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【Dark Order】 - 断罪のレストラン-  作者: のりしお
やたらと問題の多いレストラン 編
5/6

第4話 犬の嗅覚は獲物を追い詰める

 

 神化した兵士に連れ去られたティアを探す為ベールを飛び出したユーインとクロノ。先行したレウスの遥か先に見える後ろ姿を追う事10分。


「レウスさん…!」


 二番街に面する果樹園を抜けた先にあるバルケスの森の手前。途中の軒先で松明(たいまつ)を拝借したユーインがレウスに追いついたところだった。


「すまない、ユーイン。森に入ったのは間違いないんだが見失ってしまった」


 歯を食いしばるレウスが見渡すバルケスの森。昼間はリンゴ農家が往来しているこの場所も夜になれば、鬱蒼と生い茂る木々が不気味な雰囲気を醸し出している。


「あれ…クロノさん?」


 後ろを振り返るユーイン。はぐれてしまったのかそこにクロノの姿はなかった。


「こんな時に…仕方のないヤツだ。ここは僕たちでティアちゃんを探そう。しかしこの広い森だ。虱潰(しらみつぶ)しに探すしかなさそうだね。こう暗いんじゃ僕の戦神の索敵(さくてき)能力は期待できない」


 真剣な表情で森を見渡すレウス。もう先ほどの浮ついた男とは別人でひとりの軍人の顔をしていた。


「レウスさん…もしかしたら力になれるかもしれません。雑種ですが戦神の加護だけでも()()()()()ので。神化します…!!」


 そう言って地面に膝を付き、胸元に手を当てて目を瞑るユーイン。


「ユーイン、君はもしかして嗅覚が特化した戦神を……?」


 そんなレウスの目線の先のユーインの身体に白い霧が纏い始める。そしてそれが形成する姿がすぐに獣神系の戦神だと判る。


 嗅覚が特化している事を伺わせる尖った鼻。ピンと立った耳。そしてモフモフとした毛並み。レウスは開いた口が塞がらない。


「なっ……」


 そしてユーインは『ふぅ』と小さい溜息をついて真っ直ぐにレウスを見つめた。


「僕の戦神である…子犬(パピー)です」



 ―――――……。



 木の葉を踏み締め森の中を疾走するユーインとレウス。


「レウスさん、こっちです!」


 松明を手に先頭を走るユーイン。彼らの先には白い霧で形成された子犬が駆けるように先導していた。


「まさか戦神にそんな使い方があったとはね。耳にした事はあるが見たのは初めてだ。それにしても子犬とは……恐れ入ったよ」


 そんなレウスの言葉に『すみません…』と呟く小柄で弱気なユーインらしい戦神といって良いだろう。そう、戦神は宿主に似たものが降りてくる場合が多いとされている。


 獣戦神だけを切り取った場合、温厚な者には草食系、気性の荒い者には猛獣が多かったりもする。『飼い主によく似る』という言葉があるが『戦神は似た宿主を選ぶ』と言われているのだ。


「これは個体化と言って雑種だったら訓練さえすればすぐにできます」


「しかし助かったよ。これでティアちゃんを探せるね!」


 同時にレウスは思った。恐らくこの事をクロノが知れば『ははっお前にピッタリじゃねぇか。そうだな、お前は今日からパピーだ。おいパピー、煙草買ってこいや。2秒で』とでも言うに違いないと。


 土と木の葉を足裏で蹴り上げながら森を進んでいると、


「レウスさんはこうなる事を最初から?」


 松明を片手に持ったユーインはレウスに尋ねるとレウスは困ったように返す。


「いや、運が良かったと言うべきか悪かったと言うべきか。神蝕するのは普段から()()()()()()()がほとんどでね。僕のいる密偵局は常に危険人物をマークしていたんだ」


 そのうちの一人が先ほどの兵士。1番街王国守備隊、中隊長アーガイル。アーガイルは元帝国軍の兵士で有能な戦神使いだった事から中隊長への昇格は早かったのだとか。


 何より普段から貴族嫌いが激しい事で有名だったという。大柄な体格で大酒飲み。酒癖が悪く出入り禁止になっているレストランがほとんど。証拠は取れていないが一方的な部下への暴行、傷害の疑いもあったのだ。


