求めてきた。
普段はブラウザ上にパスワードを保存している為にログインは自動になっていたはずだ。
少し不思議に思ったが現に要求されているのだ。
うろ覚えだが自分のIDとパスワードを打ち込む。
「くそ、なんでログイン出来ない」
ログインしようにも『IDまたはパスワードが間違ってます』と表示されログイン出来ない。
思いつく限りのIDとパスワードの組み合わせも試したが結果は同じだった。
『パスワードを忘れた』の応急処置も無駄で確認メールも届かない。
仕方ないので机から自分のノートへの書き残しを探し出し打ち込んでみたのだがそれですら無駄であった。
完全にお手上げ…しかし、ケイは諦めることは出来なかった。
今回のエラーはケイから最終話を奪うだけでなく、精を込めたストーリー全てを奪い去ったのだ。
ここで諦めたら3年間の努力が消える。そう易々と諦めることなど無理な話だった。
「そうだ!もしかしたら投稿完了してたかもしれない」
そう思うと同時に『読者用サイト』へとび自分の作品名を打ち込み検索をかける。
前回のエゴサーチの履歴が残っていたため、すんなりと検索がかかった。
しかし、それがトドメをさした。
「……っ!」
結論から言うならばケイの作品は見つからなかった。
前回の検索は一言一句同じ題名での検索であるため、検索結果はケイの作品1つだけが出るはずだった。
しかし、今目の前に表示されているのは『検索結果 0件』という文字である。
検索方法をキーワードごとにし検索をかけ直すがケイの作品は表示されなかった。
ショックのあまり絶句し、ケイは意識が遠くなった。
ここからがあまり覚えていない。
叫んでいたのかもしれないし、モノに当たっていたかもしれない。
例えるなら恋人でも失ったかのような悲愴感。
3年間費やしてきた作品が突然と消えてしまったのだ。
冷静さなんて保っていられなかった。
不自然なほど曖昧になる意識の最後の記憶に残ったのは“突然電源の落ちるPC”とそれによる“暗転した部屋”であった。
「というのが一連のあらましだが」
とある草原の上で若い男がそう呟く。
ケイであった。
最後の記憶とは打って変わって冷静である今のケイは事態を正確に把握していた。
爽やかな風が辺りを吹き抜け春の訪れを感じさせる。今は夏なのにだ。
草々の間に生えているトアカラの花を摘み取る。
「しかし、イメージした通りだな。疑いようのないほどに」
トアカラの花はスイセンの形に似た花であり色は青色をしている。
花の中央には白い模様があり惹き込まれそうな妖艶な雰囲気がある。
花には催淫効果、葉は茶などの嗜好品、根には回復効果……という設定。
外見ると雲がひとつもない。
つまりここはとあるモンスターの縄張り……という推察。
今やらなくてはいけないのはどうやって人の街まで向かうかだ。
空に現れる大きな影を見つめながら覚悟を決める。
「ここは……」
ここはケイキサキという神が創りし“白ノ世界”である。