「あの場に僕がいながらこんな事態になってしまったのは不覚だ。恋とは恐ろしいね」


「は、はあ…」


 少し呆れ気味のユーインは『素行の悪い人物』で真っ先に頭に浮かんだのはクロノ。そして彼はいま何処にいるのかと疑問を抱えていた。


 そうしてしばらく暗い森の中を進んだ先、大木が囲う少しだけ開けた場所で個体化した戦神はその場で歩みを止める。


 子犬といえど猟犬の類だろう。獣臭を感じ取ったのか犬歯をむき出しにし唸っているように見て取れる。


「……この辺りみたいですね。すみません、離神します」


 息切れをするユーイン。いくら雑種とはいえ神化は体力の消耗は激しい。ユーインが再び胸元に手を当てると子犬は霧と共に闇に溶けていった。


「助力感謝する、ユーイン。しかし…静かすぎるね」


 そう言って辺りを見回すレウス。明かりはユーインの松明のみ。目を凝らしてもそこに広がるのは深い闇だけで木々の奥までもを十分に見渡せない事に不安を感じていた。


「あれは…!!」


 何かを発見したユーインの先には大木の下でぐったりしているティアの姿。二人は急いで彼女に駆け寄り、ユーインが松明を片手にティアの身体を抱え容態を確認する。


「ティアさん、大丈夫みたいです。外傷はありません。気絶しているだけです」


 胸を撫でおろすユーインが抱えるティアはさっきまでのアグレッシブな傭兵加減は何処へやら。まるでそこに本物の妖精が眠っているかのようだった。


「こんな状況でもティアちゃんは美しいな。特にその麗しい唇が「変な事考えないでくださいよ」


 多少衣服は汚れているが、無事だった事に安堵する二人。


 ―――――しかし、


「ユーイン、そこでティアちゃんを頼む」


 大木の下でティアを抱えるユーインを背に腰に携えた双剣を抜き取るレウス。鞘から剣を抜き取った音が静かな森に響き渡る。


 何かを感じ取り、双剣の刃先を地面に向けて構えるレウスの鋭い眼光が光った刹那。


 ―――――!?


「レウスさん!右ですッ……!!」


 ユーインの叫びに反応したレウスが自身の右側面で双剣をクロスさせ防御の構えを取った瞬間、


「ぬぉおおおッ…!!」


 圧倒的な()()()を誇った剣の一撃が見事に引っ掛かった。


「この飲んだくれめがッ!!」


 鉄と鉄がぶつかり合う大きな音を響かせた末つばぜり合いとなるが、レウスの身体よりも二回り大きな兵士の吐息からは顔を(しか)めてしまうほどの酒の匂い。


 そしてその圧倒的なパワーにレウスの踏ん張った右足は『ズズズッ』と後ろへ追いやられ続けるのだった。


 ―――――『牙獣系戦神 (ボア)


 神化した獣戦神の中でトップクラスの突進力を持つ戦神。その嗅覚は犬にも匹敵し森林などでのゲリラ戦を得意とする。同時に神経質な人間に降りてくる場合が多いとされ、時速50キロを超えるその突進をまともに喰らえば置盾兵をも吹き飛ばす威力がある。


「ヒック……お前も俺を!!よくも帝国を……!!」


 その言動は今は亡き帝国に大きな未練のある事が伺える。いくら王国が平和だからと言って帝国を吸収した王国軍が一枚岩でない事の象徴ともいえる発言であった。


「くッ…!!」


 それでもなんとかその攻撃をいなしたレウスだったが、そこから兵士は直線的に走り抜け再び暗い森の中へ。


「同じ王国軍として世話が焼けるね」


 そんな攻防が3度続いた所でレウスは羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。


 ―――――!?


 その下には美しい曲線美を描いた鋼の軽装。そのガントレットには王族を意味する獅子の紋章。


「あれは十六戦神の鎧……レウスさんが……?」



 ―――――『王国十六戦神』



 それはレグリティア王国最強の四戦神、その直属の部下にあたるのが十六戦神と呼ばれる者達である。


 十六戦神は王国の為、四戦神からの招集があった際、48時間以内に集う事が出来れば如何なる場所で如何なる職業に就く事も許された、自由と身分を与えられし国家公認の戦神使い、その総称である。


 各々に執行権までも与えられた十六戦神は、年に一度、正式な決闘にて常に再選定されていく。


 つまり名実ともに戦神使いの最前線である。戦神使いであれば誰もが目指すべきエリート中のエリート。今や王国内だけで1万人以上いるとされる戦神使い。その最上層に位置するのは間違いないだろう。


 ユーインがレウスに対するイメージから驚くのも無理はなかった。


「黒い霧……制限時間(タイムリミット)はさほど残されてないみたいだね。まったくこうもすぐ当たりを引くなんて……問題の多いレストランとはよく言ったものだよまったく」


 兵士を包む白い霧が徐々にではあるが濁り始めているのは神蝕が進み始めた証拠。『闇堕ち』とまではいかないもののレウスの言う通り時間の問題なのは明らかだった。


「ユーイン、ティアちゃんを頼むよ。彼女を傷つけたらタダじゃおかないからね」


 三日月状の双剣の柄を手の中でクルリと回し握り返すレウス、ユーインは松明を地面に突き刺し、ティアを抱え大木の陰に隠れその様子を伺う。


 暗闇の中、猪が何処にいるのかユーインの嗅覚は悟っていたが、ここで大声を出しては標的が変わる可能性がある。『ティアを頼む』とはすなわち『こちらに任せろ』という意味である事を彼は理解していた。


「手荒な真似はしたくなかったが」


 そう言ってレウスが双剣を大きく振るうとユーインにとって初めて見るほどの白く濃い霧が彼を包む。霧の濃さは戦神との繋がりの濃さ。やがてその霧はレウスの背後に姿を模っていく。


「飛獣種……!?」


 驚きを隠せないユーインの先。赤髪の戦神、その背後には鋭い眼光、鋭利な(くちばし)、対を成す半月型の翼。


  そしてレウスはその深紅の眼を細め声を上げる。


「王国軍、内部密偵局調査員レウス。またの名を四神、白虎の親愛なる使徒、(ファルコン)ッ!アーガイルよ、ここでお前に正義の鉄槌を下すッ!」


 そしてそれに呼応するかのように再び暗闇から突撃するアーガイル。先ほどよりもさらに加速した突撃はレウスの背後まで迫った時、


「……危ないッ!!」


 ユーインがそう叫ぶのと同時にレウスは斜めに高く飛び上がる。その高さは大木の頂点まで到達する勢いだった。


 『飛翔』と呼ばれるその能力は飛獣種の戦神使いに与えられた力。人間離れした跳躍力で高く飛び、加護によって意図的に重力を軽減する事で滞空時間を長く保てる能力である。


「ヒック……たかが飛獣種。ほんとに飛べるわけでもねーのによォォオ!」


 飛び上がるレウスに空振りをかましたアーガイルは前足でブレーキを掛け、上空目掛けて大きく剣を引き構える。泥酔してもさすがは中隊長と言った所か、飛獣種の弱点である無防備になりがちな落下時を狙う。


 だがレウスは斜めに飛んだ事で空中で体勢を整え木肌に足裏を着地させると、


「飛べはしないさ、でも僕の戦神は―――――」


 膝を最大限まで曲げるとアーガイル目掛け木肌が壊れるほどの踏み込みから爆発的な風圧と共に周囲の木の葉を蹴散らせ空を裂く。


「ーーーーー超絶(バカ)速い」


 そして一瞬でアーガイルの背後に双剣をクロスさせて着地。ガントレットに刻まれた獅子の紋章が圧倒的な戦力である事を証明する。その直線的な動きをアーガイルはもちろん、ユーインさえ目視する事ができなかった。


「……い、いつの間に……」


 さらにその切っ先は『かまいたち』の如くアーガイルの頬にできた傷口から鮮血が静かに流れ落ちる。



 ―――――『飛獣系戦神 (ファルコン)



 神化した戦神の中で最速の戦神と呼ばれる。重力を味方に付けた際の降下速度は時速三百キロを超え、高低差の作り出せる戦場を得意とする。勇敢な性格の宿り主にまれに降りる事があると言われ、極めて希少な戦神として知られている。


「君に致命傷を負わせないのはわざとだからね。もう懲りたろ」


 無駄な殺生はどうしても避けたいレウスがそう諭すが、アーガイルの表情は眉を(しか)め反発している事が伺える。


 そこから『仕方ないね』と肩をすくめたレウスは木々の間を高速移動し十メートル四方の空間で五秒間に十二箇所を抉る斬撃を与えた。


「わわ、わかった……俺の負け……だ……!!負けだから!降参する!もうやめてくれぇえ!」


 助けを乞うアーガイルは激しい息切れとボロボロになった鎧、ベルトが切り離された事で鎧が今にも脱げ落ちてしまいそうになっている。いくつもの裂傷を負ったアーガイルは腰を抜かし、頭を抱えるようにして怯え地面にへたり込むしかなかった。


「悪酔いも冷めたろう……では早く離神するんだ。幸運な事にケガ人も出ていない。まあ厳正な処分はあるだろうが――――「…で…な…んだ」


「なに?」


「出来ねぇんだよ…!!さっきから何度も離神しようとしてんのに……できねぇんだよッ!」


 顔面を蒼白にして強く訴えるアーガイル。涙を浮かばせながら開ききった目には、激しい焦りさえ感じさせる。レウスが彼を纏う霧に目をやれば、それは先ほどよりも黒く濁っていた。


「痒いんだ…体中が痒いんだ……!熱い……!!苦しい……!痛ェ……!」


 (うずくま)るようにしてバリバリと自分の首筋に爪を立て乱暴に搔きむしるアーガイル。その狂気的な姿にその場から一歩下がるレウス。


「レウスさん……これは一体……」


 ティアを抱えたユーインはレウスの後ろからアーガイルをのぞき込む。


「わからない……彼は冷静も取り戻して戦神をコントロールできるはずでは……」


 しかし、そんな考察の逆をいくかのように彼を纏う霧は褐色を帯びていく。


 やがて彼の背後で黒く染まりゆく猪からは禍々しい覇気が溢れだし、その大口が今にもアーガイルを喰らおうとしているのだ。


 最悪の展開を察したレウスは剣を再び構える。神蝕化が進み『闇堕ち』すれば被害が拡大する。自分だけなら討てたとしても背後にいる二人を巻き込む危険性を恐れた。


「や、やめてくれ…たた……た…の…ム…!!」


 ズリズリと地べたに座ったまま後ろへ逃げていくアーガイルは大木の根本へ背を付けるようにして討たれる事を拒んだ。だがその目は徐々に白を剥いていき理性を失おうとしていた。


「すまない、アーガイル」


 レウスは双剣をクルリと回し、彼を切り裂くため一歩を踏み込む。同時にユーインがこの先の残虐な映像を拒むかのように目を瞑った時、


 ―――――!!


 突如、森に響く空を切り裂くような鋭い音。月光に輝く一筋の光。


 まるで天から降ってきたかのような銀色の槍が豪速の名の下、一気にアーガイルの戦神を貫いたのだ。


「なッ……」


 レウスは目を見開いたまま、その光景に言葉が出ない。


 刺さる瞬間に黒い霧に電流が走ったかと思えば、猪は断末魔とも取れる音を響かせながらその霧ごと闇に溶けるかのように消滅したのだ。


「レウスさん……いったい何が……」


 暗い森に木々の断片が未だ舞い上がる中、そこに残ったのは泡を吹き気絶するアーガイルと、大木に突き刺さった銀色の槍だけ。


 未だ何が起こったのか理解できずその場に立ち尽くすユーインだったが、


「こうも続けざまに当たりを引くとはね。恋とは恐ろしい」


 レウスは暗い森の隙間から見える西の空に向かい何かを悟ったかのような言葉を漏らす。そしてその紅い眼をゆっくりと閉じて離神。


「あれって……」


 そう言ってユーインはティアを抱えたまま、未だ蒸気を伴い熱をもっている銀の槍を見つめていると、レウスは双剣を鞘にそっと収めながらアーガイルに目を向ける。


「それにしても犯人(ヤツ)の戦神が(ボア)とはよく言ったものだ。猪突猛進、泥酔しているとは言え、皆に剣を向けられ四面楚歌とでも感じたんだろう。敗戦した帝国時代を思い出してね。暴走するのも大概にして欲しいよ」


「未だ敗戦を受け入れられていない……気持ちは少し分かる気もします」


 思うところがあったのか、同情の眼差しを向けるユーインにレウスは声を掛ける。


「まあ、何より早くティアちゃんを休ませてあげよう。夜更かしは美容の大敵だからね。それに()()()()()()()()もいる。さあベールに戻ろう、ユーイン」


 王国十六戦神のレウス。彼のガントレットに刻まれた獅子は月光に照らされ優しく輝いていた。

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